アレンはここまではあくまでただの傍聴者のつもりでいた。自分が振った話との繋がりなど考える暇もなく、これまで知らなかった少女の話に静かに耳を傾けていた。とても気まずそうに視線を落としながら、先程までよりずっと声を絞った次の言葉に、彼の頭の中で一瞬にして全てが繋がることになる。
「アレンのその、発動した対アクマ武器の……形状がとっても、こわい」
アレンはその言葉に、頭に雷が落ちたようだった。まさか自分の進化したイノセンスの形状が、怖がられていただなんて。それも、恋人にだ。
確かに彼のイノセンスは現在、特異な形状をしている。
まず間違いなく黒く鋭利で膝に達するまでに伸びた爪のような左腕の事を言っているのではないだろう。先程依泉が零した仮面舞踏会の、正しくその仮面がついた真っ白なマントのような形を成すイノセンスは発動中常に顔を隠している訳ではないが、これまでの話だと、彼女は仮面自体が視界に入るだけでこわがるのだろう。極め付けの名称はクラウン・クラウン……神の道化。
「僕のイノセンス、アクマや伯爵と同じ括りですか……?」
これまで何度か彼のイノセンスの形状は変わった事がある。同じように今回もイノセンスの形を変えられれば等とアレンは考えるかもしれないが、当然ながらそんな事が自由自在に出来る筈など無かった。
ずうんと効果音がつきそうな程に顔に翳りのできた彼の反応を見て依泉が狼狽える。
イノセンスが瀕死の危機から大切な人の命を救ってくれたのだと依泉は勿論知っていたし、それにとても感謝していた。けれど同時に、進化したアレンの対アクマ武器がこわくて仕方なくなってしまったのもどうしようもない事実に違いなかった。
その恐怖心に苛まれて戦場で動きを鈍くする事を何より彼女は恐れていた。倒してしまえば良いアクマと違って、ずっと行動を共にする仲間なのだから気を遣わせてもいけない。ミランダの街で彼が大道芸をやっていた事は依泉も後から聞いて知っていたが、例えそれがより早急な解決に導く為の糸口でも、これからもし同じ任務に就けば確実に彼はそうする事を止めてしまうだろう。
なによりも、いつかアレン自身のことも恐怖の対象になるかもしれない可能性など考えたくもない。ピエロから仮面がこわくなったように、間違っても今度はアレンのことをこわいだなんて絶対に思いたくはない。
「ね、だから任務は別で残念だけど、その分ホームにいる時は一緒に過ごそう」
幸いにもコムイはこの話を打ち明けて以来、非番の日をなるべく被り易いよう配慮してくれているようだった。依泉にとってはそれだけで救われていたところもある。
けれどこの件に関しては出来得る限り穏便に、それでもって簡潔に済ませてしまいたかった。彼が闘う為の力も、彼の育ての親やその人譲りの特技も否定しているに等しい話なのだから。そんな焦りを隠して依泉は精一杯に微笑んだ。
自分がこわくならなくたって、アレンに愛想つかされたりしたらどうしよう。
表情と裏腹に、話している内に少しずつ心を占拠する不安にすっかり押しつぶされそうになっていた。だから少しの沈黙を破り、アレンに名前を呼ばれて、彼女の肩が僅かに震えた。膝の上握り込んだ拳はそっと一回り大きな手のひらに包まれる。
「克服しましょう、道化恐怖症」
ぎゅっと握られた手も、話の内容もすっ飛んで、語呂が良いなだとか依泉の頭に一瞬至極どうでも良い事が過ぎる。
どうやら相手の首より下に下がっていた視線を合わせれば、アレンはにっと悪戯を思いついた時と似た、けれど優しい笑みを浮かべていた。
「伯爵とかアクマとかはこの際どうだって良いです。僕のクラウン・クラウンにだけでも慣れるように特訓しましょう!」
「いや良くないでしょ」
何やら頭に描いた幾つかの展開のどれとも違う台詞が飛び出して来た。「どうだって良い」発言にはさすがに面食らうが、見放されるかもというのはどうやら杞憂だったらしい事は、呆気にとられる中でも依泉は少しずつ理解し始めていた。
「だって僕も、依泉といつだって一緒が良いですから」
「いつだって?アレンも?」
「勿論ですよ。ホームにいる時だけじゃなく、なるべくなら任務先でだって」
心の奥の奥、依泉はそこに刺さったままでいたささくれのような小さなつっかえが取れたかのように心の奥底がすうっとしたのを感じた。
任務を別にされた時、文句を言っていたのはいつも依泉の方だった。アレンはそれを良しとも悪しともつかない顔で静観していて、ごく稀に同じ任務を任された際にはお互い嬉しそうに、まるで悪戯っ子のように笑い合う事はあったものの、それでもアレンから抗議していた事はこれまで一度だってなかった。
アレンの気持ちを彼女は決して疑った事は無かった。それでも、そこまで四六時中一緒にいなくても良い。そんな風には思ってるんじゃないかとほんの少し不安に思わない訳では無かった。
けれど違った。気持ちの比重は決して傾いてなんていなかった。全てが杞憂だったのだと、こんな事になってようやく気付けた彼の胸の内に、依泉はじいんと自分の中に込み上げてくるものを感じた。それが涙でない事を願いつつ、また顔を少しだけ俯けた。
「克服出来るかな」
「出来ますよ」
アレンが少し心配そうに名前を呼んだ為、彼女はひっそりと目尻を確認してから誤魔化すように笑顔を見せて頷いた。その先にあった微笑みの隣にこれからもずっと居続ける為の決意を心に決めて。
これから始まる克服までの日々への憂虞には、今だけは蓋をしておく事にする。
世界で一番あなたがこわい
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ひっさびさに1本書き上げた訳ですが、中々大変でした。オチの着地点もぎりぎりまで見つけられず、実に2週間ちまちま書いてました。
更新履歴ページで、今書いてますと先月頭に言っていたものがなんだかえらくボリューミーになって来てしまったので、近々更新宣言の実現と、平成最後の(笑)更新がしたくって「ピエロ恐怖症」という思い付きワードだけで書き始めたこちらに一旦シフトチェンジしたのでした。なんとか平成と、発言の翌月末という自分的ギリギリラインで書き上げられました。
当HP最初のジャンルで平成を締め括れた事に密かに満足。
最初はコムイさんとの会話を最後まで書き切るつもりだったのですが、アレンとの会話とどう考えてもダラダラ被る事になるので省きました。なので入れ損ねたのをちょっと残念に思った箇所をここに乗せておきます。今や「仮面もこわい」発言の下りです。
「ソカロ元帥も正直めちゃこわいです」
「ソカロ元帥は仮面の下もこわいけどね」
……お察しかもですがもうちょっとギャグなノリの予定でした。
ひとつ前のものと見比べるとその圧倒的な地の文の量に自分で引いてしまったので、もう少し堅苦しくない文を書きたいところ。そんな感じですが楽しく読んで頂けていたのなら幸いです。
2019.04.28.sun
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