「…………っ、すご」
少なくともそろそろ1時間は経つはずの試合観戦が、私にはあっという間だった。佳主馬君が静かに一息吐いたと同時に画面いっぱいの歓喜。気付けば私も盛大に両の手を叩いて騒ぎ立てていた。
「すごい、すごいよっ佳主馬君!私、こんな感動したのはじめて!」
「……いちいち大袈裟でしょ」
「ううん、すごかったよ。試合をこんな間近に感じた事もなかったから、それが大好きなキング・カズマの試合ですごく嬉しい。本当にありがとう!」
しっかり目を見てお礼を言うと、佳主馬君は困惑したらしい何とも説明の難しそうな表情をした。目は見開いているし、眉は変な形に曲がっている。口はぽかんと空いているし、少しだけ健兄の困り顔が被ったけど、それとは少し違う。多分こうやって憎まれ口ばかり言っちゃったりして、キング・カズマとしてはともかく、佳主馬君として真剣にお礼を言われた事が今まであまりなかったのかもしれない。これはあくまで私の予想に過ぎないけれど。
でもやっぱりこの感謝してもし尽せないような感情をどうにか伝えたくて、私はもう一度お礼を言った。すると今度はぶんっと顔を背けられてしまった。やっぱり照れてるんだ。佳主馬君って照れるんだ。なんて笑みが零れる。
こうしていると彼が王者の称号を持っているなんて不思議なほど、彼は普通の子どもなのだ。なんだかちょっと弟でもできたみたいだなあ、なんて同い年の男の子に直接言ったりはさすがにできないけど。
さて、私がひとり和んでいる内に、佳主馬君は何を思ったのかふと突拍子もない事を口にした。
「あのさ、知ってる?王者の試合の一席の値段ってNo.2でも霞むくらい高いんだよ。それが最前列に近ければ近いほどね。一般席ならそうでもないけど、それだって購入希望者の倍率が一席に対して何十倍もある」
「知ってるも何もOMCじゃなくたって大抵のスポーツ観戦に必要な予備知識だよね。それがどうかした?」
「僕の言いたい事、分からない?」
真剣な顔でじっと見つめられる。だからこれはつまり、直接口には出し辛い、金銭的なお話だ。王者なら尚更。つまり、その実際にプレイする本人の横という超特別席で観た今の試合の観戦料はVIP席よりもはるかにお高い訳で、相場を計算するとしたら大体中学生の月の平均お小遣いなら最低でも●ヵ月分くらいにはなる訳で。それを、今、ここで私は払う義務があると?
「う……うそ?」
「そう、ウソ」
「っ佳主馬君、いくら何でもそんな冗談は心臓に悪いよ!」
叫ぶように批判すれば「冗談を本気にする方が悪い」と一蹴。そんなブラックな嘘ついて騙す方が絶対悪いと思うよ、私は!悪戯が成功しても表情一つ変えずにけろっとしている佳主馬君は真偽の判断がとても難しいと思うんだ。
「さっきのなんか公式でもなんでもない、ただのエキシビジョン。勝ち負けだって目に見えてたし。いくらキングでもその辺で勝手に試合始めといて見物料なんかいちいち取る訳ないでしょ。分かりなよ、予備知識だよ」
「……」
返す言葉がないんじゃない、見つからないだけだ。
「すごく仲良しになれたと思ったのに……意地悪だ、佳主馬君」
「っ」
キング・カズマの試合を見ての高揚感は何だか急激に萎んでしまって、すぐ隣から座ったまま一歩分くらいずり下がる。「佳主馬君ってもしかして、私の事嫌い?」とすっかり落ち込んで小さくなった声で質問。
「あのねぇ!分かりなよ。嫌いだったらわざわざ、」
「いた!佳主馬君!って、螢!?」
「……」
「あれ、健兄」
突然声を荒げた佳主馬君の台詞は最後まで続かなかった。続けられなかった、が正しいのか。なんだかあまり宜しくないタイミングでの兄妹の登場に少し私の方も困ってしまった。でもこれ多分、怒鳴ってた佳主馬君の方が行き場のなくなっちゃった気持ちをどうしていいか分からなくなってたりとか。ねえ?
盗み見た佳主馬君の表情はなんと、「間抜け面」ではないかと私は思う。こういう場面に陥った時の健兄に今度こそそっくりだ。
かと思ったら佳主馬君ははっとして、呆けていた表情を引き締め……ちょっと引き締めすぎだよ佳主馬君。怒ってるよこれ、すごい怒ってる顔だ。でも健兄とほとんど面識ないからかギリギリ堪えてるって感じだ。
「……なんか用?お兄さん」
「あぁっそうだ!パソコン借りても良い!?」
佳主馬君、明らかに声が低いんだけどこれ、健兄は気付いてないな。健兄は健兄で慌てるのはよくある事だけど、これはちょっと異常かも、と思ったのに次の台詞がパソコン貸してってどういうこと。
「……言い方がダメ。もっと取引先に言うみたいに」
「へ?」
丁寧に額を床にくっつけて懇願する健兄の姿が少しだけ悲しい。何だろうこの光景、デジャヴだ。上からな佳主馬君と、そこに土下座してる健兄は昨日の私、そっくりそのままと言っても良いくらい。私は頭下げただけだけど。それで素直に言う事聞いたら見向きもしない。まあなんだかんだで条件はちゃんと呑んでくれるんだけどね。
佳主馬君ってそういう取引とかが好きなの?それとも人が困ってるのに付け込んで遊んでるだけ?
「ねえ、切羽詰まって土下座してまでパソコンって、私健兄がそんなに中毒だと思わなかった」
「やっぱりお兄さんが犯人?」
「ちっ違うよ!」
「犯人?何それ」
何だか穏やかじゃない単語をさらっと出し、それに普通に返事をするこの二人の会話に着いていけてない。私置いてけぼり?
「アンタ馬鹿?さっきから画面に出てるよ。ほら、この人指名手配犯」
「えっ何これ健兄の写真じゃない。現在緊急に全国指名手配……罪状は、不正アクセス禁止法違反?OZの世界一を誇るセキュリティを解除した疑い?……えっ何してんの!?」
目元を隠されていようと分からないはずがない、そこに写っているのは紛れもなく私の血の繋がった兄だった。
記事の要点だけを素早く掻い摘んで読むが、そこにはとても信じられない事ばかりが書かれていて頭の中はパニック。愉快犯とか、健兄に全くそぐわない言葉までが出てきている。
「えっちょ、螢これ信じるの!?何かの間違いだって!」
「え……あ、そっか。そうだよね。ごめん、なんか混乱してた」
「そうだよ!大体なんで僕がそんな事する必要があると……あぁやっぱり、ログインできない!誰かにアカウント乗っ取られたかも」
「なんだ、なりすましか」
OZのパス破るなんて凄いスキルだと思ったのに、と呟いた佳主馬君の表情は本当につまらなさそうだ。でも多分、もうさっき遮られた事を根に持ってはいなさそうなのだけは幸いかもしれない。
「言ってる場合じゃないよ!このままじゃ健兄冤罪!」
思わず勢いよく立ち上がると、木の床が軋んだ音を立てた。どうしよう!と言ってても仕方ないのだけど言わなきゃ気が済まずオドオドとし始めた兄妹に、突然の心臓に悪いバイブ音。2人してオーバーなリアクションをしてから、健兄の携帯が着信を知らせている事に気付く。
相手は佐久間君。用件は、決まっている。
お兄ちゃんは指名手配犯(仮)
2010.09.12.sun
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