距離を置いていると新一君に指摘されたものの、元々毛利さんの第一印象は決して悪くなかった。むしろ両極端に分けるとすればその反対で、と言うか彼女を第一印象で不快に思う人間もそういないだろうけど。
ただ、だからと言って私が彼女に第一印象のままに懐けるのかと言われればこちらも一筋縄ではいかないもので、捻くれてると言われようがこれが私の最善だったのだ。

「なんて呼んだら良いかな?あ、私の事は蘭で良いよ」
「あーっと……いえ、毛利さんで良いですか?」
「へ?」

私の必要最低限な対応にもこれまで笑顔を崩さなかった毛利さんがぽかんとして一瞬瞳を揺らす。当たり前だがこんな切り返しをされるとは夢にも思わなかったんだろう。名前呼びを許可したのに、わざわざ訂正する人なんて早々いないだろうから。

「そっか、いきなり名前呼びって抵抗あるよね。ごめんね」
「ええ、まあ」

申し訳なさそうにした彼女にこちらも謝りながらも前言撤回しないのは大前提だ。頑固なのは私の良いところとは決して言えないだろう。私的には悪い事でもないと思っているのだからタチは悪いかもしれないが。毛利さんは勝手に納得してくれたようだけど、あながち間違いではないのでそういう事にしておく。

「でも、いつかちゃんと仲良しになったら呼んでね、蘭って!」

考えときます、なんてのは偉そうに言えた事じゃなく。いくらなんでも言うべきじゃないんだろうな、恐らく普段他人へは滅多に働かない僅かな良心が今少しだけ怠ける事を怠ったように思う。

「待ちなさいよ、ちょっと」

細かい事は気にしない主義なのか、ふんわりと嫌みのない笑顔を向ける毛利さんに感情が傾く事はないけれど。突然聞こえた甲高い声には聞き覚えがあって、思わず感情は驚きで揺らしてしまったかもしれない。

「アンタね、今のはないでしょ?今のは。前から愛想無い子とは思ってたけど、無いなら無いなりに無いでもうちょっと頑張りなさいよ!」

どーんと効果音がつきそうに堂々とした発言を堂々とした態度で言う辺り、彼女は家柄と性格が結構お似合いだ。そのお姉さんは確かそうでもなかった気がするが。そう、ここまで言えば参入者の正体に大方察しはつくだろう。
驚きはさっさと飲み込んで、与えられたばかりの席から軽く立ち上がって礼をする。

「ちょっと、聞いてんの?」
「私の事を覚えて下さってるとは。恐縮です、鈴木譲」

「す……っ!」なんて隣から毛利さんの声にならない悲鳴のような声が聞こえた。いくらなんでも驚きすぎだろう。ちなみに余計な騒ぎは御免なので、声は幾分落としてある。毛利さんのような反応やざわつきが周りからはない辺りこの2人以外には聞こえていないはずだ。
目を丸く開いた毛利さんの反対側で、似た表情をしていた鈴木譲がいつの間にやら頬を引くつかせていた。

「鈴木譲!?やめやめ!アンタねぇ……場所考えなさいよ。私は学校でまでお嬢様やるつもりなんかないのよ!」
「では、鈴木さんで宜しいですか?」

というか正直今そんな事はどうでも良い。けれどやっぱり彼女のご機嫌取りまではいかなくてもマイナスの印象は極力避けたい。私って何気にビジネスライクだ。いや、辞書とかで意味するようなものでなく英語そのままの意味で。
まあ、お友達である彼女との会話に文句を寄越してきた辺り、既に多少なりともマイナスの可能性は存在するが。

「私の事なんかなんだって良いのよ、鈴木譲以外ならね。それよりも蘭よ!ほら、蘭ちゃん?蘭?何でも良いから言ってみなさい?」
「もう、良いんだからね園子。外輪さんの言ってる事も一理あるもの」

自分から呼び方を改めろと言っておいて最終的にどうでも良いなんて結構勝手だ。お嬢様故か、と考えたところで、一応自分も同じ括りに位置する人間である事を思い出してやめておけば良かったとげんなりした。
呼びたいように呼んでくれて良いからね!とやはりもう一度謝ってから鈴木さんを引っ張って行った毛利さんに、悪い事をした気分を少し味わう事になるのだった。
一方で鈴木さんの席では、毛利さんが彼女に抗議をし始めていたが、そんな事はどこ吹く風だ。いや、私のせいと言われればあまり反論できない事なんだけど。

「もう、園子!あんな事言って煙たがられたらどうすんのよ」

つんと吊り上った眉はそれでも可愛らしく、彼女が整った顔立ちをしている事をよく表している。そんな毛利さんに対して一瞬こちらを呆れたような顔をして一瞥してきた鈴木さんの方は感情に正直だって事はよく分かった。

「蘭ってば物好きねー、あんな子に話しかけるなんて。見なよ、誰も声かけないじゃん」
「だからこそよ!転校してきて1人なんて寂しいじゃない?悪い子じゃないと思うし、私は外輪さんと友達になりたいよ」

意気込んでいる毛利さんには悪いけれど、今のところ私は当分お友達ごっこをするつもりがない。そういえばと思い出したように言った彼女の言葉に気紛れで盗み聞きしていた会話への集中力が高まる。
鈴木さんとは知り合いだったのか?という事だが、できれば言わないでほしい。なんて私からそれだけ頼みに行ける事でもないので聞き耳を立てて鈴木さんの言葉を待つしかない。
財閥の一人娘よりはずっと楽だろうが、社長の一人娘だって決して楽な訳じゃない。余計に周囲に知らせるのは得策じゃない。そういう意味では鈴木さんのさっきの呼び方は失礼な気もしたが、確か彼女の場合は隠したりしない性格だった為に周りも公認済みじゃないかと思う。
それでもその手のご令嬢。それには答えず少々雑っぽいながらも適当に話題転換させるところは気が利いている。

「それより問題は新一君でしょ!あの子同性の蘭すら名前で呼ばないのに、新一君は名前で呼んでたわよね。見た感じ結構懐いてるっぽいし」
「知り合いだったみたいだし、だからじゃない?」
「どうかしら?」

毛利さんの顔が気にしてませんなキョトン顔から若干不安の色で染まり始める。そんな会話は声を潜めているつもりだったかもしれないが丸聞こえなんだけど、面倒なので聞いてないフリをしておく事にする。こう見えてちゃんと私の立場を隠してくれたのには感謝している、一応。

苗字で呼ばれるのが嫌いなのに、信頼できる人以外には名前を呼ばれたくない。これを矛盾と取られる可能性は高いけれど、私からすればなんら矛盾なんてない。
簡単な事だ。名前呼びなんてさせれば、仲良くなったとか勝手に勘違いしてベタベタしてくるような奴が嫌なんだ。近頃の女子高生なんかは特に、そういう傾向にある。別に大してお互いの事を知ってもいないのに、好きだとか親友だとか。そんないい加減なものに私は巻き込まれたくないんだ。
どうせいざとなったら裏切りもある、元より目的の為に近付いてきた奴だっている。薄っぺらい交流なんて淡い期待はもういらない。
そう思っていたんだ。なのに。

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