ねぇ、待って。
暗い、暗い、闇の中を私は動かぬ足にもどかしさを覚えながら立ち尽くす。金縛りにあったように動けなくなった私に気付く事なく、皆は前へと進んでいく。どうしてか声が出ない。

待ってよ、皆。
精一杯手を伸ばそうとした、追いつこうと足に力を入れた、気付いてもらいたくて声を出そうとした。なのにそんな当然であり些細な事が何もできない。

お願い気付いて!置いていかないで……――

小さくなっていく皆の後ろ姿に泣きそうになる。けれどそれすら実行される事なく、視界は突然に歪みだした。
ぐるんぐるんと闇色が景色を占拠して、そこでようやく私は意識を浮上させた。

身体中が真夏のそれのようにべったりと汗だくで、心臓がまるでマラソンをし終えた後の様に荒い呼吸をさせる。先ほどの金縛りも何もかもは全て夢で、己の頭が作り出した幻かと思うと胸糞悪い。
ふと目についた時計の針は、まだまだ良い子の睡眠タイムを指し示している。ベッドを抜けて台所でコップの縁まで注いだ水をがぶ飲みすると、べたべたの身体に早朝シャワーを浴びる事を誓って依泉は渋々と布団にくるまったのだった。





「おはよー」

翌朝。いつもの様に家を出て、前方に見つけたでこぼこトリオに挨拶する。

はよ!と場を和ませる笑顔を見せる山本。
よぉ、と聞こえるか聞こえないかのトーンで言った獄寺は最近ようやく挨拶を返してくれるようになった。
おはようの途中で驚くように様子を伺ったのは我らがダメダメボスのツナ。……ってあれ?私が何だ?

「ん……なんか顔色悪いぞ?」
「…………あは」

そういえばと昨晩の事がフラッシュバックする。笑って誤魔化してみたものの、結局あれから何度も悪夢が繰り返され、あまり眠れはしなかった。寝不足の身体が大きな欠伸をさせる。
何かの予兆とでも言うのか。もしもそれがまた闘いだとするなら、今度こそ私は役に立てるだろうか?

この時の私は暢気なもんで、その思考はとてもポジティブな考え方しかしてはくれなかった。けれど事態が急変したのは、早くもその放課後の事だ。


「依泉ちゃん!」
「あれ、ツナ。そんな走ってどうしたの?」

帰宅後私服で外をうろついていると遭遇したツナは息を乱していて、彼は何処かピリピリとした空気を漂わせていた。

「それが……リボーンがいなくなっちゃって」
「……それで焦ってたの?」

眠気からか今朝の考え事を見事に忘れていた私はツナの言葉になんだ、と拍子抜けする。
家出は無いとすると、ただの里帰りとかさ。あのある意味私達以上に大人なリボーン君が迷子、とかにはならないだろうし。

「違う」と首を振るツナの眉間の皺は和らぐ気配はない。
昨日の事だ。ランボの誤射した10年バズーカが、リボーンに当たってしまったのは。じゃあ何も焦る事はないんじゃない?だって単に10年後に行っただけでしょ?そう考えをまとめかけた頭は、以前聞かされた“10年バズーカ”の説明を思い出す。確かあれの効力は5分だったような。……やっぱ家出?

「そうじゃなくて、10年後からリボーンがこなかったんだ」

そう言ったツナの表情は真剣で、思わず息を飲んだ。
何かが起こる。それから話を元に、私達は二手に別れてリボーン君捜索を開始した。それが間違いだったかもしれない。

しばらくしても集合場所であるツナ宅に彼が戻る事はなく、それからもどんどん周りの人はいなくなっていった。京子ちゃん達でさえも。

「リボーン君、ツナ、京子ちゃん!……もー、皆どこ行ったんだよ」

あんな人数が一手に行方不明だなんて神隠しじゃあるまいし。携帯を持ってる筈の京子ちゃんや獄寺にかけても、圏外なのか全く通じない。

「あ、リボーン君の携帯」

ふと頭に浮かんだのは最初の行方不明者への連絡手段。確かリボーン君、携帯持ってるんだよね。……というかレオンが成っただけだけど。物は試しだ。最後の希望に少し期待して、道の真ん中だと言う事も忘れて携帯の電話帳機能を呼び出す。ちょうどこの前、番号を聞いておいて良かった。
すっかり気が緩んでいた私は、何の躊躇もなく通話ボタンを押したのだけれど

『お客様のおかけになった電話番号は……』

一拍置いて聞こえてきたのは、呼び出し音でもリボーン君の声でもなく、事務的な女性の声だった。
もう何度となく聞いた、電源OFFか圏外を知らせるであろう言葉にがっかりして携帯電話を顔から離そうとした時、予想に反してそこからは今までと違う言葉が返ってきた。

『現在、使われておりません。もう一度番号をお確めに……』

ブツッ!驚いて勢い良く通話終了ボタンを押してしまった。どくどくと心臓が突然跳ね上がる。
今、なんて言った?真っ白になった頭で必死に考えたのは、先刻掛かったアナウンスの意味だけだ。

“使われてない”?

番号が間違ってる訳はない。だって少し前にかけた時はちゃんと繋がってて。それに変わってるならリボーン君が何も言わない訳がない。

「…………探そうっ」

雑念を振り払うように首を振って、私はまた走り出した。誰か一人でも見つかる事を願って。

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