私はこの人が苦手だ。

「私、毛利蘭って言うの。そこの新一とは幼馴染みなんだ。宜しくね?外輪さん」

一目見てそう思ったんだ、何故だか。それがいつの事だったかと言えば、まあまだほんの2日前の話なんだけど。
毛利蘭。自ら名乗ったように工藤新一の幼馴染み。綺麗なロングヘアといかにも優しげな笑顔がお似合いの美人さん。数日前に編入した帝丹高校でのクラスメイトで、率先して私に話しかけてきた辺り性格も良さげに見える。


「なんかお前、蘭に冷たくねえ?」

こちらは今目の前にいる新一君の一言だ。目の前にいると言うか、私が目の前に行ったのだけど。私を視界に入れるなり気まずげと言うべきか、変な表情をした彼にこちらがしようとしていた話も一瞬ぶっ飛んで、その言葉に対する反応は遅れた。
冷たくしていたかどうかはあまり自覚がないから分からない。けれど、避けていたかと聞かれればそうかもしれない。極力関わらないようには恐らくしていた。

「もしかしてよ、あの時の二の舞になるのはゴメンだ、とか思ってねえか」

どきりとした。それは事件の話題を突然掘り返されたからなのか。何も言えない辺りもしかしたら図星だからかもしれない。
また友達なんて作って裏切られるのが怖いから、端から傷付く事が無いように信頼関係を築かないようにする。無意識の内に自分の身可愛さでそんな事をしていたのだとしたら、なんとも笑える。

「心配しなくても蘭は信用できるぜ?園子もな」

そんなのは自分の目で確かめなくちゃ分からないじゃないか。というか、頭で分かろうとも私の心が納得できない。しようと思ってできるものじゃない。新一君にすぐ打ち解けて信用したのは、恐らく彼の人間性と仕事付き合いなどが良いように絡んでくれたからであって。長年信頼している阿笠博士が仲介をしてくれた事も大きいだろう。だからと言って新一君を仲介にしても彼女らを信頼できるかと言ったらきっと自分で思うよりそれは難しい。
鈴木譲の方は似た境遇なだけにまだ早いかもしれないが、逆に同じ立場だからこそ何を考えてるか分かりはしない。とは言え天下の鈴木財閥の娘がウチ如き会社に媚を売る事はないのだからやっぱり余計な警戒なんだろうけど。

「それより新一君、今日お仕事の方は?」
「あ?3日前あったばっかだよ」

そんな毎日あるかよ、と呆れ顔っぽく言われてしまった。いや、話題転換が不服なんだろうか。3日前と言う事はつまり私が帝丹に来る前日という事になる。ああ惜しかった。

「そうですか。残念」
「……マジでその助手ってのやる気かよ?」
「二言ありません」

それとも彼は渋々ながらも助手を了承した事に二言あるというのだろうか。だとしたら私が困る。

「別にそれは良いけどよ……」

そう言いながらもまだ何か言う事があるように先を濁す新一君への理解はできない。しかしそれも話し出した彼の話で知る事となる。
彼の呼ばれる事件と言うと、殺人関連が割合的に断トツトップらしい。反して私が求めるは泥棒だったり空き巣であって、彼らの家宅侵入なんかの手口をこの目で知ってそれを防ぐ防犯道具の発明が第一目的。殺人方法なんかは屋内であれば調査対象になるが、それを喜んで知りたいだとか悪趣味な事はさすがに考えていない。あくまで防犯、なのだから。
それを知っているからこそだろう。わざわざ見る必要のない現場を見せる事に躊躇いがあるとか、多分そういう事だ。けれどそんな事は私にとっちゃ完璧に余計な心配なのである。見ない方が良いかなんて私が自分で決める。

「貴方の呼ばれるような事件なら犯行のレベルも高い事あるでしょう?」

レベルが低ければ意味がない。やりつくされた警察でも容易に分かるトリックならばそもそもとっくにこれまでの発明品で未然に防げる可能性が高い。
だから彼の呼ばれるような、例えば不可能犯罪とか密室トリックと呼ばれるような事件をこの目で見て知りたい。そしてその犯行の真実までを知れなければ意味がない。高校生探偵の周りを密着取材、なんてのはそろそろ発明にもマンネリの色が出てきた私の開発の格好のネタなのだ。正直思う、良いコネを持った。





「いやだから、忘れてたっつうか何て言うか」
「ちゃんと答えて下さい」

昨日のあの後、新一君の元にはどうやら事件が舞い込んだらしい。私がそれを知ったのは彼からの電話やメールじゃなく(ちなみに番号は先の依頼時に交換済みだ)、今朝の朝刊に「お手柄」の文字と共に写った彼の決めポーズを見てだった。
助手になる事を承諾されて、事件には呼ぶと約束させて、なのに彼は私に電話一本寄越さずその事件とやらを解決してしまったらしい。現場に向かう途中にでもいくらでも連絡時間はあったはずだ。何なら私の車で2人送ってもらう事だってできたのに、よりにもよってその言い訳が「忘れてた」とは。

「悪かったって!……でもよ、良いじゃねえか。今回は屋外だったから渉の知りたいような防犯なトリックも全然なかったぜ」
「そういう問題ではなくてですねえ!」

バンッと思わず叩いた机は地味に痛かった。何やってるんだ馬鹿。というか新一君はなんて自己解釈してくれるんだ。音に反応してか声に反応したのか近くにいたクラスメイトが一瞬振り返る。しくった、注目集める事するだなんて。
もしかしたら私の剣幕が中々怖かったりするだろうか、たじたじというべきか頬のヒクついている新一君に更に言葉を重ねる。声を荒げてしまった反省と、内容的な意味で声量は落として。

「私別に仕事の為だけに助手って言ってませんからね」 

見下ろすように言うと新一君は一瞬訳が分からないとでも言うように呆けた。やっぱりそれだけだと思っていたんだろう、大袈裟に溜め息を吐きたくなった。

「勿論研究の為もありますけど、私は貴方の役にも立ちたいんですよ」

彼の登場が、その鮮やかな推理が、私の人生を今結構大きく変えているように思う。決してその結果はプラスばかりじゃないけれど、彼には大変お世話になった。
助手をする事が一石二鳥と言うとあまり聞こえが良くないが、要は恩返しがしたいのだって本心という事だ。これまで同様に別の学校で過ごしていても、博士と言う繋がりがあっても一度も接触する事なんてなかったのだ。その場の依頼人と探偵で終わってしまえばもうきちんと恩を返すなんて機会はおろか会う事だってないだろう。
だから行動したのだ、今回私を大きく動かしたのはやっぱり工藤新一だった訳で。それを可能にすべく助手という立場を借りた、というのも立派な動機であったりする。

「今度の機会には置いてったりしないで下さいよ、約束ですからね。男に二言はあっちゃいけません」
「分かったって!うっせーなーもー」
「……ま、過ぎた事をこれ以上しつこく言っても仕方ありませんし、今日はもう帰ります」

昨日の放課後と言い、やはり今日の放課後も新一君の机までお邪魔していた訳で、早くもこれが日課となりつつある。放課後は人も大量に出ていくし、それまでもガヤガヤとしていて周囲に話を偶然にも聞かれる可能性が少なくて良い。

話している内に帰宅部や部活生の出入りが激しかった教室もすっかり落ち着いていた。用の済んだ新一君も毛利さん達に合流して帰るのだろう。私はと言うと転入初日彼女に一緒に帰ろうと声をかけられたが、家が反対な事と転校生と言ってもこの辺に住んでいたので土地に疎い訳でもなく、簡潔に理由を述べて1人気楽に下校した。
それは今日も変わらずだ。クラスには同じ方向に帰る子だっているだろうが、私の現在宅はここからほんの数分の距離だし、何より毛利さん達以外に私に近付こうとする者は既にいなかった。私には人を寄せ付けないような独特の雰囲気でもあるのだろうか。だとしたら少し嫌だな。

そんなどうでも良い事を考えながら、机の中の見慣れない教科書達を無視してノートだけを鞄に突っ込んでいく。教科書なんて持って帰るだけお荷物だ。いや、ノートだけでも持って帰っているだけ偉いはず、多分。最後に机の端に置かれたペンケースを手に取り、ようやくその下に差し込まれた見慣れない紙切れを見つける。いや、見つけてしまったと言うべきだ。事件とかの面倒に首はツッコんでも、こういう面倒は真っ平ごめんだ。
嫌な予感しかしない。新一君と話している間にやられたんだろう。ペンケースの下敷きになっているという事は風に飛ばされたゴミだったなんてオチはなく、宛先は間違いなく私の手紙なのであって。渋々その場で開けてみるとその内容は、有りがちというかベタというか。

“放課後、特別棟2階の旧音楽室に来て下さい”

旧音楽室、と名前だけなら後で何かあっても「場所が分からなかった」で済むだろうに。特別棟がこのクラス教室連なる教室棟じゃない事はさすがに分かっている、その2階とまで書かれればさすがに見つからなかったでは済まない。まあ私にはそんな事関係ないのだけど。
呼び出しの口調や説明がわざわざご丁寧なのは感心するけど、だからって特に良い印象なんか持ちやしない。何しろこれは差出人不明の気味が悪い手紙なのだから。むしろさっきも言ったように、悪い気しかしない。私にだって帰ってやる事があるんだ。勿論呼び出しには、

「行くわけない」

最後のペンケースを今度こそ鞄に放り込むと、その手紙の方は適当に丸めて教室のくず入れに放り込む。そのまま校舎を出て校内を出て、家路に着く頃にはそんな事も綺麗すっかり忘れていた。これが後になって嫌な結果を生む事になるとは、既に忘れてしまっている私の脳内は考えもしなかった。

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