大おばあちゃんの部屋をあとにして少し歩く。廊下を歩いていると庭が見えて来たので、その辺りに腰を下ろして、今朝はちゃんと持ち歩いていた携帯を取り出す。
手慣れた操作でログインを済ませると、私のアバター、かず姫のデフォルメされた姿が今日も可愛く体をぴこぴこと揺らしてこちらを見ている。本当はもっと頭身が高いのだけど、パソコンなんかの大きな機械じゃないと見る事はないので、あまり見慣れなくてたまに健兄のパソコンからログインするとその姿に毎回驚いてしまう。
このかず姫という名前のアバター、残念な事に見た目は普通過ぎるくらい普通の少女だ。なかなか自分と似ているように思うその子はまぁ、実物よりは当然可愛いのだけど。なにより今年の春のアイテム抽選会で手に入れた白いワンピースドレス(アイテム名と違い見た目は普通にワンピースなのだけど、スカートの後ろが前より少し長くなっているというこの微妙な違いでレアアイテムなのだ)を着ていて、あまり飾り気はないが自分としてはとても愛らしい分身だと思っている。
というのをアクセスの度に割と高確率で考えていたりする私は、今日もそんな事を考えて漏れた溜息を一つ置いてから、マイページのコミュニティ1項目目にいつものようにアクセスした。

「あ、昨日キング・カズマ試合してたんだ」

私のマイページからはよく訪問するキング・カズマ関連のページに飛べるよう設定をしてある。それらの情報によると、ちょうど昨日私が夕飯を食べ始めた頃にキング・カズマが活動していた模様。公式試合じゃないけど結構な数の相手に絶好調だったとか。
バトル自体にはそこまで執着はないものの私も彼の多くいるファンの中の一人だ。ここまで掲示板が盛り上がってるんだからきっと昨日のキング・カズマは凄かったに違いない。昨日のことだし、仕方がないのだけど、見れなかったのは少し心残りだ。

とりあえずこの4日間キング・カズマに関してはコミュニティからの情報とこの携帯ストラップで我慢しよう、と自己解決する事にした。マスコットとして立体化されたキング・カズマは、二等親にデフォルメされていてそれでもつりあがっている目元なんかが絶妙にファンの心をくすぐるのだ。ああ、可愛いなあ。
そこでフと思い出す。昨日といえば、OZから変わったメールが来てたような?

「キング・カズマ、好きなの?」
「え?あ、おはよう」

突然思考の海から現実に引き戻されるような感覚。振り向くと後ろに立っていたのは声で分かっていたけど、やっぱり佳主馬君だった。6時40分、夏休みなのに早起きだね。

「いつもこんな時間?」
「そうだけど。それより、」
「あ、キング・カズマ?そう、私ファンなんだ。強くて可愛くって良いよね!それから誰の挑戦でも受けるって文句、あれも凄いよね。優しくってカッコいい」

ふうん……と一言で片付けた佳主馬君は私にそれを聞いた張本人と思えない反応の薄さだ。
それにしても声に出してみれば、なんだかさっき思った大おばあちゃんのイメージに似ている気がする。キング・カズマって大おばあちゃんみたいだ。

「もしさ」
「ん?」
「もし僕がキング・カズマって言ったらどうする?」
「え」

佳主馬君がキング・カズマだったら?そんなまさか。キング・カズマが知り合いにいるとかアリなの?ありえる?世界ってそんなに狭いの?あ、でもよく考えたら名前一緒だし。そういえばアバターうさぎって言ってたし。キング・カズマが大おばあちゃんみたいって思ったけど、さっき大おばあちゃんと佳主馬君ってやっぱり家族なんだって思ったし。言われてみれば確かにこれって辻褄合ってるよね。

「え……じゃあ佳主馬君てホントにあのキング・カズマ?」
「信じられないんだ?」
「ううん。凄いよ、それ。だって、世界規模のOZの中で一番有名で注目されてるのはキング・カズマだもん!そんなアバターを生み出せるなんて、凄い才能」

佳主馬君、私と同い年なのにすごいね、すごいねとすっかり納得してはしゃいでいた私は、目の前の人物が仏頂面を解いている事が身内も驚くほど珍しい事を知らない。

「あ、でも王者さんじゃOZで会っても私なんかと話してるヒマないよね。ちょっと残念かも」
「別に。カンケーないよ」
「ホント?私が話しかけたら返してくれる?」
「気が向いたらね」

うーん、曖昧だ。有名人ってそうやって上手くファンをかわしていくのかな。でも佳主馬君ってそういうタイプじゃないよね。これも偏見になるかもしれないけど、なんとなく。

「ここにいる間はたいてい納戸でOZやってる。今から行くつもりだけど、来る?」
「行く!」





朝でもやっぱりそれなりに暗い納戸。納戸だから仕方ないんだけど、ずっとこんなところにいたんじゃ視力にも影響しそう。そんな場所に佳主馬君が居着いているのは、静かで、思うより風通しが良くて涼しいからかな。
黙って目的の部屋まで歩を進め、昨日も見た文机にノートパソコンを設置。立ち上げてOZにログイン。素早い一連の動作をのんびり見ていた私は、その後突然始まった生のキング・カズマの試合にテンションは上がるところまで上がりきったんじゃないかと思う。
だって、画面越しすぐにキング・カズマがいるとか、そんなレベルじゃない。このパソコンの画面の主役はいつでもキング・カズマで、世界で一番キング・カズマが近くて、試合を堪能できる。極めつけは、そのキング・カズマを目の前の人物が操作しているというのだからもうこれは夢?幻?いっそ私の妄想だろうかとか、バカバカしい思考が脳内を占拠する。あぁぁ画面に集中しなきゃいけないのに。こんなチャンスもうきっと二度とないんだから。
だからちょっと一度静まれ、私の心臓。

「なに百面相してんの。顔面白いよ」

一度手を止めてこちらを向いた佳主馬君は既にこの短い間に10人ほどと対戦している。野良試合だから相手がいつも戦っているほどの強者じゃないのは私でも分かるけど、それでもこんな勢いで倒していく事なんて可能なものなのか。けれど試合の申し込みは当分絶えそうにない。
これっていつも落ちるタイミングとかどうしてるんだろう。こうまでひっきりなしだと「誰の挑戦でも受ける」と言ってる手前ログインの度に結構な時間挑戦者の相手をして、パソコンの前から離れられない気がするんだけど。

「えっと……ちょっと夢の中な気分だった」
「なにそれ」
「いえ。気にせず続けて?」

どうぞ、とパソコンに向かう事を促せば佳主馬君は何か言いたげだったけど、5秒位してその通り操作を再開した。
多分これが臨場感ってヤツなんだろう、とキング・カズマの試合を見る度に私はいつも思っている。夏希先輩の剣道の試合と、キング・カズマの試合でしか私は感じた事のない、緊張感。自分が試合に出た時だってそんなものはなかった。あったのは恐怖心と真っ白になった脳に動かない体だけだ。

どれくらいその光景を見ていたのか。気付けば時刻は7:30を過ぎていて、佳主馬君の調子が良いのか偶然相手が少なかったのかキング・カズマへの挑戦者は今まさに立ち向かって来ようとしているボクサーみたいなアバターで最後だ。見た感じでは今日一番手強そうな相手だけど、一度粘りを見せた程度でやっぱり呆気なく倒れこんだ。

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