ふと気になってアレンのいる斜め後ろに視線を落とすと、記憶よりも遠いところを青いレティクルは指し示していた。索敵を緩めると、煙の充満しきらない低い場所でアレンがいつの間にかべったりと地面に座りこむ形になり、左腕を発動させたところだった。
どうやら血のウイルスの浄化は終わったらしく、肌のどこにも黒い色は見当たらない。
身体の向いている方向に銃型にした武器を向けるも、出血が多すぎたのかうまく狙いが定まっていない。遠くのアクマに被弾したようで爆発音はするものの、周囲には依然として赤いレティクルがゆっくりと彼を囲うように移動しているようだった。
飛び交う砲弾を避けながらそれら5体ほどを破壊するも、1体、また1体とアレンに狙いを変えていくアクマの数が増え始める。
心境のままに舌打ちした。派手に応戦しているうちはこちらに注意を向けるものと思っていたのに、これではやり辛くて仕方ない。
そんなことを考えている内にもあちらの攻撃の手は休まるどころか激化してゆく。攻撃のテンポは崩れ、避ける合間になんとか自分やアレンの周囲のアクマを破壊していくので精一杯だ。
それは2人なら危なげなく捌ける数だった。けれど1人で対処するとなると話はまったく別物となってくる。アレンも気力を振り絞って応戦しようとしてくれているけれど、さっきまでの私よりはマシ程度のひどい命中率だ。
さっきアレンがしてくれたように私がアレンを奴らの死角まで運べたら良かったんだけど、半年間の筋トレを以ってしても元来の怪力持ちでもなんでもない私が同年代の男の子をスマートに運ぶ術はない。
ならばとせめてアレンの元へ私が移動することで、数は同じでもアクマ達の目標座標を1つに絞ってしまうのが最適解か。分かってはいる。今すぐにでも向かいたいたころだけれど、今はそのわずかな移動の時間すらスキとなる。
この流れは不味い。これ以上は狙いをつける時間すら…………

「っアレン!」

それはなにか合図があったのか。そう疑わないではいられないほどアクマ達はその砲口を一斉にアレンへ向けた。
無数のアクマ全部が2人の標的のうちの片方だけに集中して、ボディに搭載された砲口のそのひとつひとつを次々曲げては、そのただ一点へ確実に狙いを定めようとする。そのさまは間違いなく異常だった。
恐らくは……いや間違いなく、近くにノアが潜んでいる。こんな非道な指示をアクマどもに出して、こちらからは見えないどこかから悪趣味にも高みの見物決め込んでせせら笑っているに違いない。
こんなのたった2挺の銃で間に合うはずがない。どう足掻いても無理に決まっている。もちろん満身創痍のアレンが自力で逃げられるはずもない。やけに冷静にそう悟った頭に絶望が過ぎる。
けれど幸いなことに、身体はまったく冷静さを欠いているらしい。絶望なんかしている暇があるなら1匹でも多く破壊しろ。2挺の火を吹く銃口はどんどん敵の数を減らしていくのに、アレンに向けられる砲口の数はそれを物ともせずに増えてゆく。

ふと、自分の手元を除いたすべての金属音が消えた。がちりと照準を定める機械らしい動作音が、頭が痛くなるほど辺りに響いていたその音が、そこだけ切り取ってしまったかのように静まり返った。
それはアクマ達がその身に宿す砲口のすべてを、たったひとりのターゲットへ向け終えたことを示していた。


「やめろっ!!」


張りつめた空気を裂くように叫ぶと同時、リィンと荘厳な鐘の音が頭を打った。
発動した時のように、けれどそれよりも長く強く、対アクマ武器が光を放つ。

すると途端、今にも彼にトドメを刺そうとしていたアクマ達が振り返る。それも1体や2体の話じゃない。辺り一帯の、視界に映るアクマというアクマが一斉にこちらを向いたのだ。
ひくりと口の端が引き攣る。そこから漏れた短い声ももちろん引き攣っていた。
ヘブ君にされた予言の言葉がふいに頭を過ぎる。この半年測りかねていたその意味が、ここに来て分かったってことだろうか。
つまりなに?私のイノセンスが盾にもなるってまさかの…………ヘイト集めか〜い!
これじゃ盾役というかタンク役という言葉のほうがよりお似合いだ。仲間は守れても自分への盾にはならないらしい。
いやいや、いきなりこんな風にのろのろ向かって来られましても、こちとらロールプレイじゃなくて一元視点固定の根っからのシューティングゲームオタクでしてね、今のこの状況はものすごく――――うん?いや、ちょっと待って。

「…………ははっ」

今のこの状況、めちゃくちゃ既視感がある。いや、既視感しかない。思わず笑いが漏れたくらいだ。
もうここまでくれば、作り込まれたゲームと変わりないじゃないか。やっぱりウルトラクロッカスちゃんは理解あるゲーマー仲間だったってことでファイナルアンサー。
ゲームで散々やったもんね?いけるんじゃないこれ?

「逃げてください依泉っ!」

聞こえる焦った仲間の声も構わず私は目を伏せた。頭の中に少し懐かしい大きな四角の画面を思い描く。
この世界に引きずり込まれることになったキッカケのお気に入りのゲーム、その序盤だ。永遠に続くんじゃないかとすら思わせる初見殺しのゾンビの大群。そう、あれと同じじゃないか。
いけるどころか、むしろそっちの方が大得意、大本命!バックアタックよりよっぽど慣れている。ガンガンいこうぜってね!あちらさんもガンガン来てるから、もちろんもう迷う暇はない。
フルスロットルでやったらあ。トッププレイヤーナメんなよ!



三度目の正直というわけでもないけれど、再々スタートにしてようやく空を覆うアクマ達の数が今度こそ減ってきたようだ。どうやらもうおかわりはなさそうでひと安心といったところか。
アレンも気力を振り絞って助太刀してくれているらしく、さっきまでほとんどがアクマの黒だったはずの空にも、みるみる内に赤を通り越して紫の混じる美しいグラデーションの比重が増してきた。

あーでもこれ能力2つも使いつつの連撃中ってことだよね?そのせいかさっきから疲労感が半端なく押し寄せてくる。ちょっとお疲れには早過ぎない?
でもあともうちょっとだから、たとえ限界超えようとも最後までやり切ってみせますとも。


そしてようやく僅かとなった残機も片付けて、そらフィニッシュ!やってやった!なんてテンションがハイになりつつあるのと裏腹に、崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
だるくて眠くて銃のトリガーに添えた指先から全身が重たくて、なんだかもう一歩も動けそうもない。いやダメだ。アレンを一刻も早く医者に見せないといけないのに。
そんな風に考えていたのも非常に残念ながら束の間のことで、力を込めた足はそのまま結局立ち上がりはしなかった。

くすくすくす。どこからともなく毒の煙の立ち込める戦場に不釣り合いな可愛らしい子どもの、そしていかにも可笑しそうな声が聞こえた。
ああ、すっかり忘れてたけど黒幕がいたんだっけか。さっきの不可解なアクマの行動を指揮した人物が誰か分かった。やっぱりノアの仕業だったか。

「満身創痍だねえ。カワイソーにい」

照明がぱちりとつくように突然目の前に現れたのは、頭に浮かべていたままの姿をしたノアのロード。会うのはこれで2度目だ。見た目はただ無邪気なだけの、つんつんした毛先の元気なショートカットの女の子にしか見えない。それだけじゃないことは、前回のときに痛感済みである。
こちらが2人とも動けないのを良いことに、労うようにやけに優しく頭を撫でられたけど、その口角は上がっていて、みじんもかわいそうとは思われていないのがよく分かった。

「誰のせいだと」
「えー?そのイノセンスの新しい能力のせいじゃん?」

そういう言い方されると反論するにもなんだかためらう。たしかにそうなんだけども、そもそもは君のせいだよね?

「ほんとは遊び終わったら殺す気だったけど、これ以上能力開花されたらレロが怒られるからあ、今日はもうおしまいね」

隣に浮いていたカボチャ頭のついた傘がぎょっと大きく仰け反る。
なんでレロが!?だとか言っているので、ロードが責任転嫁をはかろうとしている相手は今日みたく晴れた日でも関係なく持ち歩く、あの傘のことなんだろう。というかなんで傘がしゃべってんの?
正直ありがたい事この上ない申し出に、武器を握る力を悟られない程度にちょっとだけ弱めた。多分、そう言うからには本当にこれ以上はもうなにもない…………と思いたい。

「依泉……だっけえ?なかなか楽しい見せ物だったよお。でもお、アレンは僕のオモチャだから、イチャついちゃダーメ」
「誰が見せ物だって?」
「誰がキミのおもちゃですか!」

私の低くなった声と、遠方からのアレンの勢いづいた声がコントみたいに被った。とりあえず声に覇気が戻ってきたことを喜んでおくとしよう。
「それじゃゆっくり休んでねえ」と敵らしからぬ言葉をかけられ、けたけた笑いながら手を振ったかと思えば、また次の瞬間には目の前の人物は綺麗さっぱり消えていた。

今度こそ訪れた静寂に、アクマの残骸達に囲まれて、情けなく座り込むエクソシスト2人だけが残っていた。
遠くのアレンと示し合わせたように目を合わせると、砂だらけの団服とぼさぼさ頭と、疲労感たっぷりの顔でへらりと笑う。そうしてぷつりと糸が切れるように、私の意識はそこで途絶えた。



どうやら3日間眠りこけていたらしく、目覚めたときには黒の教団に帰ってきていた。

アレンはあの後離れたところに待機していた探索部隊をティム・キャンピーに呼びに行かせて、無事に右肩の処置も受け、まったく起きる気配のない私諸共運んでもらったらしい。
アレンはアレンで教団に帰るなり丸1日眠ったとかで、見た目は包帯やらで痛々しいもののそれを感じさせないほどいつも通りの調子だった。私が目覚めたときにもどこから聞きつけたのか飛んできて、そして病室を抜け出すなと婦長に当然のように怒られて帰っていった。

どうも私が3日も目を覚さなかったことから何から、そもそもの原因が自分にあると思っているらしい。
そんな風にはまったく思ってないのだけども、せっかくなので潮らしいアレンにここぞとばかりに甘やかしてもらうことにした。
皆さんご存じのとおり、肩でアクマの弾丸を受けたアレンのほうが怪我の具合は明らかに悪いんだけど。私も鬼じゃないので一度は遠慮したんだけどね?気にしいなアレンにそれじゃ気が済まないと食い下がってこられちゃ、なんだかなにも言わないほうがイジメてるみたいだったからさ?まあ、顔色も良さそうだし問題ないでしょってことで。
具体的になにをしてもらったかって?知りたいのなら答えましょうとも。なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情けってね!
まずは全身疲労と酷い筋肉痛のような痛みで3日経ってもベッドの上から動けないままでいた間の遊び相手と、ジェリーさんお手製には変わらなくとも病室での質素な食事に飽きたときの甘味の密輸役、それからあとはティム・キャンピーを貸してもらったりもした。抱き枕にして寝た翌朝は余計に体が痛かった。
さすがに密輸役に関しては、数回した頃に婦長に気取られてこっぴどく叱られたことは申し訳なかったと思っている。まあ私も一緒に怒られましたけども。


さて、そんな休息期間も終わり、今はまた厳しいトレーニングの日々に逆戻りしています。

ヘイト集めだけでなく索敵機能も疲労感の溜まりやすさからして日頃から使えるものじゃない。訓練中に試した日には自室のベッドまで辿り着けないこともしばしば。教団の廊下で寝る姿が多数目撃されてちょっとした怪事件扱いされそうになった。最初のころはあまりにも動けず即病室に逆戻りを繰り返していた。
それでもいざという時のために体力底上げと、残念ながら忘れちゃいなかった瞬発性やなんやの避ける訓練。
あとは結局必要なゴーグルについてだね。
任務じゃなくてもいろんなレベルのアクマの立体映像達をゴーレムに見せられる毎日。正直ね、微塵も慣れない。ゲーム画面やVRの世界観とは比べ物にならないほどゴーレムの立体映像は鮮明過ぎる。
だから残念だけどリーバーさんにはやっぱり頭を抱えてもらうしかない。とはいえオルハリコンなんてファンタジー金属が、異世界でもそのままの意味合いで通じてしまうなんてさすがに思わないじゃないか。予定では頭を抱えるんじゃなく傾けるかと思っていたんだけど。

それはともかくとして平時はゴーグル、いざとなったら索敵機能で切り抜けますよっと。
長丁場じゃそうもいかないけど、これまでだってなんだかんだピンチも繰り返しながら任務完了までやってきたことですし、まあなんとかなるでしょ。なんとかしてみせますとも。そう、ウルトラクロッカスちゃんの名にかけて!


唸れ、ウルトラクロッカス!

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ようやく夢主無双のターンが書けるぞ!と思いきや、なぜだかまたしてもヘタレてしまいました。
ふりだしに戻る感半端ないですが、予定のものは書けたので、これにて一旦完結とします。
ほんとはおまけ話みたいな大して山も谷もないようなものをもう1話書くつもりでしたが、導入部程度で話がかなりあいまいなので書けるかどうか……といった感じなのでとりあえずなかったことに。

2022.04.01

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