空が青い。雲が綿菓子のようにふわふわと連なってはいるものの、十二分に快晴と言える空模様。うん、長閑かだ。
無事3年に進級したオレ達はマフィア云々の物騒な死闘から離れ、それこそ夢のように再び平和な日々を過ごしていた。
受験生である事から授業は勿論の事、自称家庭教師な赤ん坊のスパルタも増すばかりの中、ただひとつ良い事といえば腐れ縁かリボーンの差し金か。後者の可能性が極めて高いが、オレは獄寺君や山本や京子ちゃん達と三度同じクラスになっていた。

無事に誰一人の仲間を欠く事なく未来から戻ってきたのは、もう半年も前のことだ。


「……っはぁ、間に合った!」

全速力を出した結果、なんとか遅刻を免れたオレが己の席で漏らした安堵の息にちょうど本鈴が重なる。
前の扉から入ってきた担任に、空いていた席がみるみる埋まっていった。
出欠を取った後早々に本題を切り出した先生は、転入生と云うワードをだした。何となく聞き流していたオレは、教室に入ってきた人物に目を見張る事になる。

「雨澪依泉といいます。えーと、宜しくお願いします」

慣れない調子の自己紹介をした彼女のその声、その雰囲気、その名前……全てが一致する。間違いない、あれは10年前の未来で逢った依泉さんだ。
途端に半年前、現代に戻る数日前の依泉さんとの会話が脳内に蘇る。





「――ツナ?」

ぼぅっと木々の囁きを聴いていたオレは、呼ばれるまで人の出現に気付かなかった。

「んっ……あ、依泉さん」
「どうしたの?こんなとこに座って」

そう、どうしてかこの時オレは森の中にいて。10年後の自分が入る棺桶を前にして座り込んでいた。オレ自身もよく分からなくて、隣に腰を下ろした依泉さんにも曖昧な返事を返す。
自分の死を目の当たりになんて、したくないはずなんだけどなあ。

「荷造り終わった?」
「はい。元々荷物少ないんで」

そういえば、前にもこんな事があった。ミルフィオーレに乗り込む前、今と逆で一人外に出た依泉さんを心配して、オレが追いかけたんだっけ?
あれからまだ日も浅いというのに、戦いがあったせいか随分と前の事に感じられる。思えば依泉さんって最初逢った時と比べて、随分明るくなったよなぁ。

「ねぇ、ツナ」

思い出し笑いをしていたところ依泉さんの呼び声が聞こえて振り向く。けれど彼女はオレを見ていた訳でなく、その視線は棺の方を捉えていた。オレに対してじゃ、ないのかな?

「私ね……私、皆と過去に戻りたかった」
「……え、」

どきっと依泉さんの言葉に心臓が鼓動を早めるのが分かった。

「大好きな人がいなくなって、その上置いてきぼりにされた私は誰より不幸で、孤独だと」

仲間がいない。誰も知らない。苦しい現実。命に関わる危険。失望。
痛い程それらが伝わってきた。依泉さんはどんな気持ちでオレ達と接していたのだろう。

「けど、違ったんだね。そんなの被害妄想だった」
「……依泉さん?」

俯けてしまっていた顔を少しだけあげる。依泉さんの表情は穏やかで、悲しんでいる様にも、ましてや無理をしている様にも見えない。笑顔とも言えない。

「皆と逢えて良かったって今なら思えるよ」

真剣な……けれど清々しい、どこか吹っ切れたような表情。
この横顔を守りたいと思った、オレは

(ああ、オレは一体どうしちゃったんだ。)


「だって10年前だろうとその人は紛れもなく私の知る本人なんだから。ツナだって……ツナ?」

気付けばと云う表現は可笑しいのかも知れないけど、確かに気が付いた頃には、オレの両手は依泉さんの肩を掴んでいた。
どうしたの?なんて見開く瞳がオレの瞳を捉える。


「オレが依泉さんを守ります」

この時のただの口約束が、これからのオレの人生に一生あり続ける使命だなんて、想像もつかなかったけど。

「過去に戻って、依泉さんに逢って……それからオレの出来る限り精一杯、守り通します」

オレと出会ってしまった貴女が、少しでも悲しまないように。
呆然としているのか呆れているのか、口を閉ざしたままの依泉さんの視線にじっと見つめられる。
その小さな沈黙にようやくオレは先刻の台詞に疑いを持ち、自分が発したと思えぬ言葉に一気に血の気が退いていくのを感じた。

「……ツナ、」
「はいぃっ!?」

あ、声裏返った。
あんな格好つけのような事を言ってしまって、依泉さんはどんな反応をするだろうか。けれど彼女は身構えるオレとは遥か違うスケールの寛容さを持っていたらしく、落ち着いた声で何故かお礼を言われた。

「そう言ってもらえると、嬉しいかな」

オレはただ好きな人や友達や家族、大切な人達に誰一人傷付いてほしくないだけで。偽善者振るなと反感を買えどお礼を言われる様な事なんて、何も言ってないと言うのに。
首を横に振る彼女は何て優しいのだろう。

「ツナは約束を守ってくれたよ。この10年間、私達をちゃんと守ってくれた」

そう微笑む依泉さんに照れ臭くて、意味もなく頭を掻く。あぁ、そう言えばと何か思い出したように依泉さんが手を叩く。本当は未来を教えちゃいけないんだけど、と少しだけ声を潜めた彼女はまるで悪戯を思い付いた子どものようだ。

「私は中3の時に並中に転入して、皆と同じクラスに入るの」

この言葉をオレが理解するのは過去に帰ってからずっとずっと後の事で、会話中は言わずとも疑問に思う事しか出来なかったのだけれど。

「だからね、迷惑じゃなかったら10年前から宜しくね!」

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