帝丹高校に来てしばらく、なんとなくこの学校の雰囲気も掴み始めて、新一君以外にも会話をする人間が少しだけできた。
たいていの人とはまだまだ赤の他人状態だけれど、鈴木さんと毛利さんとは少し打ち解けつつある。と言ってもやはり完全に心を開くにはあともう一押しが必要らしく、まだお互い遠慮は抜けていない。
とは言えあの日を境に確実に私の態度は変化した。それは転入から数日後の可愛く言えば転入生いびりみたいなもので。工藤新一ファン達にとって、ぽっと出の私は気に食わない存在らしかったようで割と大変な目にあったが、それもほんの1日で終幕を迎えた。それは他ならぬ毛利さんの活躍によってで、それが私の彼女への警戒を和らげたのは言うまでもない。
一人で済ませていた昼食の時間を毛利さんと鈴木さんと過ごすようになった。さすがに真逆にある帰り道を共にする事はないが、休憩時間なんかにそこそこ話す機会は増えた。ちなみに以後、私が嫌がらせを受ける事も呼び出しを食らう事もパッタリとなくなったのもその場での毛利さんの脅しに負けずこの理由も大きいだろう。


「新一君と蘭、お似合いよねぇ」
「ちょっと、やめてよ園子!そんなんじゃないんだから」
「本当、お似合いですね」
「外輪さんまで!」

ある日の授業の合間の短い休憩時間。以前は毛利さんの席に鈴木さんが向かっていたはずだったけど、気付けば当然のように私の机を囲むように雑談をするようになったのは、恐らく私の方から歩み寄ってくるのは難しい事をよく理解してくれての事だろう。その感覚が少しくすぐったくて、少し嬉しいとも思う。
時々顔を覗かせる新一君が原因かもしれないが、話題はよく恋愛関連になったりもする。多くが鈴木さんの理想の男性像とかシチュエーションといった、言うなれば妄想の類いを聞いて終わるのが、今日は毛利さんにからかいの矛先が向いた。鈴木さんの顔が見るからに悪巧みでもするようだったから予想はついていたものの、それは大当たりで気紛れながら私もノッてみる事にした。
頬を真っ赤にさせた毛利さんが反論をするが、それもなんだか弱々しい。そもそもその顔じゃなんの迫力も説得力もない。恋愛をするつもりは当面ないものの、からかうのは正直好きだし、こういうのも年相応でたまには良い。

「私だってもう少し異性に興味があれば、憧れになる気がします」
「え?」

恐らく今2人して、じゃあもし私が恋愛するとしたらまず第一候補になるのは新一君って事?だとか考えているんだろう。証拠にみるみる顔色が変わってきて、2人とも顔つきが真剣っぽい。
そんな2人を放置して、ガタと立ち上がる。向かった先はちょうど居眠りから覚めたのか大きな欠伸を噛み殺している新一君だ。

「すみません、新一君」
「あん?なんだよいきなり」
「貴方の奥さんからかってきちゃいました」

そんな私は彼女らのシンキングタイムから逃げてきた訳で、ついでに話中の彼もからかっておこうとの魂胆だ。
こちらも首を傾げて「分かりません」な顔をしたから、毛利さんの方に視線を向けてやると、分かったようで控えめにけれどやっぱり同じように顔を赤くさせた。さっきまで眠気が残って怠そうだった瞳が驚きの色に満ちて、瞼を押し上げる力が籠ったのが容易に分かった。

「バーロそんなんじゃねーってえの!」
「説得力皆無ですねえ」

ふたりして反論なんて、せめてその染まった頬を隠してからにするべきだ。元々表情が出にくい私はわざと作ったニヤけ顔を披露する。すると余計に頭に血が昇ったようで、ぱくぱくと声にならない吐息が新一君の口から漏れては閉じては繰り返し。その度になんて弄り易い人達なんだ、なんて。

「すみません、もうやめときますよ。奥さんの方もあのまま放置じゃ可哀想なんで」
「オメーそれ、謝ってるつもりかよ」

懲りずに「奥さん」という単語を使った私に、まだ赤みの消えない顔で新一君がじとりと睨んだ。それを気にしないでふたりの待つ自分の席に戻る私は、自分で言うのもなんだけど助手の位置につく気があるのやら。


「やっぱり言った通りじゃない。あの子、新一君を狙ってんのよ!」
「でも、からかってるだけって感じだったけど?」
「甘いわ蘭!女ってのはね、」
「からかう事が大好きなんですよ」

思惑通り白熱した会議を開いてくれていたふたりの会話に、タイミングを見つけ入っていく。一気に口をつぐんだ彼女らは全く私に気付かなかったらしい。

「っ外輪さん!」
「シンキングタイムは終了ですよお二方」

空いた私の席に足を組んで座っていた鈴木さんの代わりに、先程までの彼女の立ち位置だった机の右隣につく。反対側には毛利さんの若干困惑した表情があって、視線を斜めに降ろせば目があった鈴木さんはそれとほぼ同時に口を開いた。

「アンタ、実際のとこどうなのよ?」
「実際のところ、まあからかっただけですね。ついでに同じネタで今、旦那さんの方もからかってきたところです」

言葉を失うって今目の前の彼女らの状態だろうか。知っての通り、私当分恋愛はしませんよ。付け足すとふたりはゆっくりと顔を見合わせたかと思うと、少しして乾いたような作ったようなよく分からない笑いをひとつ。若干不審に見ていると、ちょうど良いタイミングで授業開始のチャイムが教室に響き、全員が口を閉ざした割と綺麗なタイミングでこの話はお開きとなった。

そう、この話はこれで終わりだ。だからと言って話好きな女子高生達が他に話題を持っていないなんて事はないのだけど。



「新一が悪いんだから!」
「だから謝ったじゃねえかよ」
「自分に非があるのになにその態度、信じらんない!」

教室中が視線を集めても良いようなその大音量にも、ちょっと振り向く程度で視線をわざわざ定着させる人はひとりとしていない。このクラスを見てると慣れが恐ろしいものに思えてきた。とは言え、端からみればその姿は痴話喧嘩そのものだ。どんな小さな事でもここまで大事に発展させるんだからある意味ではすごい。
口喧嘩の暇があるなら手を動かすべきな気もするけれど。

「放っときなさいよ、あの2人はずっとあんなんだし」
「ええ、そのつもりです」
「……」

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