「貧乏人が貧相な夢を見ておるなぁ」
白熱した「ダンジョン」の話に、急に温度のない声が割って入ったのは、ちょうどそのすぐ後だった。
「ダンジョン攻略なんぞ、砂漠を漁るドブネズミの蛮業ではないか。分不相応な夢を見るでない。ネズミはネズミに生まれたからには、一生ゴミ屑の価値しかない人生を送るのだから……そうだろ?運転手よ」
こういうところが瑠々が、夢を壊す夢のない大人を嫌う理由だ。努力で一発当てた成金なら威張るのも良いかもしれないけど、もしこのおじさんが七光りなら人の苦労も知らないでなんて無神経だろう。でも成金なら自分も苦労してきたはずなのにと結局怒るかもしれないが。
瑠々が立ち上がって反論しようとしたのが分かったのか、上着の裾をアリババに引っ張られてしまいそれは叶わなかった。
恩人に仇で返してしまうところだったと瑠々はすぐ冷静になれたものの、そうすると言われた当の本人は何て返事をするのかと心配になる。
「いやぁ全く、ダンナ様の仰る通りで!」
え、と瑠々からさっきまでの怒りも忘れてすっかり毒気どころか間も抜けた声が出た。
ふと見たアラジンの顔も、意外にそこまで表情に出てないが、ちょっとポカンとしている。
「僕らみたいなもんは所詮、夢見るだけが関の山なんスけど!それでも頑張っちゃったりするのが、ネズミの悲しき性だったりするんですよぉ」
そうなのかー?と最早一片の悪気すらないような、アリババの言葉をそのまま正面から聞いたような明るい返事に呆れ返って笑う事すらできない。
しかし瑠々が何より呆れたのは、アリババの方にだった。さっきまで本当に楽しそうに瞳を輝かせて、興奮が頬の赤みで伝わるくらい熱く語っていた夢をいきなり全否定されて、それでもヘラヘラ笑って話をあわせるなんて神経が彼女には一切分からなかった。
人生経験も性格も価値観も何もかも違う他人なのだから当たり前と言えばそれも当たり前かもしれないが。
今まで色んな事に挑戦してきた。
習い事に体験入部に目についたものは全部足を突っ込んだ。やりたい事得意な事、そしてそこから繋がる夢を見つける為に。
でも並にはできてもどれもそれ以上伸ばせる見込みがない、やりたいとも思えない。宙ぶらりんのまま結局高校だって距離と制服だけで決定した。
どうも大きな夢を抱く事が難しいようで、だからこそ瑠々は大きな夢を語る人の事を羨ましく思い、応援したかった。だから、ああいう大人が嫌いだった。
「すごいね。私の方がキレちゃいそう」
えっ、と声を漏らしたのは今度はアリババだった。それは多分驚きなんかじゃなく、声を落としていた為に単によく聞き取れなかっただけだろう。
けれど一度冷静になれば、関係のない人間が飛び出して行っても仕方なく、迷惑だけかける事になるのは目に見えているので、瑠々は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
落ち着けばどうやら拳を強く握っていた事に気付いて、掌にしっかりと爪の跡がついてしまっていた。
それが何だか情けないな、と怒りを置いて苦笑を漏らしたその時だった。
まるで気を抜いたのを見計らったかのような絶妙のタイミングで、体が急に傾いた。
重力を忘れたような感覚は、何も瑠々だけではなかった。それどころかどういう訳か、馬車自体が傾いていた。
砂漠に身を打ちつけられてから、視界で確認するまでもなく、馬車の倒れる凄まじい音が耳に届いた。
「い……ったぁ!なんなのいきなり」
まさかアリババ君運転下手?なんて能天気に思いつつ。
さすがにどんな下手でもいきなり横転はないな、と思い直し目を開けた瑠々は驚愕した。
なんと目鼻の先に旅客機だって入りそうな規模でアリ地獄を連想させる大穴が開いていたのだ。
「何あれぇ……!?」
「砂漠ヒヤシンスだ!」
少し離れた場所に投げ飛ばされたらしい親子とアリババの会話が聞こえて、ヒヤシンスって何の事だと立ち上がって穴の中心部を覗くと、そこには正に落ちた獲物を待ち構えるかのように腰を下ろしている巨大な怪物。
これをどう見ればヒヤシンスと呼べるのか分からないが、文字で説明してみるとヒマワリっぽい花の形に、ヒマワリで言う種のある部分が液体状になっていて多分あれが口に当たる部分なんだろう。そして到底宝石には見えないところからしなくとも、仮にも花の名前が由来となっているのであろうに、無数の手が生えている。手と言うかもっと正しく言うなら触手的な、恐らくほぼ間違いなく、あの手が馬車を襲った犯人だろう。本当に飛行機だって食べそうである。
「砂漠の肉食植物!穴に落ちるな!食われるぞ!馬車を捨てて逃げろーっ!」
あんな如何にもな規模と見た目で見た目通りの肉食だなんて……血の気がサアッと引くのを感じて、暑い砂漠の中で瑠々は冷や汗をかいた。
商売道具すらも捨てて逃げろと言うくらいだ。その脅威は穴に落ちなければセーフ、なんて簡単なものじゃなく、それはまあよっぽどなんだろう。そうでなければあの触手がついてる意味もない訳で。
「おい運転手!酒を運べ!」
「ハイッもちろん!」
瑠々の近くに倒れたままでいたアラジンを助け起こして、早くこの場を離れようと動き出したのに、直後そんな耳を疑わずにはいられない会話が聞こえた。
「何やってんのアリババ君!そんなの放っといて早く逃げないと……」
「これがねぇとダメなんだよ。タダ働きなんて勘弁だからな、食われてたまるかよ!」
ドンッ
酒樽を運ぶ運ばないの口論をしていると、不意に馬車に同乗していた幼い女の子の足が浮いた。軽い体はそのまま怪物のいる穴に向かう。
樽を運んでいたおじさんの近くにいたらしく、樽を持ち上げた瞬間にぶつかりその反動で突き飛ばされたようだった。
なんて事をこの状況で冷静に考える余裕など、瑠々にある筈も必要もなく。
「おいっ!?」
「おねえさん!」
ああ良かった。腕の中にちゃんと子どもの感触がある。
誰か近くにいる人が上手い事助けてくれる。そんな事を願って伸ばした手の先を、瑠々はなんとか瞼を持ち上げて見つめる。するともうちょっとの惜しいところで伸ばされていた手が急に横に逸れたのが見えた。
勿論伸ばした手はそのまま空気以外触れることなく、浮いた足は残念ながらもうしばらく落ちるまで着きそうにはないが。
「ごめんね。大丈夫だからね。ちょっと歯食いしばっておいてね」
「え……?」
バシャァンと耳が痛くなるような音がして背中を打ち付けた先は水面で、見事なまでに綺麗にあの怪物の中央に落ちてしまったらしい。
早く上がらないと女の子の息がもたない、こんな事なら息も吸っておいてもらうんだった。
瑠々は泳ぎが苦手な訳じゃなかったが、焦れば焦るほど足がもつれて、上手く水面まで上がる事ができない。
水より重たくて体に纏わりつく感じのこれが、胃液とかの消化液だったらと考えるとまた焦りが増して、けれど水面は一向に近付かない。どうしよう…これ本当にダメかも。
足が重くなり、だんだんと意識が遠のいていく。
閉じていた筈の口からぶく、と空気の泡がひとつ漏れたかと思うと、瞬く間に苦しくなって思い切り口を開けてしまう。そうなったら最後、体から空気がなくなればこんなに簡単に人は力も出なくなるのだと瑠々は痛感した。
ふと思い出した、ああこれって夢なんだっけ、という思考は我に返ったというより現実逃避に近い。
夢ならこんなに必死にならなくても、この女の子は死なない、というか存在すらしない訳で。それこそ夢も覚めるかもしれない。でもどうせ夢ならもうちょっと役立って活躍できたって良いんじゃないか。女の子ひとり助けられないで私は一体何をしてるんだろう。それに夢ならなんて現実逃避より、今は夢じゃない場合の対策の方が重要だ。
でももう足が動かない。もがく事すらできそうにない。あれ、でも、諦めたところでダメだったのは一度経験済みだっけ?
「ぃ……おいっ!大丈夫か!」
誰かの声が聞こえたけれど、その言葉を理解するにはどうにも思考が足りなかった。
薄れかけた意識の中でも、瑠々は腕の中にある女の子の体を出せるだけの力で抱きしめていた。
2013.02.16.sat
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