「外輪さん!ちょっと紹介したい人がいるから着いて来てくれないかな?」
「いえ、私急ぐんで」
「すぐ終わるから!お願い」
日付はまた変わり、今は早くも転入から5日が経ったお昼休みの事である。昨日手紙を無視して捨てた行為で、罰が当たったんじゃない、ある意味神様よりも面倒な人達の怒りに触れただけだ。いやお呼び出しの時点でお怒りなのか。
遠慮して下さい、と続ける前に有無を言わさないとでも言うかのように次の言葉を重ねられた。絶対すぐになんか終わらない。賭けたって良い、だって目が笑ってない。
そのまま断っていたのにズルズルと引っ張られるように着いて来てしまったのは、今逃げたってバックから叩かなければ終わらないという判断の元である。……というのは半分冗談にして、正直お誘いが執拗過ぎて断るのも面倒になってきただけだったりもする。
でもやっぱり逃げとけば良かったかもしれない。
「昨日は無視しやがって」
「……紹介したい人とやらが随分たくさんいるようで」
目の前には今これ、何人の女子の目が私を睨んでいるんだろうか。数えるのも面倒だけどざっと20人ってとこだろう。
話によると彼女ら全員工藤新一ファンなようで。どうやら私が新一君の周りにいるのが気に食わないらしい。
これだけ嫉妬深い女子が結束できてる辺り、新一君にはファンクラブでもできてるのだろうか。そうでもないと個々が私という標的の為にこれだけの人数つるむなんて有り得なさそうな連中だ。
しかしいきなり口調が手紙やさっきの猫かぶりとは違い過ぎてどうしたものやら。今の先頭は上級生っぽいから調子に乗ってるんだろうか。旧音楽室と言うだけあって、古っぽい教室の防音設備はお世辞にも優秀とは言えないのに。
「毛利さんならまだしも、ぽっと出のアンタが工藤君に近付かないでくれる?」
「あたし達だって苗字で呼んでるし、苗字で呼ばれてるのに、なんでアンタなんかが名前で呼ばれてんのよ」
「工藤君だって迷惑してるに決まってる。優しいから言わないだけで!」
一方的に責め立てるような声に、ようやく自分が呼び出された理由の具体的なところが分かってきた。けれど残念ながら私は彼女らの捌け口じゃない。
大体言ってる事も大方可笑しい。新一君に話しかけるのに一々許可が必要だったり差別があるなんて、意味がさっぱり分からない。
そりゃ確かに私の方が人を名前呼びするのは珍しい事だったりするけれど、誰をどう呼ぶかなんて個人の勝手じゃないか。勿論それは新一君の方もそうで、私の事は苗字で呼ばないよう言いはしたけど、呼び捨てでまでなんて細かい事は言わなかったし、彼女らを苗字で呼ぶのだって特に親しくないからであって、名前で読んでほしいと言うならこんなところで私なんて睨んでないで新一君にすぐにでも言えば良いのに。まあ、突然そう親しくもないであろう女子の大群からそんな事を言われて、彼の困った顔を見る事になるのは目に見えているが。
けれど新一君は聞いた限り毛利さんも、そして鈴木さんの事も呼び捨てで呼んでいたんだから、私の考えは正しいはずだ。
毛利さんならって辺りの理屈もよく分からないが、確か幼馴染みと聞いたので妥協案か、もしくはお似合いって事かだろう。
こういうのって少女漫画とかでのイベントだと思ってたけど、どうしてよりによって私がお呼び出しを食らうんだ。
「用件はそれだけ、ですよね。じゃあ私もう戻りま……っ」
昼食だってまだ食べてないのに、こんなところでだらだらいて時間を無駄にして堪るもんか。一通り声が止んだのを見計らって踵を返そうかとした時、話す途中に頬に走った衝撃に軽く舌を噛んでしまい2倍の痛みが顔面に走る。
手前にいた上級生から渾身の平手打ちを食らったようで、運動でもしてるのか思いの外反応が素早い。
「分かんないなあ。約束しろって言ってんの、今ここで」
工藤君にもう近付きませんってね、転入生さん?わざわざ癪に障る発言だとは言わないが、わざわざ丁寧に変えた口調は正直不気味だった。
そんな相手に正面から向かい合おうなんて、今日の私はどうかしたのだろうか。面倒になる事は必至なのに。けれど黙って受け流す気にはなれないし約束なんてする気はそれこそ毛頭ない。ただの勝手な嫉妬で私の邪魔なんかされてたまるか。
「嫌ですよ。なんで私が貴女方の指図を受けなきゃならないんですか」
目には目を、そう言った先人は実に的確で、これはどんな時にも使える万能な言葉だ。歯には歯を、上口調には上口調。へりくだる気が微塵もないなら決して低姿勢になどなってはいけない。
「ア、そう」
大人数で大きい態度と一緒にちょっと小突いてやれば簡単に身を引くと考えていたんだろう。返事を聞くなり自信あり気だった表情が崩れて、代わりに冷めた視線がひとつ。
これはちょっとした傷害事件でも起こりそうだと呑気に考えていたら、そんな隙すらピリピリした彼女らの前では馬鹿だったと思い知らされた。
鈍い痛みを訴えていた頬の次は腹部が鋭い痛みを訴えた。思わず手を当ててうずくまると、今度はちょうど背骨の辺りにずしりとした蹴りが入る。そのまま今度は投げ出されたままになっていた足首を標的にされたが、ぐりぐりと踏み付けられる足はきっと靴下越しじゃなきゃこれくらいで済まないだろう。
喧嘩はからきしだが黙ってやられてるタチでもない私は、進行形で痛む足を知らないフリをして、顔をやられるのも覚悟でキッと相手の顔を睨み上げる。けれど今度狙われたのは再び無防備になっていた腹の方だった。二度目の癖して一度目の拳よりずっと簡単に衝撃を受けたのはそれが蹴りだった事が大きく、咳き込んだのは仕方がない。
「やり方、汚いですよね」
幸い一時中断されていたのを良いことになるべく早くに息を整える。薄ら笑った顔も発した言葉も別に本心では挑発がしたい訳じゃなかったが、何とかやり返しはしたかったのは事実だ。
今更複数対一を言っている訳じゃない、不意打ちに対してでもない。さっきから絶妙に制服の上からの見えない箇所ばかりを攻撃してくる事に気付いたからだ。痣なんかができたって何らおかしくないけれど、そうなっても問題ないところを選んでやられている。
明らかに痛みの大きい手より足を踏み付けるのもそういう事で、顔を攻撃してこないのが決定的だ。だから最初に顔をやったのは反射的で思わずで計算外だ。それはそれで大層恐ろしいが。短気な女子の集団がこんなに計算高いなんて聞いてないぞ、なんなんだ一体。
「アンタって本当、」
そこで授業開始5分前を示す予鈴が私に救いの手を差し伸べるかのようにタイミング良く彼女らの勢いを破った。労働係の上級生の隣に立っていた、同じく上級生が言おうとしていた言葉は文字通りの“おかげで”上手く聞き取れなかった。
ともかくこの集団リンチとは呼ぶに呼べない集団イジメもタイムオーバーだ。午後の授業にこれだけの人数が遅刻なんて確実に怪しまれる。下手に先生に怒られでもしたら、私への暴力行為がばれてしまう可能性だって高い。というかその中でひとりだけが怪我して戻ってきたりなんかすればリンチ決定だ。だから、計算高い攻撃をするような人ならこれ以上はない筈なのだ。
「まあ良いわ。これに懲りたら工藤君に近付かない事ね」
「アンタにはこれだけ敵がいるんだから、忘れんなよ」
言いたい事だけ言うとさっさと解散するのは慣れている所以だろうか、なんて考えなければ良かった。それにしても、結局呼び出し役の恐らくクラスメイトを除いて、上級生以外は見事に傍観しているだけだった。下手にでしゃばるのもあの中じゃ自殺行為かもしれないが、それにしたって後はもう本当に数合わせだけって感じだったな。
解けた緊張感を味わうように静かながらも深く息を吐くと、じんわりと今更になって鉄の味が広がる。痛みを思い出すのは必然だが、何より今は口内の味が気持ち悪くて幸い旧音楽室のすぐそばにあった手洗い場に駆け込んだ。
気に食わない
2011.06.19.sun
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