なんだか酷く久々な気がする町や建物は、ほんの丸1日見てないくらいだろうか。
砂漠での出来事を思い返して、道中を共にした3人でお茶を囲ったのはついさっき。
そんな1日も終わりに向かい、オレンジ色の太陽も地平線に沈んだ後の事。

「お風呂……入らしてください」
「夜に風呂?蒸しタオルじゃなくて?」
「え……っ」

まさかそういう時代なの?そういえばどこかの地域は朝風呂して夜は蒸しタオルで体を拭くだけだとか聞いた事ある。確か夜の銭湯は盗賊がたくさんいるから避けるんだっけ。
……でもそんな文化知ったこっちゃない。私は夜入る習慣しか知らずに育ったし、確かそういう地域って毎日お風呂入らないんじゃなかったっけ。そんなのここで妥協したら終わりじゃないか。無理無理、譲れない。

「……まあ、砂漠に行き倒れてたし、あんな事もあった後だしな」

感情が顔に出てたりしたのか、私が何か言う前にアリババ君がきょとんとした顔から急に物分かり良く納得してくれた。

「あ、ありがとうアリババ君……っ!私今猛烈に感動したよ!」
「風呂でか!?」

私にとっては重要なんだよ!
声を大にして力説しようかという勢いでいると、隣にいたアラジン君がちょいっと私の服の裾を引っ張った。

「おねえさん!僕も入って良いかい?」
「え?いやいや……私入りたんだってば。本当はもうとっくに我慢の限界なんだけど。うぅ……その、お先ドウゾ」

なんだか涙が出そうだよアラジン君。でももう汗でぐちゃぐちゃだから分かんないし良いよ、うん。心置きなく入って来ちゃってアラジン君。
断腸の思いで見送る覚悟をするが、アラジン君は何故か驚いたような顔で、何か言いたげに私の目をじっと見上げた。良いよって言ってその反応は何故だろう。というか、正直1分1秒でも早く行って帰ってきてほしいのに。そんな私の思いを感じ取ったからなのだろうか。アラジン君が思いもしないビックリ発言をした。

「一緒に入ればすぐに入れるよ?」
「えっ……えぇ……」
「何言ってんだアラジン!」

えーと確か小学校行ってたら4年生くらいって考える事にしたんだっけ。小4と高1って考えると、ギリギリありなのか?え?でもいやもうナシ?どうだろう、兄弟いないから分かんないんだけど。

「ダメかい?」

うっ!純真無垢な顔をして可愛く小首を傾げてくるアラジン君と、その可愛さやら汗だくの汚い身なりやらで色々大変な私と、何故か顔を赤くしているアリババ君。とてつもなく変な状況だ。

「可愛いけど、うん。ごめんだけどお風呂はちょっと。……さすがにダメだよアラジン君」

騙されない。こんな顔して昨日は「やわらかいおねいさん、好き!」と言い放った侮れない子どもだ。相手が女の子でもちょっと戸惑うくらい、私誰かとお風呂なんて随分入ったりしてないのに、これはほだされる訳にはいかない。
決心して言うと冗談半分だったのか、アラジン君は割とあっさり諦めた。残念そうな反応をされたけど、アリババ君が止めてくれたのも大きかったかもしれない。
そしてあくまで一緒に入りたかっただけらしく、アラジン君はお風呂を譲ってくれた。正直な話なによりもそれにすごくホッとしていたりする。


「じゃあタオルと、あと上がったらこれ着とけ」

俺の服で悪いけど……なんて滅相もない。お風呂と言ったものの、また汚れた制服を着るのはやだなと思ってたので大助かりだ。
さて、やっと念願のお風呂に入れる!何気に内心ではテンションを上げながら部屋を出ようとすると、扉の向こうからドンドンと激しいノックと、「アリババ!」と怒っているのか怒鳴るような勢いの声が飛んできた。

「やべえ、社長だ!」

私の脇をすり抜けてアリババ君が扉を開けると、何やら息急き切って飛んできました、と言ったような息遣いの細身のおじさん、いやおじいさんと言うべき容貌の人物が部屋に入ってきた。あんまり深刻そうに青い顔をするものだから、何事かと無視する訳にもいかず部屋に留まった。これでどうでも良い話なら、私怒る。

「アリババ、お前なんて事してくれたんだ!ブーデル様のブドウ酒をパァにしたそうじゃないか。先方は、弁償代金1000ディナールって言ってきてるぞ!」

ああ、その話か、と思う反面、「なんて事」という言葉にムッとした。
1000ディナール稼ぐのがどれだけ大変かなんて、通貨の価値が分からない今考えても仕方ないけど、「一生働いても返せない金額」と言われた辺り相当な額であろう事は分かる。けれどブドウ酒がダメになってもそのおかげで誰ひとりとして欠ける事無く、荷車やラクダだって無事だったのだ。十分アリババ君のしたことは正しいはずなのに。

「いやあ。その事ですが、後で相談しようと思ってたんすけど」
「おい、笑ってる場合じゃねえよ。お前……奴隷にされるぞ」

間違った事をしてなくても、結果はこれか。まあ人の命よりブドウ酒命なあのおじさんを見てたら、アリババ君を心底恨んでる事は誰でも分かるけど。え?待ってよ、奴隷?

「ブドウ酒の納品先はな……かの悪名高いこの町の領主だったんだよ。奴は奴隷をいたぶり苦しめて楽しむ変態野郎なんだ」
「どれい……」

奴隷と呼ばれる人間がいて、それを売り買いする人もいる。ここは私のいた日本とは何もかも違う、そういう事だって有り得る全く別の場所なんだ。
そういう意味では酒豪のおじさんが言った「アリババ君300人分よりも高い酒」という例え方が、この世界では強ち間違いでもなかったんだと気付く。

「あいつを怒らせたらタダじゃ済まねえよ!うちの会社もどうなるか……」
「大丈夫です、社長。奴隷になんかさせません。俺、ダンジョンで成功して、弁償代金払いますから!」
「はあ!?」

頭を抱えて真面目な話をしてるのに、いきなりドヤ顔されて夢物語で返されればそりゃ青筋も立てたくなるだろう。涙が滲んだおじいさんの顔からは、困惑やら怒りやらがよく見て取れる。
馬車では割と大人びた考えだと思ってたけど、アリババ君もしや空気読めないタイプなんじゃないだろうか。そんな風な不安がちょっとだけ頭をよぎる。

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