「依泉っ!」
反省会はすべて片付いて無事ホームへ帰ってからにするんだった。
悲鳴のような声はデジャヴで、我に返れば黒いミサイルを思わせる弾丸がこちらへ向かって来るのが一瞬視界に映り込み、けれどすぐに見えなくなる。
視界が突如として闇となってしまった。眼前にはためく団服は私のものではない。崩れ落ちるかのように膝をついた彼の先で、風船が割れるようにアクマのボディが裂けていった。
のんきな頭が一拍のあとに出した結論は、「庇われた」だった。
彼の全身にペンタクルが浮かぶ。寄生型エクソシストにアクマの血のウイルスは効かない、じき引いていくはずだ。けれど武器で受け止めきることよりもなんとしても私に着弾させないことを優先してくれたのだろう。物理的なダメージを負った右肩がみるみる真っ赤に染まっていく。
よそ事を考えていた私の落ち度だ。
今の私は弾丸を食らうどころか、さっきこしらえた頬の傷に血のウイルスの1滴でも付着すればおしまいだってことを、私よりも誰よりアレンが気にかけてくれていたんだ。
とっさに駆け寄ると眉間に寄った深い皺と、痛みに耐えるため食いしばった犬歯が髪の隙間から覗いた。膝をついても倒れまではしないのは意地だろうか。悲痛な痛みが見るだけで伝わってきそうなその姿でも、まだ彼は私を優先して「逃げて」だとか振り絞った声で言う。
途端、動揺と恐怖で鈍っていた頭の中が一気に冴え渡っていく感覚がした。
「ちょっとだけ待ってて。アレン」
いったい私はなにをしているんだ。暴力的なまでの数を前に、アレンひとりに頼りきりになっていただなんて。
弓折れ矢尽きる?本気で言ってる?そんなわけがない。武器は壊れちゃいないし、銃弾も尽きることは有り得ない。折れているとしたら弱い心だ。じゃあほら、よーく見てみれば良い。本当に私の心は折れてしまってるとでも?
…………そんな訳がないでしょ。
「ウルトラクロッカスちゃん、発動」
相棒である二挺拳銃をしっかりと握り直す。
返事をしているかのように、その美しいボディが刹那光を放った。
代わりに手放したゴーグルが地面でころりと座りの良い向きへと転がった。すこし名残惜しいけれどただでさえ精神的に遅れを取りそうなところ、ゴーグル片手にして太刀打ちするにはあまりにもアクマの数が多い。
今度は私がアレンの前へと出る。
怖がってる場合なんかじゃない。怖いからなんだ、やるしかないでしょ。出来ないわけがない、言わせない、言ってたまるか。これ以上泣き言言って、トッププレイヤーの名を泣かせてやるな。
キッと睨みつけるように視線を眼前の敵へと向けると、情けないことに全身に正直にも鳥肌が立つ。当然だけれどゴーグルをしていたときより視界がクリアで普段以上によく見える。視野もぐっと広がって、その一点のみで言えば早々遅れは取らないだろう。問題はどれだけ身体が動くか。それはこれからすぐに分かる。
うっかり竦んでしまいそうな足を叱咤して肩幅ほどにしかと開く。
ガンシューのスタート前にしていたのと同じように両の腕をクロスさせる。
それはもうポーズじゃなくて、疲れや反動で照準が狂うことがないように互いの腕を固定するためだ。けれどもそれは疲れなんかじゃなくともすでに恐怖で震えてしまっている。気合でどうにか出来るほど怖いものの克服は簡単ではないらしい。でもこんなんじゃ、精度が命の飛び道具なのに、狙いを定めることも儘ならない。
震えが収まるのを待ってはいられないので、可能な限りに狙いをつけていくらか発砲するも、遅鈍なレベル1にすらまともに当たってはくれない。距離があるとは言え、一撃で破壊できたのはたった1体だけだった。
あまりに酷い命中率に愕然とする。
どうする?銃撃を避けられたところで、敵の数が減らないことにはいつまで経っても終わりは見えない。手元の銃に視線を落としても、銃口は依然震えっぱなしだ。
これじゃ武器を扱うために訓練漬けになっていた日々に逆戻りだ。
あのころは銃の衝撃にさえ耐えられるようになれば無双だって出来ると、この世界の救世主にすらなれると信じてたのにな。
一体どうすれば現状を変えられる?私はこの世界に足手まといになりに来たんじゃないはずだ。役立たずでも、今この土壇場を切り抜けないわけにはいかないのに。
≪ピッ……ピピ……ピピピ≫
不意に聞こえたのは小さな音だった。電子音を思わせるそれは、アラームのようにどんどん数を重ねていく。どうやら手元の銃がその発信源らしく、戸惑いとともに視線を彷徨わせれば、視界に映るアクマの姿に軒並み異変が起きていた。
「……うそお」
恐らくこれは……いやほぼ確実に、信じがたいことになんと、私のイノセンスに索敵機能が搭載されたらしい。
いつも私がヘッドショットを狙い撃つ正しくその位置に赤いドット、その周りにアクマの顔たる仮面よりもひと回り小さい円のレティクルが表示されている。とか……ねえ?
ウルトラクロッカスちゃんは一体どこでそんなゲームシステムを覚えて来たのかな?君が入っていた筐体にはそんなもの搭載されてなかったけども。同じようなマークで銃の照準を指し示すだけのレーザーサイトはもちろんあったけど、それとこれとは当然まったく別問題である。さてはこのイノセンス、私に似てゲーマーだな。
主張するレティクルのひとつに視線を送ると、そこにかっちりピントが合うように途端ピントの外にあるアクマの姿も、そして後ろの有象無象も影のようなシルエットになって気にならなくなる。
色々とあんまり予想外の衝撃だったもんだから、つまみ出された恐怖心とともに気付けば身体の震えがぴったり止まっていた。けど、そうじゃなくてもこれはちょっと凄いんでない?だってアクマの姿が輪郭以外ぼんやりしてるし。アレンの姿もぼんやり霧がかっちゃってるけど。仲間はどうやら青くマークされるらしい。これってアレンの左眼にも匹敵する便利能力なのでは?なんと言っても、うん。これなら全然怖くない。
怖がってるからって機能拡張とか私のイノセンス超優しい。だとか集中を切らすとアクマの姿も途端鮮明になる。うん、まあ数熟すときには重宝するね。
さてそれじゃあ、今度こそいきますか。深呼吸をして一拍、頭の中で開始の合図を鳴らした。
「Ready……Go!」
テンポ良くトリガーを引き続ける。撃ち出す銃弾はすべてリードされた通り、向かい来るアクマの脳天そのど真ん中を貫いていった。
あ、またこれアレンに怒られるやつだな。さっきも言ったけどだって、狙いつけ易いんだもん。今回に関してはむしろ他全部がぼやけて見えているのでどうしようもない。
あちらこちらで毒の煙が舞うけれど、レティクルが正確に敵の位置を教えてくれるので、被弾した音と煙が途切れることはない。この狙いの付け易さはゴーグル越しとはわけが違う。タイムアタックなら余裕で新記録だろう。
体力的にも一応、ほんの数分休憩を挟んで余裕がある。アクマの数が底をつく気配はないけれど、それでもまだ当面は戦える。
視界の大部分を占めるタマゴ型のボディは青空をどす黒く彩るドット模様のようだ。遠くの方では雲が朱を帯び始めているけれど、それも今は汚く隠されている。
大量のアクマを一撃で掃討できるはずのアレンの技でも、破壊できたのはその場の半分以下、後から後から湧いてくるアクマのほんの一部だった。それだって体力温存のために途中からは通常攻撃に切り替えていたようだ。
対して私の手札といえば、今しがた発現したばかりの索敵機能だけ。
ヘタレ具合はともかくとして、腕前に限っては立派な自負を持つ私にはなんともおあつらえ向きだと思う。思うんだけど、今はアレンのように一撃で対複数となるような技があればと考えないではいられない。
気が急いている理由はもちろんアレンの怪我だ。
一刻も早く医者に見せなければいけないのに、ここには探索部隊すらもいない。応急処置もままならないのに、一体いつになるだろうか。
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