きっと自分なんかよりずっと可愛い彼女がいるんだと子供達に言う女。ほのぼのとした空気を尻目に、リボーンの思考は幾つかの疑問に埋め尽くされていた。
あの女は……呼ばれていた名からしても依泉で間違いない。イタリアに越したとは聞いていたが、まさかこんな近くにいたとはな。依泉はああ言っているが、ツナがここに通う理由は9割方依泉目当てだろう。だが、依泉はどうしてツナを呼び捨てで呼ばない?あの以前と全く違った雰囲気はなんだ?5年間に何があった?
未消化の疑問は、意外にも次のやりとりで全て解消された。
「でも、お姉ちゃん。昔はお兄ちゃんと同じ日本に住んでたんでしょ?」
「あ!その話は……」
「良いよツナ君。……まぁ、イタリアで生活する以前の事は記憶にはないんだけどね?」
「…………は?」
思わず、声を発してしまう。記憶にない?それは、つまり?
「ほら、私イタリアに来てすぐ交通事故にあったから……気付いたら思い出どころか自分の事すら忘れちゃってて」
「……っ」
「記憶喪失なんて、まさか自分が経験するなんてねぇ」
本当に平気なのか、他人事のように笑顔を崩さず言う依泉は端から見れば痛々しい。隣に座るツナの方がよっぽど辛辣な顔をしてやがる。
「もし日本にいた時ツナ君みたいな恋人か友達がいたら、私はきっと幸せだったんだろうなぁ……なんて最近思うんだけど」
ツナから何も聞いてねぇのか?言わなくて良いのかよ、ツナ。
「忘れちゃったものは仕方ない……かな?」
なぁ、5年前、お前が好きだったのは誰だ?
「そりゃ、思い出せたらそれに越した事はないけど」
鈍感で陸上馬鹿で、ずっとお前が片想いしてた奴は誰だ?
「不思議と無理に思い出したいとは思わないし」
ダメダメなお前が必死になって裏社会への関与を阻止しようとした程大切なのは誰だ?
「今は今なりに幸せだし、此処に通うようになったのもそれが切っ掛けだしね?」
お前の身近に置く代わりに、俺が護身術を叩き込んだのは誰だ?
「そのおかげで、ツナ君みたいな良い人にも逢えたんだから」
「……ダメツナが」
「それでね、昔の私が書いた手紙があるの」
思い出したように言った後、鞄から依泉が取り出した一通の手紙。
「、それ……っ!」
「……あれは」
それを見たツナの瞳が大きく揺らいだ。依泉が持つ手紙は5年の歳月を経てボロボロになってはいたものの、見た事のないリボーンですら一目見て分かった。手紙を指差しながら、魚のように口をぱくぱくと動かすツナは端から見れば間抜けそのもの。
封に書かれた文字は5年前、ツナが確かに目にしたもの。
“ボンゴレ10代目様”
依泉はずっと持っていたようだ。別れを告げた日、ツナに見せたあの手紙を。
「誰に宛てたものなのかは分からないんだけど、お別れの手紙でね」
俺はそれの存在をツナから聞いた程度にしか知らないが、内容については本人しか知り得ない。だが態々想像なんかしなくても、不安だらけだっただろう事は分かる。ツナもそれを察してか、再び弱々しい表情に逆戻りしていた。
「……っ」
だが、依泉の言葉は予想外だった。
「手紙から伝わってくるのは凄く……暖かい気持ちだった」
「…………え」
「悲しい内容なのに、不思議でしょ?」
にこり。依泉は落ち着いた笑みを、顔を上げたツナに向ける。
「手紙を読むと、昔もきっと幸せだったんだろうなぁって思える。だからね、記憶なんてなくても私は……」
私は笑えるんだよ。そう言って、彼女は本当に幸せそうに笑っていた。
「……オレだって、謝って欲しくなんかなかったんだよ」
彼の小さな呟きが10年前の自分に宛てられたものだなんて知るよしもなく。
どの日の記憶と決別
ごめんね、ツナ。傷付けてごめんね。
イタリアって事すら教えずに……あんな風に別れたのに、また逢いに来てくれてありがとう。
ねぇ、今の私は昔の君の姿すら覚えてはいないけれど、君はあの頃より成長したね。昔君の修行を隠れ見て、そのオーラに圧倒されたのなんてまだまだ小さい事だったんだね。
昔より大分大人びて、身長も……髪も少し伸ばしたね。
すっかり変わっちゃったのに、君の優しさは変わらない。私に記憶があれば申し訳なく思うくらい、昔みたいに接してくれる。
昔の私にとって君は皆と同じように大切だったけれど、今の私は君をこの瞳にどう映すでしょうか?
孤児院に態々足を運んでくれて、場の空気を明るくする。同じ日本人でどれだけ私が救われたでしょう。特別な感情を抱いていたとしても、何ら不思議はないんだよ。
ねぇ、私と過ごした5年前は、君の負担になりませんでしたか?
今の私の全人生である5年間は、君にとってどうでしたか?
私の事を少しは考えてくれてましたか?
5年間、皆は?
何も知らない私だけれど、できる事なら聞きたいと思うのはずるいよね?
昔の私をもし今の私が気付いてくれたなら、その時は先ず仲直りから始めましょう。それから君が、許してくれるまで待ち続けるの。
だから、危険な世界にいたって頑張って。死んだりしないでね?今度はちゃんと、向き合ってみせるから。
私が眠りについてから5年の月日が流れました。
タイムリミットはいつですか?
(彼の持つ10年分の砂時計が、今年半分の刻を刻み終えました。)
end.
‐‐‐‐‐‐
1→黒曜編
2→リング編
3→未来編
……と各回1話完結だったはずが、予定に反して未来編から続いてしまった第4話。いや、「未来編」は終わってますが!
結果的には良くなった気もしますが、後半ギャグ皆無という。記憶喪失ってなんですか。←
ともかくこそあどシリーズ、これにて一先ず終了です。
此処までお付き合い下さりありがとうございました。
執筆2008.11.09.sun
加筆2009.07.20.mon
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