その昔19世紀、マッチの発火の仕組みとしても使われていた黄燐。それまでと違い火点きの良さで画期的と謳われたが、しかし簡易過ぎて謝って発火、また自然発火までする代物だった黄燐は当時の火災発生原因にもなった。毒性もあった事で健康被害も深刻化し、結局黄燐のマッチは製造禁止となった。
そんな危険なものがどうしてCDプレーヤーの中から発見されるか?答えは誰に聞いても明らか。オレは知らぬ内に口端を上げて笑っていた。やっぱりこういう事の方が考えが冴えてくれるようだ。そう、これは事故でなく紛れもなく事件なのだ、と
「はあ」
「はあってオメーな。ちゃんと聞いてんのか?」
「……そこそこ聞いてます」
連日のストーカー被害。有名人工藤新一との邂逅。再生中のCDプレーヤーからの発火。使用人の火傷。人為的で計画的な放火事件。時刻はもう日も暮れた食事時、今日という日は色々予想外な出来事が多くてすっかり疲れ気味だ。頭の中が文字通りごちゃごちゃしている感覚に、更に知識を詰め込まれれば適当な相槌にもなるだろう。
科学は得意中の得意分野だけど、化学は全く別物だ。新一君の長々とした黄燐というものの説明をそれなりに理解しながら、それでも分かりそうにない話に溜め息は許してほしい。とりあえず思ったのは事故だと疑いもしていなかった私は、やはり彼に頼る事にしたのは間違っていなかったと実感させられたという事だ。
「とにかく、これは事故じゃない。誰かが仕組んだんだ」
これは解決するまで当分片付けができそうにないな。なんて考えながら、臭いが全体に染みついたであろう家を思ってまた嘆息する。
誰かと言っても、一体誰がこんな事をすると言うんだ。
「それはまだ分かんねえけど、これで全く他人の線は消えたぜ。犯人はこのCDに触れる機会があった人間だな」
「CDプレーヤーでなく、ですか?」
彼の言葉に違和感を感じる。CDと断定したが、再生中に発火したのだから、CDプレーヤーの方に触って仕掛けをしたと思う方が自然じゃないだろうか?先述した通り化学的な事には詳しくないので何とも言えないが。言い間違いや言葉の綾とか、誤解を招く言い方は彼に限ってないだろうと踏んでの意見だが。
「さっき再生するのこれが初めてだっつってたろ?って事は、渉がCDをケースから取り出してプレーヤーに入れたのも9割方さっきが初めてなはずだ」
「まあ、そうですね」
「このCDケースにも燐が少しついてたんだ。でも、譲ってくれた友達が昨日聴いた分にはなんともなかったんだろ?つまり、犯人は昨日から今日にかけての間にCDに仕掛けた事になるんだ」
さすが名探偵、と言うべきだろうか。その現場を見ただけで犯行期間まで割り出した頭は何とも感心するばかりだ。けれどその推理の内容はあまり望ましくない。望ましい犯行というのも有りはしないがつまり、ほぼ内部犯に決定しそうだから。
「でも、私の手に渡ってからだとすれば、犯人は消火を手伝った使用人の誰かって事になりそうですけど?」
新一君の憶測の通りだとCDは今朝朋に手渡しでもらっているから、その後自室に置いて、博士の家にお邪魔してる間に犯行は行われた、と考えるのが一番自然なところだ。確かにその間もお手伝いは家にいるし、部屋の掃除なんかもする為に部屋は入ろうと思えばいくらでも侵入可能だ。けれど、誰も私が事前にCDを譲ってもらえる事なんか知ってるはずがないし、そんな咄嗟にCDを使っての放火なんて思いつくだろうか。
元々あったCDならまだ分からなくもないが、それでも気紛れに聴くものを変えたりもするし、いつもCDをかけてる訳でもない。そんな気の遠くなるような作戦より、使用人としてもっとずっと効率の良い方法があるはずだ。
「いや、他にも容疑者はいるさ。一番簡単に仕込める人間がな」
「もしかして、私疑ってます?」
そんな命がけの自作自演なんてしませんよ。セキュリティ社社長の家が火事なんて信用ガタ落ちの大問題じゃないですか。まあ、父によっぽどの反抗心があればアリかもしれませんけど、別に恨んでる訳じゃないですし、そんなのする方が面倒じゃないですか。それにもし私がするとしたらもっと直接的に、空き巣騒ぎでも起こしますね。っていうか自分の造ったものここに全部あるのに台無しになんてするもんですか。
長々と力説するのは自分が犯人に仕立て上げられるのが嫌というより、その続きを聞くのを先延ばしにしたかったからなのかもしれない。けれどそんな悪足掻きも早くももうもたない。
「まさか。もう一人いるだろ」
「……やっぱり朋を疑ってるって事ですね」
私の心中も知らずに平然と言った彼の言葉の続きを聞きたくなくて、結局自分の口から言ってしまった。
そう、CDに仕組まれていたとなると、そもそもそれを渡した人物が一番疑いをかけられるに決まってる。
「んだよ。分かってたのかよ。……つってもまだ候補だからな」
「候補でも納得できないんですけど?」
先に言ってしまったせいか少しつまらなさそうにした新一君に思わず反論する。彼に疑われた時点で終わったような気分になるのは彼が頭の切れる名探偵と言われた人物なせいなのか。実は私自身もどこかでそれを疑っている、なんていうのだけは勘弁してほしい。
「とりあえず、その朋さんって人ここに呼んでくれねえか?あと、さっきの鐘敦さんって人も重要参考人に」
「えぇー……マジですか」
「マジマジ。ほら、早く連絡してこいっ」
鐘敦という名前が出た途端分かり易く機嫌を悪くする私の脳は正直者極まりない。あの2人を同時に呼ぶなんて暴挙だ。せっかく仕方なく説明したというのに、新一君は昼間に言った事を忘れてしまったのだろうか。いや、事件の方が大切だって事だろうけど。
扱いに慣れたというか、金持ち扱い依頼人扱いしなくてもお咎めナシだと分かっているんだろう。扱いが1日で随分雑っぽい。いや、むしろこちらも変に畏まらなくて良くて楽だけど。
最後の抵抗とばかりに心底嫌そうな顔をして見せると、「しゃあねぇな」とそれらしく頭を掻いた新一君から1人ずつお呼び出しする許可が下りた。悪足掻きもしてみるもんかもしれない。
「じゃあまず鐘敦さんの方呼べな」
「了解しましたー」
彼を私が呼び出す日が来るなんて思いもしなかったが、最悪の事態の回避はさせてくれただけでも良しとする。
「鐘敦さん、貴方と渉、俗紺さんの関係をお聞きしたい」
俗紺さん、とは朋の姓だ。私に逆らえる立場にないので呼び出しに不服気ながらも応じた鐘敦君は目の前の有名人にやはり驚いていた。とんとんと進められる話から察するに、この様子でいけば鐘敦君は事情聴取だけで帰してくれそうだ。というか彼はそもそも私の家に上がった事もなければ朋と接触もしていない筈なので犯行は不可能なんだろうけど。
彼の話した内容は大体私も知っている通りで、やはりすぐに解散、そして次に呼ばれたのが問題となっている朋だ。私の家を見るなり驚き、そして工藤新一を見てまた驚いた彼女は私に怪我はないかと一通り聞いてきてから新一君の聴取に応じた。どうか何事もなく帰してくれれば良いのだけど。というか何事かがあれば私が困る。
「ストーカーと放火犯は同一人物に違いねぇな」
「え?」
話し終えても心配してくれているのか帰る気配のない朋。もう時間は遅く、朋を帰らせるに当たって一応新一君に許可をもらっておこうと話しかける為近付いた、その時にちょうど小さく呟いた声が耳に入ってきた。一瞬その意味が分からず、聞き返す。俯いて思案顔をしていた新一君がこちらを向く。
「犯人が分かったんだ」
テレビや新聞で何度かトリックを暴く彼の姿を目にした事がある。その顔は自信に満ち溢れて得意気で、まるで犯人探しは彼にとってパズルの完成とかゲームのクリアみたいなもののようだと思った事があるのは記憶に新しい。
そんな新一君の推理がこれからここで披露される事になる。自分の精神状態が見せた錯覚かもしれないけれどその顔がいつもと違ってやけに真剣に見えて、あぁ嫌だななんて。どくんと私の心境を表すかのように一度だけ、嫌に大きく心臓が脈打った。ゲームセットだ。私はその場にいる顔触れを、きっと血の気の引いた顔でひっそりと見回した。
事件と推理
2011.05.25.wed
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