「……鐘敦君」
「久しぶりじゃねぇか、朋」

結局呼び戻された鐘敦君に、仕方のない事とは言え、朋と対面させてしまった後悔が2人を一度に視野に入れた事で押し寄せた。大体ボヤ騒ぎ如きでわざわざ彼らを呼び寄せる必要が本当にあったのか?今更ながら疑問だ。
推理ショーが終わればさっさとお引き取り願おう。そんな思考回路は私の本心じゃない事は、私自身よく分かっていた。これは後の段取りなんかを考えているんじゃない、きっと実行される事のない、ただの現実逃避なのだ。

「それでは、お聞かせしましょう。夕刻起こった外輪家での火事の真相をね」

今回の件に少しでも関係のある人物全員を客室に集め終えると、新一君はゆっくりと彼らを一周見回した。まずいつも私の身の回りの世話を任せているお手伝い数名。その中にはこの件で火傷を負った彼女もいる。次に怠そうに腕を組んでいる鐘敦君。そして不安気ながらも話を聞く態勢でいる朋。最後にこの家の実質的な主人である私。
勿論全員語り手である工藤新一を見ていたから、ほぼ全員が彼と目を合わせただろう。

「そうですね、まずは簡単な説明から入りましょう」

一度開いた彼の口からは火事発生時の状態から黄燐の検出から、スラスラと滑舌良く分かり易い説明が始まる。黄燐の説明も、さっき聞いた時よりずっと頭に入ってくる。それが推理の時に発揮する彼の本領なのか単に私が説明を受けるのが二度目だからなのかまでは分からないが。
彼の推理は、こうだ。

燐は普段水中で保管される。それは僅かな衝撃でも簡単に発火するという危険な物質である為だ。そんなものがCDと一緒に機械の中に入れられれば、再生中の熱と共に発火しても何ら不思議じゃない。
ちなみにそれまでケースの中で発火しなかったのは、取り出した時若干濡れていた事を思い出して納得する。軽く拭いたものの黄燐までは拭えなかったのか、軽すぎて水分ごと残っていたけれど再生中に水分だけ飛んだのかは私には分からないが。
簡単で単純なやり方だが、これがなかなか誰も考えつかない方法だ。その言葉に妙に納得してしまう。CDを聴く事が時限装置のスイッチを入れた事になるだなんて、説明されても馬鹿らしいと思える程。恐らく新一君の方も、火の出始めを見ていたからこそ黄燐の存在まで辿り着けたんじゃないかと思う。私の考えを裏付けるように新一君の推理が続く。

もしも発見した時既に部屋一面に火が回っていれば、一般人ならどこから出火したのかなんて分からない。ましてや燐が隠されていて、それが原因で起きた火事だなんて分かるはずがない。それじゃ同時に証拠も隠滅したようなものだ。
家まるごとの大火事になれば警察なんかも動くだろうが、恐らく黄燐の発見までは難しい。
逆にすぐに気付けばボヤ程度の規模で警察は勿論動かない。どちらにしろこの件は不注意による事故だとされるのが関の山だ。
実際渉は長く愛用していたプレーヤーだったという事もあり、尚更機械の熱暴走だと信じて疑いもしてなかった。
私の家で起こった事なので名前を出されるのは仕方ない事だけど、こういうタイミングで出されるとは思っていなかった。何となく居た堪れないので極力やめてほしい。

「しかし、犯人の思惑通り完全犯罪では終わらなかった」

予定が狂ったんだろう。偶然にも、その日に限って工藤新一がこの家に来てしまったから。そして彼がいる間に、火災が発生してしまったから。
彼が来る原因となったストーカー被害、実はこれも全く無関係でなく、同一人物による犯行だったという。犯人にとっては痛恨のミスだろう、なんせ自分で自分の首を絞めたも同じなのだから。

「犯人は彼女に何らかの恨みがあった。そして、その腹いせに嫌がらせをしたんだ。ストーカーという形でね」

それは犯人なりの警告でもあったかもしれない。とは言え勿論それに気付くなんて事はできっこないのだけど。そう、できなくて当然だった。私が受けてきたのは嫌がらせだけで、何かを要求されたりする事は一度としてなかったのだから。

「けれどそれで事態が良い方へ向かう事はない。それでは気も収まらない。苛立ちが募った結果、今回の犯行に及んでしまった」

そこで新一君は一旦口を閉じた。しんと静まり返った室内で降ろした瞼をゆっくり上げると、彼は一人の人物を真っ直ぐに見つめ言った。

「違いますか?俗紺朋さん」



全員の視線が一点に集められ、反射的に倣ってしまう。そこにあった朋の表情はまさか自分の名前を呼ばれるとは思ってもみなかったようで。しばらくの沈黙はまるで時が止まったようだった。

「意味わかんない」

ぽつり、口を開いた朋の第一声だった。
「なんで私が渉を恨んで、こんな事までしなきゃいけないの?ちゃんと説明してみてよ!」
私は隣で新一君の推理に反論しだした朋に声ひとつかけられないままだ。あぁやっぱり、朋が疑われていたんだと。働かない頭でぼんやり考えている内に新一君の推理が再開される。

「まず第一に、人から譲り受けたCDから火が出ればその譲り手を疑うのは当然、というのはお分かりいただけますね」

もしくは、自作自演か。あの状況で疑いがかかり易いのは私か朋だった。けれど探偵の目の前で火事を起こせば、すぐに鎮火されるのは目に見えている。命がけで被害者面に拍車をかけると言うなら話は別かもしれないが、私が犯人だとすればあのタイミングでの発火は有り得ない、という事だろう。
ひとりになってからの視線の理由は、下校時なんかには朋と別れてからそのままつけられていたという事だろうか。
疑った途端面白いくらいにボロが出てきたという新一君はそもそもこういうのが好きなんだろうけど、私からすれば何も面白くない状況なのは明白だ。他人事ではない事もそうだが、何より容疑者が自分の親友である事実。正しく言えば、朋が私を恨んでいるという話にどうしても動揺が収まってくれない。

「さっき貴女がここに来た時、家を見るなり驚いた顔をしましたね。それは何故ですか?」
「決まってるでしょ?火事が起こったって聞いて来たんだから」
「しかし一室が燃えていただけなので、外観から見ただけじゃ火事の気配は全くなかった筈。驚くなら部屋に案内され、その有様を見てからが普通です」

そうにも関わらず朋は全く無事な家の外観を見て、驚いた顔をしていた。その姿は私も確認している。新一君はその反応が犯人だからだとでも言うのだろうか?それが証拠だと言おうものなら、彼はとんだ名探偵だ。

「つまり貴女は火事が起きた事に驚いたんじゃない。火事が起きる事を知っていて、外観と渉に傷一つない姿を見て驚いたんだ!」

決定的な証拠は朋の持ち物や自宅から燐が出てくれば、そして電話の発信履歴を調べればすぐ分かるだろう、と踏んだ新一君の言葉に何となく胃がキリキリと痛んだような気がした。
唖然としている朋に、鐘敦君が身を引いたのが目に映る。また苛立ちが募る。今日が良い日だなんて、思った昼間の私は今思うととても滑稽だ。

「動機は恐らく、男女関係のトラブルでしょう」

朋の顔が歪んだのを、私はこの目でしっかりと見てしまった。それを見て、やっぱりなんて思った私もどうかしている。
けれど朋はその言葉を聞いて、否定する事をやめてしまった。

「そうだよ、私が全部やった」
「……朋?」
「なによ、渉。いい加減良い子ぶるのやめたら?」

いつもと変わらない朋の顔。なのにその声は今まで聞いた事もないような悪意に満ちたものだ。意味が分からない。私がいつ良い子ぶったと言うんだ。なんで、否定してくれないんだ。

「ちょっと痛い目見てもらおうと思ったのに、まさか掠り傷ひとつないなんてね」
「本当迷惑。アンタと友達になって全部が台無し」
「まさか探偵なんか雇うなんてね。それも今話題の工藤新一君」

さすが、お金持ちは違うわ。
どういう経緯で私が新一君と出会ったのかを話せばその態度は変わってくれるだろうか。答えは否、そんな訳がない。朋が横目で鐘敦君を見たのと同時に2人が一瞬表情を固くしたから、恐らく目があったんだろう。わざとらしく顔を逸らした鐘敦君に、私に向き直った朋の顔はいかにも私への恨みでいっぱいだった。

「……鐘敦君もアンタがたぶらかしたに決まってる。お金に困ってるの知ってたんでしょ!じゃなきゃアンタなんか相手にされるはずないのに!私が捨てられるはずない!」

荒げられた精一杯の叫びに一瞬脳が全ての働きを止めたようだったが、直後に私は全てを理解した。
つまり、そんなもの微塵もない筈だった恨まれる理由が、分かってしまったのだ。

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