魔法は便利だが残酷だ。だから私は祖母を許せた。

魔法省の奴らが学校で全員の記憶を消したとき、私は初めて、祖母が私に抱いていた恐怖を理解した。魔法は、怖い。知らぬ間に人を傷つけ、操り、他人の記憶も行動も意のままにする。それを可能にする力。

幼い私は無意識のうちにその力を知り、使ってきた。それを怖いとも、間違いだとも思っていなかった。けれど自分と同じ、もしくはそれ以上の力を持った人間が他にもいるのだと理解した時、とても怖くなった。操る者から、操られる者へ、強者から、弱者への転落。それを目の当たりにした。

もしかしたら私も、気付かないうちに誰かに操られているのかもしれない。私の周囲の人間は、いつだって簡単にわたしを殺せるのかもしれない。私よりも強大な力を持った誰かからすれば、私もあのマグル達と大差ないのかもしれない。そう、恐怖した。自分が小さく惨めで、屑のような存在であるような気分になった。

マグルが嫌いなわけじゃない。幼い頃の父や母との記憶も、あの家も、今だからこそ思う暮らしの不便さも、望んで手放したわけじゃない。わたしは、自ら望んで魔女に生まれたわけじゃない。
祖母のことも、恨んでも憎んでもいない。ただ祖母や両親にとって、わたしという存在が重荷だったことは事実で、追い出されるようにしてホグワーツに入学した。私の居ない家はそれは穏やかで、祖母も両親もそれは心健やかに生活できたのだろう。夏休みの度にそれを思い知らされていた私が、卒業後あの家に二度と帰ることがなかったのは、今思えば必然だったのだろう。あの家に、わたしの居場所などなかった。

ならどこに。

私の出した結論は「どこにもない」だ。世界とは目的もなく、ただ命を繰り返し続ける箱庭だ。誰かの仕事が、発見が、思想が、命が、どう世界に影響を及ぼすというのか。道端で虫が死んでいても心動かされる人などいない。同じように、誰がどう生き、どう死のうが世界は心を動かさないのだ。
そんな存在に、何の価値があるだろう?



だからやっぱり、お前も屑だったんだよ。私にとって。世界にとっては。



目の前で塵のように散っていく身体を見つめる。ひどく時間がゆっくり流れているような気がする。そう思って、途端馬鹿らしくなった。何が時間だ。そんな概念、もう自分には関わりがないというのに。

見慣れたはずの城、見慣れたはずの大広間。7年もここで過ごしたというのに、全てが初めて見た物のように目に映った。何の感慨もない。なんの思い出も、思い入れもない。その中で散っていく彼だけが、妙に身近に感じた。

多分彼も、これから死ぬから。否、既に死んだというべきか。

無関心な世界で、命がひとつ消えるだけ。その光景を、もうない目に焼き付けた。有言実行。ほらな、お前が死ぬときは特等席で見物するって言っただろ?
最期の一方的な約束も果たした今、これで本当に、この世界に何の未練もなくなった。くだらない、屑みたいな人生だったが悔いもない。悔いを残せるほど、上等な世界でもなかった。

目を閉じる。あの世というものがあるなら、ここよりは少しはマシだといい。

目を閉じる刹那、消えていく彼の向こうにいるその少年と、最後に目が合った気がした。
ああ、あんたには感謝するよ。名前も知らない少年。このくだらない世界でこれからも生きていくお前には同情するけど、あいつを殺してくれたことにだけは、
心から、感謝する。


「おめでとうリドル。お前もこれで晴れて人間だ」





END

===20180602