その日の放課後の事。ドタンバタンと騒音立てる教室の出入りは既に落ち着いたものの、私はまだ帰り支度すらせず鈴木さんと部屋の窓際に並んでいる。
原因は怒られながら掃除をする新一君で、まあ単に当番だったのをすっかり忘れて遊んでいただけなんだけど。関係ない私がまだ帰らずにいる理由は鈴木さんの一言だ。
「アンタとはちゃんと一対一で話したかったの」と言った彼女に、私は2人の掃除が終わるまでの間の暇潰しとして選ばれた訳で。
話したいと言ったのに彼女からは話し出す気配もなく、2人の間に妙な間ができ始めたその時、気付けば私は口走っていた。
「正直、少し彼女が羨ましいです」
本音だったからこその無意識の内の声だが、鈴木さんには衝撃的な内容だったようだ。暇潰しに弄っていた携帯電話から力が抜けて、手から滑り落ちそうになっていたのを見ればよく分かる。
「気の置けない幼馴染みと、何でも言える親友。私もそんな人達がいたら、今みたいに男性嫌いになったりしなかったかもしれない、なんて少し思ったりしますね」
こんな考えは甘いんだろうけど、無い物ねだりは人の性と言っても良い。なんたって隣の芝は青いもの。
自己解決に向かった思考を遮断して、撤回したのは携帯の無事を確認して素早くポケットに片付けた鈴木さんで、今度は私が少し驚く。
「何言ってんのよ。そういう関係を人と作ろうとしなかったのはアンタでしょ?」
「……はい」
彼女の場合はこれが売りなんだ。親しくない間柄でも距離を気にせずズカズカ近付いてきて、それでも最低限の礼儀は底にあるから相手が不快感を持ちにくい人。まるで毛利さんとは逆のやり方で人に好かれるのが上手い。ハッキリ言う様はむしろ潔いくらい。
「私は最初アンタと仲良くする気あったわよ?」
「…………え?」
彼女の言葉が意外なあまり、たっぷりの間をかけてそれでも聞き返してしまった。
「何よその間は。本当だからね?家の開くパーティに招待される人達って結構将来の跡取り息子とか連れて来たりするけど、同年のそれも女の子って案外いないからさ」
聞く内に遅れをとっていた脳の変換速度が復活する。そしてやっぱり彼女はすごかった。毛利さんがあまり揺さぶらず時々上げるな穏便タイプだとしたら、鈴木さんは一度マイナスに落とす位にしてからぐんとプラスに上げるようなタイプじゃないかと思った。
「アンタ見た時は退屈なパーティもこの子と仲良くなれば毎回面白くなるかなって思ったわよ。ま、アンタがあんまり無愛想で馴れ合うつもりありませんって感じだったから諦めたけどね」
「そう、だったんですか」
そんなの初耳だ。まあ、話す機会なんて今までほとんど無かったから、むしろ知ってる方が変なくらいだけど。
その話からすると、当時の私はご令嬢相手に痛恨のミスをしていた訳だ。昔はそこまで無愛想じゃなかったつもりだったけど、それじゃあ自覚ある現状で誰も近寄らないのは確かに必然だ。
「理由あったのは聞いたけどさ、案外世間って他人に無関心なんだし、アンタの過去知ってるやつなんて早々いないわよ。胸張って堂々してれば良いじゃない。アンタから笑顔でも貼りつけて話しかければ、大体答えてくれるわよ」
お説教なのかと思えば励ましのようにも聞こえてくる。その言葉に居心地が良いのか悪いのかも分からずにむず痒い感覚がして、するべき返事の声が1つとして出てこない。
「アンタだってさぁ、しがらみとか嫌んなってんじゃないの?」
「え?」
しがらみ?今は友達作りについてのレクチャーじゃなかったっけ?そんな私の疑問はどこ吹く風で、どうやら鈴木さんの言葉は私にとって無視し辛い魔力か何かでもあるらしい。何よりも、立場の似た者同士が幸をそうしてか時々私に響く言葉を的確に配置してくる。
「なんて言うの?恵まれた家庭に生まれたのは感謝するけど、金持ちとしての特別扱いとかは鬱陶しいっていうか。自分は普通に生きていきたい!とかさ」
「……そうかもしれません」
確かに、私は親の職権使って贅沢三昧やりたい放題するよりもどちらかと言うと素性を隠して静かに過ごしたい。
私が自分を苗字で呼ばれるのを嫌う理由でもある。何て言うか、こう言うと贅沢かもしれないが、自分を見てもらえてない感じ。私を見る彼らは「外輪渉」を見てにこやかな笑顔をしてるんじゃなくて、「外輪社の社長令嬢」を見る媚びた作り笑顔なんだって。そう、公の場が初めてだったような割と小さい頃から、何となくは分かっていた。
「じゃあ、さっさと開き直っちゃえば良いじゃない。あたしみたいに普通に生活して、金持ちだからって周りに遠慮なんかさせないようにね!」
どこか遠慮や警戒らしきものがあった視線は今に限って屈託のない笑顔をしていて、その言葉が他でもなく私の為なのだと言わずとも知らされた気分になる。
そんな鈴木さんは私よりずっと大変な、生まれながらに決まっていた立場でのこの環境をきっと満喫できているんだろう。それは徹底的にお嬢様する事でもなく、身分を捨てきってただの女の子になりきるでもなく、使えるところは使うような、一番効率の良い賢い器用な生き方。
「ま、この家の子で良かったって思う事も結構あるけどね。お金には困らないし、なにかと優遇されてるし、何より今の交友関係リセットなんて考えたくもないしね」
確かにしがらみとかは嫌いだ。私の場合そのリセットしたくない程の交友関係なんてものができた試しがなくて、むしろ全部リセットして、環境さえ変われば自分だって変われたはずだと恨んでばかりいた頃だってある。嘆いた事だってある。
「でも、私も良かったと思う事はあります」
「聞いてやろうじゃないの」
「そうですね。一番はやっぱり、好きに開発ができる事。それが世間に認知されるまでが早いし楽ですね」
「……ハア、機械オタクね」
でもその少ない交友でも教わった事は、良い事に限らないけどたくさんあるし、きっと新一君と会ってこんな風にワトソンがどうとか言ってるのだってこの環境がなければ有り得なかった。私もパーティーはつまらなかったけど、お陰でたまに気になる有名人とお知り合いになる事だってできたりもした。
ここまで言っておいてなんだけど、何にしろ今までの事がリセットされる訳なんてない。その為に理解してくれる遠慮のいらない愚痴の相手がいれば、それで結構人生の半分位は楽しめたりするかもしれない。半分は大袈裟かもしれないが、証拠に今、少しすっきりしている。
「ありがとうございます、結構気が楽になりました」
いつも私は無愛想だ、自覚している。だからそれについても考えさせてくれた鈴木さんに敬意を表すつもりでお礼は少し意識して笑った。すると、持て余していたシャーペンを今度こそ鈴木さんは床に落としてしまった。
「やっぱりアンタ、笑うとちょっとその取っつき難さが軽減されるわ」
もしかして私の笑顔って酷いんだろうか、なんて考えていた矢先に鈴木さんはさも愉快そうに笑った。
そうこうする内に当番の仕事をようやく終えて来たふたりが戻ってきた。毛利さんは謝りながらも、遅れた理由である新一君とやっぱり止まる事ない口喧嘩を再開するのだから、これを痴話喧嘩と呼ばずなんと呼ぼうか。ふと見た鈴木さんと視線が綺麗にぶつかって、目配せしたようにどちらからともなく笑いあった事でふたりの意識がこちらに移されたのは誤算だ。
ちょっとだけ和解
end.
→あとがき
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