「どうしたんだ?それ」

どれだけ本気で殴ったんだか。殴られた頬は十分赤かったが、そろそろ授業開始な事も考えると誰かに突っ込まれる事もないだろう。これくらいで保健室に行くのも馬鹿らしいし何だか悔しくて、そのままゆったりと教室へと向かった。のだけど、どうやら私は選択を誤ったらしい。
机の上で開けられもせず放置されていた弁当箱に目敏く気付いてしまった様子の新一君が、異変を感じ取ったらしく本鈴間近の時間にも関わらず着席すると同時に私の席へと向かってきた。そして、私の顔を見るなりの驚愕の顔で一言。

「いえ、ちょっと躓いただけです」
「……それはねーな」

思ってもみない切り返しを食らって、思わずはあ?と間抜けな声が出る。「転けて擦りむいてもないほっぺたが赤くなるかよ」と言った新一君に、こんな普段から推理かよ、と結構苛立ち始めた自分がいる事に気付く。最近短気だ私。

「いやでも事実ですし」
「ウソつけ」
「お言葉に甘えて」
「そこは否定しろよ!」

何とも言えない顔で素早く突っ込みをした新一君に分かり易く嘆息する。しかし気を許さない相手だとこうも負の感情を露わにもできないので、これはこれで信頼の証かもしれないなと場違いな事を考えたが、苛立ちは減少した気がするので良しとする。

「面倒なんで良いですよもう。否定しないからと言って理由まで話す気ないですし」
「……じゃあ勝手に突き止めてやるよ。それなら文句ねえだろ」
「新一君には無理に一票ですね」

ヒクついた口元と「……やってやらぁ」の声がいかにもお怒りだ。この頃には逆に私の方の苛立ちはすっかりおさまろうとしていたのでまあ変な言い合いなんかにはもうならないだろう。でもやっぱり新一君には無理だと思う。彼の推理力を過小評価している訳じゃ勿論ないが。
今日の鈴の音は不運な私の味方をしてくれるらしい。これまたちょうど良く鳴った本鈴と、先生の登場に何か言いた気ではありながらも大人しく席に戻った新一君に、正直なところ助かったと思っている。
私から話しかけてもないのに知らない内にまた彼女らの怒りを買うような真似をするんだから、高校生探偵と言えどどうしたものか。やはりその頭はほとんど事件専用で鋭利になる仕組みなんだろうと予想しておく。



やっぱり私は正しかった。そう改めて思ったのは5限目を終えてすぐの事。
話の続きだとでも言うように、いつもは毛利さん達や男子とつるんでいた新一君が休憩時間に入ると同時に私の机までやってきた。さてこれより10分間の推理ごっこの始まりだ。

「まず、顔が赤くなってたのは誰かに殴られたあとに見えるからそうだと仮定して、黙るって事はイジメか…転校生いびりってやつ?」

ほら、やっぱりだ。彼はこの件にまさか自分や、そして多少なりともその想い人が絡んでくるだなんて事は考えもしないはず。
10分間耐久レースを思って憂鬱になっていたのが馬鹿らしい。そんな必要なんてなかった事にどうして気付かなかったのか、私が一蹴してしまえば強制終了だ。という訳で、実行させていただく事にする。

「放っといてくれれば良いんですよ」
「あ?なんだと?」
「そしたら勝手に憎まれ役だってやっても、その内勝手に収まるんですから」

新一君の思案顔がこちらに向いたと思えば、それは眉間に皺の寄った睨むような鋭い視線に変わっていた。

「なんだよそれ」
「そのままの意味です。こういうのって騒げば騒ぐほど煽る事になるんですよ。飽きてもらえればそれで解決です」
「解決じゃねえだろ、そんなの!」

突然叫んだ新一君の声に教室中が休み時間とは思えないほど静まり返った。浴びる注目に本当勘弁してくれと心の中で愚痴る。彼は良心でやっているんだろうけど、これが原因でまた呼び出しを食らう事になれば、私の今言った事は本当に正しい事になる。
正義感の強い人間にはなかなか伝わってくれないだろうけど、日向しか知らない訳じゃないんだから、高校生探偵ならもう少し察してほしい。プライベートじゃまだまだ未熟って事だろうか。

「そんなんじゃ犯人は反省もしねえぞ?何の解決にもならねえよ」
「犯人って……事件とは違うんですから。大袈裟ですね」
「事件だろうがよ」

こんなのが事件だなんて言われたら世の中本当に犯罪だらけだ。探偵の癖に許容範囲が狭いと言うべきなのか、けれどむしろ探偵だからこそ良いと悪いの線引きがはっきりし過ぎなのか。

「そうやってあの時だって、嫌がらせだったもんが大事に発展したんじゃねえか」
「……新一君ってデリカシーないです」

まさかここでそんな話になるなんて予想しなかった。なんなんだ、一体。私が帝丹高校に転入してからのこの数日、いい加減何度その事件の事を掘り返せば気が済むんだ?
そんなに私に思い出させたいのか、嫌がらせなのかとすら思えてくる始末だった。なのに当の新一君の方は罰が悪そうな顔をしたのは一瞬で、そのあとすぐに真剣な表情に戻ったと思うと「オメーは全く忘れてねえじゃねえか」と開き直るようなお言葉だ。

「他人に言われると腹が立つんですよ。分かりません?」
「分かんねーな。んなもん、分かるかよ!」
「ちょーっと待った!」

白熱していた会話は後から考えれば最早教室の人間の大半に聞こえていただろう。けれど冷静じゃない当の本人達は案外気付かないもので。それを止めてくれたのは何故か突如割って入った毛利さんの存在だった。思わず声を忘れて呆然としているのは新一君も同じだったらしく、その隙に一歩身を引いた毛利さんが改めて新一君を睨みつけた。

「新一、外輪さん困ってるじゃない!」

女の子苛めるなんてサイテーよ、とか若干ずれた非難の声が教室中に響き渡った。クラス中びっくりしてるだとか、今大声の貴女には少し言われたくない気もするが。個人的にはプライバシー吐露ギリギリセーフで感謝でもあるが。

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