「おじ様達へのプレゼントは何がいいかしら」

どんよりとした曇り空の下、2人はダイアゴン横丁を行く当てもなくぶらりと歩いていた。
雪は降っていなかったが、鈍色の雲からいつその白が舞い降りてきてもおかしくない寒さだ。ドラコは両手をコートのポケットに突っこんだまま、殆ど独り言のように呟いたアリアに言葉を返した。

「アリアからのプレゼントならなんでも喜ぶさ」
「……おじ様達もそうだけど、ドラコは私に甘すぎると思う」
「お互い様だろ」

にやりと笑うドラコに何も言わず肩を竦めて、アリアは覗き込んでいた文房具店から向かいの洋裁店へと視線を移した。
通りを歩き始めてから10分程経つが、2人の両手は未だ空っぽのままだ。立ち並ぶ店々を覗き込みながらゆっくり歩くアリアに合わせて、ドラコも時々立ち止まりながらアリアの歩調に合わせて歩く。
ルシウスとナルシッサへのクリスマスプレゼントを、アリアはまだ決めていなかった。ドラコは既に家に用意があるらしく、今はアリアに付き合って2人へのプレゼントを選んでいるところだ。

「おじ様にお菓子……って言うのも、あまりイメージが合わないし…」
「君は父上に去年何をもらったんだっけ?」
「あなたと同じ、高級羽ペンのセットよ。とっても使いやすかったわ。おば様からはこれ」

そう言いながらアリアは両手を掲げた。
その両手にはドラコが贈ったマフラーとお揃いの、黒と銀色の触り心地の良い手袋がはめられている。

「このマフラーと手袋、とっても暖かくて……そう、手袋なんてどう?おじ様持って」
「去年のクリスマスに母上が贈ってたぞ」
「……そうだったわ」

肩を落としてドラコから店の方へ視線を戻すアリア。
ふぅ、と短い息を吐いて、気を取り直すとすぐ手前の店を覗き込んだ。菓子専門店だった。
店内のワゴンには色とりどりの包装紙に包まれた菓子箱が山のように積み上げられており、客数はかなり多い。
ショーウィンドウでは、ボールと泡立て器がひとりでに生クリームホイップを作っていた。

「……久しぶりに、作ろうかしら」

スポンジの上に流れていく生クリームを見ながら、アリアが何ともなしにそう呟く。
それを聞き取ったドラコは、ちらりとアリアを見ると素早く口を開いた。

「かぼちゃパイが食べたいな」
「あなたにあげるんじゃないのよ?」
「僕の分も一緒に作ればいいだろ」

当然のようにそう言って、ドラコは人の波をかき分けて菓子店へ入っていく。
慌ててアリアが追いかけると、彼はアリアの手を握って包装済みの蛙チョコレートの山を通り過ぎ、粉末やらバターやらチョコレートやらが置かれた店の隅までやってきた。

「昔はよく僕に作って持ってきてたじゃないか」
「だって、家のキッチンが使えなくなってからはお菓子なんて作る余裕なかったんだもの」
「今日の午後なら父上も母上も出かけてる」
「……そうね、じゃそうしようかしら」
「結局お菓子だな」

そう言って笑ったドラコにため息を返しながらも、つられてアリアも笑う。
ただその後、仕返しのつもりで重たい小麦粉とかぼちゃの山をどんどんドラコの手に押し付けてやった。



「フローリッシュ・アンド・ブロッツに寄ってもいい?」

重たい紙袋を腕に抱えて、アリアは買い物の前に先に寄っておけばよかった、と思いながら遠慮がちにそう言った。視線の先のドラコはアリアのよりもう一回り大きい紙袋を抱えたまま、「ああ」とだけ言って頷く。

「買いたい本でもあるのか?」
「……お気に入りの作家が続編を出したの」

ほんの少しアリアの声が低くなったのは、その情報源であるルームメイトが頭をよぎったからだった。
休暇に入る2日前、久しぶりにささやかな幸せを噛みしめていたアリアをどん底まで押し戻した3人の顔が浮かんでは消えて、小さく首を振った。あんな奴らの事は忘れよう。せっかく顔を見なくて済む貴重な休暇のひと時なのだから。

ドラコはそれを気にするでもなく、何か考える様にしばらく視線を上に泳がせていたが、ふと立ち止まった。
アリアがそれに合わせて足を止めると、おもむろにドラコがアリアの紙袋を取り上げる。
軽くなった両腕を行き場なく広げたまま、アリアは首を傾げた。

「ならその間、少し別行動しよう」
「え、どうして?」
「君へのクリスマスプレゼントを受け取りに行く」

得意げな顔でそう言ったドラコに、アリアは思わず頬が緩んで、声に出して小さく笑った。

「中身はクリスマスまでお預けってことね。期待しちゃうわよ」
「ああ、大いに期待してろ」
「楽しみね」

重い紙袋を引き受けてくれたドラコにありがとうを言うと、ドラコは袋を持った両手を少し上げてくるりと背を向けた。しばらくその背中を見送っていると、ふとドラコが振り向き、「30分後に、フローリアン・フォーテスキューの前で」と言った。
頷くと、再び背を向けて歩き出す。その姿が見えなくなるまで、アリアは黙って見送っていた。

生まれてから一番多くの時間を一緒に過ごしてきた彼は、5年生になって更に背も伸び、大人っぽくなったと思う。性格は相変わらず子供っぽいのに、どんどん置いて行かれてしまっているような、そんな気持ちになる。
ただでさえ、遠い距離。スリザリンとグリフィンドール。自分に圧し掛かるその名が、大好きな人の隣にいることを躊躇わせる。アリアは両手を組み合わせてギュッと握り、しばらくその場に立ち尽くした。















「我がラジアルト家は清く正しい純血の血筋だ」

私は部屋の一番後ろで、父の言葉を聞いていた。
不思議な色に包まれた暖かい室内には貴重で珍しい魔法具が溢れかえっていたが、それに目を留める余裕はなかった。

「組分けの撤回を求める。もう一度娘の組分けをやり直して頂きたい」

穏やかさの内に鋭さを覗かせる低い声。いつも家で聞いていた父の声とは違う、敵意を含んだ声だった。
足元に向けていた視線を少し上げると、皺ひとつない黒いローブの背中が2つ視界に入った。
組み合わせた両手を、ぎゅっと握る。頭の中では、未だに昨晩の帽子の声が響いているようだった    「組分けは変わらん。お前の寮はグリフィンドールだ」

「はて。それは可笑しな話じゃな」

ゆったりとした声が部屋に響いて、私はびくりと肩を揺らした。その様子を、声を発した本人に見られていたような気がして、私は再び視線を下げる。

「遥か昔より、我が校は寮の組分けをこの優秀な帽子に委ねてきた。君の記憶にもある通りにのう」
「当然覚えていますよ。私がここへ来た日、あの帽子は迷いなく「スリザリン」と言った。帽子は正しい選択をした」
「さよう。そして今回、この古き我らの友人は、君の娘にも正しい選択を与えたのじゃ」

ダンブルドアの手が恭しく帽子を指し示す。
それに応える様に、帽子は微かに、まるで胸を張るように、少しだけ動いた。そんな気がしただけかと思ったが、ダンブルドアが帽子を見て楽しそうに笑ったので、やっぱり気の所為ではないのかもしれない。
父は飄々としたダンブルドアの態度が気に食わない様子だった。後ろ手に組んでいた両手にに力が入るのを見て、私は不安で胸がドキドキ鳴った。まるで今にでも怒鳴りだしそうな父の様子に怯えていると、落ち着いた声がその雰囲気に割って入った。

「失礼ですが、ダンブルドア。状況を理解して頂けていないようですな」

私は少しだけ顔を上げた。
ルシウスおじ様が一歩前に出て、プラチナの髪が揺れた。

「正しい選択とは思えないからこそ、我々はこうしてあなたに直接お話し申し上げているのだが」
「そうじゃろうのう。わしはそれが不思議でならんのじゃが……」

校長室の外では、ドラコが待っている。
「絶対大丈夫だ。君はスリザリンに入るんだから」
ついさっき聞いたはずの彼の言葉が、頭の中で鳴り響く帽子の声にかき消されてしまいそうで怖かった。両手で服の裾を握って、彼の優しい声を思い出そうとする。    「組分けは変わらん。お前の寮はグリフィンドールだ」


「ラジアルトにグリフィンドールなど要らない!!」

父の声が室内に反響して、私はびくっと肩を揺らした。視線を上げる勇気はなかった。

「不必要なのだ、ダンブルドア!私の娘はスリザリンに入る。例外は認めない!生まれた時からそう決まっている!!」
「……アリアを前にして、その言葉は不適切じゃと思うがの、レイバン」

ダンブルドアの声に、初めて鋭さが垣間見えた。視線を合わせていなくても、部屋の空気が一瞬で変わったのを感じて私は首の後ろに嫌な汗をかいた。ダンブルドアも、父も、ルシウスおじ様も、誰も口を開かなかった。
    不必要なのだ。
静まり返った部屋に木霊するように、その言葉がゆっくり私の脳に浸透していった。不必要なのだ。父にとって。 私 は 。


「生まれた時から決まっておったのは、アリアがホグワーツに入学すること。それのみじゃ」

脳内で繰り返される言葉の内側に、ダンブルドアのその言葉がするりと入り込んできた。視線を上げると、ダンブルドアがまっすぐ私を見つめていた。青くて丸い瞳が、吸い込まれそうなほど透き通って見えた。
その視線を受けて、もう無駄だ、と確信した。私の寮は変わらない。父やルシウスおじ様が何度拒否しても、この人はこの決定を覆さないだろう。

「レイバン。君も言ったように、帽子は常に正しい選択をする。わしもこの帽子も、君が思っている程老いぼれてはおらんよ」

その言葉が、最後だった。
私は両手を強く握って唇をかんだ。悲しいのか悔しいのか、自分の感情がよく分からなかった。ただひとつはっきりしていることは、この状況は私に絶望以外のものを与えないということだ。
しばらくして、父が肩を怒らせて踵を返した。ルシウスおじ様も父が歩き出したのを見て、小さくため息をついて父に続く。

「と、父様……っ」

ドアの傍に立っていた私は、父が目の前でドアの取っ手に手をかけたのを見て思わず父を呼び止めた。打つ手なしの、どうしようもない状況。それでも、それを受け入れるなんてできなかった。

父は立ち止って、私を見つめた。その時の私は、それは酷く不安そうな顔をしていたんだろう。ルシウスおじ様は私を見て、辛そうに目を細めた。そしてすぐに私の傍へ寄って、私の肩を優しく叩いてくれた。
けれど父はドアに手をかけたまま口をきつく結んでいた。怒りの収まらない拳は震え、そして、汚いものでも見るかのような苦々しい表情で、私に向かってぽつりと呟いた。

「                        」

ルシウスおじ様が、はっとして父を見た。
蚊の鳴くような小さな声だったから、きっとダンブルドアには聞こえなかっただろう。けれどその言葉は、私の耳にしっかり届いた。父は再び口を閉じると、私を置いてさっさと部屋から出ていった。
階段を降りる足音が遠のいていくのを、私はしびれた脳の片隅で感じ取っていた。ぽつりと、涙が頬を伝ったが、私は瞬きさえ出来ずにその場に立ち尽くした。

父様の娘として、そして、将来ルシウスおじ様の娘になる者として、ふさわしい人間でいたかった。それを他人の、あんなボロ帽子の一言で、いとも簡単に奪われてしまうなんて。
私の意志や努力に関係なく、唐突に訪れた終焉。夢なら覚めてくれたらいい。そう思うのに、手足に感じる痺れが私に現実を突き付ける。

「組分けは変わらん。お前の寮はグリフィンドールだ」

幾度目かの囁きが、耳の奥で響いて消えた。
















「アリア」
「っ……」

フローリアン・フォーテスキュー・アイスパーラーのテラスは、寒さの所為か人も少なく、この時期は繁盛していない様だった。
アリアはテーブルのひとつに腰を下ろしていた。テーブルの上に買ったばかりの本を広げていたが、視線は本より数センチ上をぼうっと見つめている。
アリアを見つけたドラコが声をかけると、一瞬びくんと肩が跳ね、そしてゆっくり焦点を定めるかのようにドラコの方へ振り返った。

「ドラコ……」
「どうかしたのか?そんなにぼーっとしてると攫われるぞ」
「……ごめんなさい。ちょっと考え事」

いきなり現実に引き戻されて戸惑い、アリアは数秒間をおいて苦い笑いを零す。
ドラコが深く追求せず肩を竦めただけだったのを見て、アリアは気付かれない様にほっと息を吐いた。
走った訳でもないのに鼓動が早いのは、きっと嫌なことを思い出していたからだろう。
胸に手を当てて小さく深呼吸すると、体内を激しく巡っていた血が少し落ち着いた気がした。

先に歩き出した彼の持ち物は小さな紙袋ひとつで、あの買い物袋はどうしたのかと聞くと「重いから家に送らせた」と言う。
アリアは本をしまって立ち上がり、ドラコの隣に並んで再び通りを歩いた。


「私も、あなたへのクリスマスプレゼントを買ったわ」
「ならクリスマスの朝一番に交換しよう。一番最初にアリアからのプレゼントを開ける」

その言葉が嬉しくて、アリアは微笑んでドラコの手を握る。ドラコは少しだけ眉を寄せたが、それは彼が嫌がっているのはなく、恥ずかしがっているだけだということをアリアは知っていた。

「朝じゃなくって、12時を過ぎたらすぐにしない?」

ふと思いついてアリアがそう言うと、ドラコは口角を上げて「12時に君の部屋へ行く」と短く返した。
同時に握り返された手を、ドラコが自分のポケットに入れる。そんな一瞬一瞬で幸福を感じる自分に、アリアはなんとなく苦笑いを零した。

希望の全てが消えたとさえ思えたあの日から、既に4年が経つ。束の間だとしても、こうして今、彼の隣に並んでいられることが何よりの幸福だと思えた。
立ち並ぶ店のショーウインドウを眺めながら、アリアはポケットの中の小さな箱にそっと触れた。





===2011.09.27