工藤新一は阿笠博士の紹介で、ストーカー捜索の仕事を請けていた。
謎解きの方が性にあっているのに、よりによって推理も何もない地味な張り込みモノの依頼だ。面倒臭いとは勿論思わないが、我ながら最早新聞の一面で繰り返し国民の注目を集める人間のする仕事じゃないような気はしていた。

けどまあ、依頼は依頼、困っている人は困っているのだ。仕事を選ばないのが本当のプロだとはよく言うし、何より他ならぬ阿笠博士の頼みだ。相手は同い年の女子だと言うし、そうするとストーカーなんてのは一番参る時期かもしれない。それにこういう一見単純に思える依頼こそ、名探偵としての力量が試される時かもしれない。
気合を入れ直した先で出迎えた少女は平然としていて、全く困ったの顔をしているようには思えなかったが。



一通りの話を終えて、現在出得る限りの疑問は消化した。
依頼主である渉に一先ず犯人の心当たりを聞くも、やはりそれだけでは到底絞りきれそうもなかった。
というか彼女の家は結構な豪邸で、大会社の社長を務める父親とバリバリのキャリアウーマンの母親。それぞれ各々が一番生活に便利な場所にある別邸に身を置いており、現在父親は会社にほぼ泊まり込み、母親は長期出張、渉は一番家族とも住み慣れた、私立高校にも近い本邸住まいだ。使用人はいても勤務は住み込みでなく就業時間は日中らしく、渉は一人暮らしに近い状態だった。
父の会社は財閥には及ばないがその道一本でいけば世界シェアトップに躍り出た巨大産業。つまり、渉は超お嬢様だったのだ。そして渉自身も「こう見えて機械開発については世界随一」らしい。

そんな人物と博士が何故知り合いかはまあ置いておくとするが、そんな立場で理不尽な恨み辛みを買っていても可笑しくない渉からすれば、心当たりはありすぎる。家柄が良い分少し大人びて顔立ちも良い方に分類される事を考えると、八方疑わしい人物だらけと言っても過言じゃない。最悪渉にとっては名も知らぬ人間かもしれない、という可能性すら十分有り得る事になる。
話していても解決する問題でもなく、集まる情報は最早本題から逸れ出しつつある。ストーカー相談において人間関係把握は大事だが、思うより随分面倒な人間関係を持っているようだ。脳内相関図は既に結構な細かさを要している。

「今日は長話になってしまってごめんなさい」
「いや、こっちこそ根掘り葉掘り聞いちまったし」

今日は何かと話も逸れたり途切れたりもして、思うより長く入り浸ってしまう事となった。加えて彼女は慣れない問答地獄にあっていた訳だから、精神的にも疲れてしまっているだろう事を考えれば申し訳ない。
しかしそう思ったのはオレだけじゃなかったらしく、互いに今更変に謙遜してしまいつつ、犯人判明まで宜しくする事になるのできっちり社交的に挨拶を交わす。とにかく今日のところはお別れだ。靴まで履いて、さあ退散、それのまさに5秒前だ。

「なんか、変な臭いしねえ?」

余所様の家でその指摘は如何なものかと思ったが、突然ニンニクの焦げたような臭さが気になってしまうのは職業病だろうか。時間帯的には単に夕飯の準備とも思えるが、金持ちのお嬢様の食事にこんな明らかなニンニク臭のものを作るだろうか。第一厨房をこんな広い建物の玄関口付近に配置していると思えない。決定的なのは渉の「私、食事は自分で作るんですけど」という呟きのような報告だった。いつの間にか一つの部屋から白煙が天井を伝って玄関にも向かってきていた。
困惑する渉を置いて煙の発信源であり先程まで自らがいた客間である部屋を覗くと、そこではあのCDプレーヤーが煙と炎を出して勢いよく燃えていた。

「っなんですか、これ」

後ろから部屋の有様を覗いたらしい渉の声は落ち着いているように聞こえたが、振り返って見た顔は意外な程困惑の色をしていた。それは自分も同じだった。冷静こそなくしちゃいないが、あまりに突飛な状況に一瞬正しく思考回路を回せなかった。
近付くと顔の皮膚を熱気が纏い、まだ辛くはないが強烈な臭いのせいか気分は悪くなってきそうだ。まだ勤務中であったお手伝いなどの人の手があったものの消火作業完了までには思うより時間がかかった。とは言え火の跡はその周辺、部屋の半分以下に留まり、消火に参加していた一人が作業中手に軽い火傷を負ったが、それ以外に人体への被害もなく、なんとか大事に繋がらず事なきを得た。





「……臭い」

鎮火された跡には先程まで程よいBGMを流すべく働いていたCDコンポの残骸。周りではお手伝い達がせっせと消火に使った道具を片付けているが、問題の火元は現在探偵工藤新一以外接触禁止となっている。
別室で先程火傷を負ったお手伝いの若い女性の手当をしていた渉がげんなりとそう呟きながら部屋に戻ってきた。雇い主が手当をするなんて聞けば変な感じだが、社長令嬢という立場として一応一通りの事態への対応は学んでいるからという事らしい。
「ちゃんと言われた通りの手当してきましたよ」と気怠そうに言った渉におう、と声だけで返事をする。一応病院に向かわせたとの事だが、付き添いは遠慮されたらしく、仕方ないので彼女の同僚をつけてタクシーに乗せたらしい。
恐らくその意味が分かっていない様子の渉は不満気だが、彼女の気持ちは分からなくもない。文字通り“遠慮”されたのだ。とりあえず心中苦笑しておく事にする。

「ボヤ程度だったのが不幸中の幸いですね」

粗方熱の納まったプレーヤーを手袋をした手で調べていく。後ろから話しかけてくる渉は片付けも手伝わせてもらえないらしく、どうやら暇を持て余している最中のよう。

「それで、新一君。なにか変わりましたか?」

なにか分かりましたか、じゃない辺りもう彼女はこの一件について既に頭の整理を終了しようとしているのだろう。

「このプレーヤー、勝手が良くてお気に入りだったんです」

隣から手元を覗くように影が降りる。意外によく喋る渉はさっきから1人で喋ってるに近い。
手入れはそれなりにしていたはずなんですけど、やっぱり古い機器をあまり長く使うものじゃないですね。せっかく手に入ったCDも燃えちゃいましたし、せっかく探し出してくれた朋にどう言って謝りましょうか。それに興味を持ってくれた新一君にももうお貸しできませんね。すみません。

「いや、プレーヤーが原因じゃない」
「え?」

原因を突き止めたところで、一度渉の方に目を移す。少し予想していたものの、やはりオレの言葉に「それ以外に何があるんだ」という顔をしているのが分かった。正直自分も熱暴走かと思っていた、一人が火傷をするのを見るまでは。

「ここ、見てみろ」
「……なんですかこれ?」
「燐だな。それも簡単に自然発火する黄燐だ」
「キリン?」

なんですか、それ。さっきと同じ質問を繰り返した渉に軽い説明をする。
普段はあまり憶測段階での推理を口にする事はないが、聞かれて答えればそれはそれで頭の中が整理できて良い。

「さっき火傷した子、あれは化学火傷だったんだ。燃えている燐は水をかけると、煮え立って飛び散る性質がある」
「それで、あの時飛んだ燐で火傷をしたと?」
「そーゆー事だな」
「……」

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