深く沈んだ底の話

「今日のメニュー、当たってました?」

テーブルを挟んで向かい合わせに座り、食事をしている赤井さんに話しかけた。あまり話題に乏しい私が話せる話題と言っても、今日はここ最近毎日見かけていた猫と出会えなかったとか、近所の雑貨屋さんで素敵な花瓶を見つけただとか、お天気が良かったから洗濯物がすぐに乾いただとか、本当に実のない話ばかりだ。自分の引き出しの少なさには辟易してしまう。そんな私が振れる話題の一つが夕飯のメニューの話だった。

「ん?ああ、大体当たりだ。この小鉢は予想できなかったが」

丁度手にしていた小鉢をちらりと見ながら赤井さんは言った。それもそのはず、少し前に冷凍庫に放り込んでいた野菜の存在を思い出し、そろそろ消費しないと冷凍焼けしてしまうと急拵えしたものだからだ。別に悪くなっているわけではないものの、少しひやりとしてしまう。冷凍が悪いわけではないのだけど、これは私のエゴだ。働いているときは週末にまとめて作り置きして冷凍庫に詰め込んでいたが、今は以前と違って働いていないので時間は十分にある。せめてご飯だけはちゃんと作ろうと思ってしまうのは、働いていない事への後ろめたさだろうか。

「まあ、名前さんの料理はどれも美味しいから予想が外れていても支障はない」

私の若干の後ろめたさを察してか、赤井さんが続けて優しい言葉を掛けた。一体どこまで見透かされているのか不安になってしまいそうだ。

「お気遣いすみません」
「俺は思ってもいないことは口にしない。覚えておいてくれ」

にやりと笑ってこちらをみた赤井さんは、一瞬考えたような顔をしてから私に質問を投げかける。

「少し踏み込んだ話なので嫌だったら答えなくていいが、一つ聞いていいか?」
「はい、どうぞ」
「あの、仏壇の写真。どこで撮った写真か教えてもらえないか」
「夫の写真ですか。あれは――」

遺影となった夫の写真。あれは結婚式の時に撮ったものだ。お互い親族も知り合いも碌に居なかったので、海辺にひっそりと建つ真っ白な教会で挙げた、二人だけの本当に小ぢんまりした式。お色直しもないような簡素なものだったが、挙式をして、写真を撮るだけで十分に幸せだった。間違いなくあれは私の人生の中で一番幸せだった瞬間だろう。そんなに昔の事でもないけれど、どこか遠くの記憶のように感じた。仕舞い込んでいた記憶を不意に呼び起こすこととなり、自分でも全く無意識のうちに涙が流れた。

「すまない、配慮が足りなかったな。忘れてくれ」
「あ…、いえ、大丈夫です」

あの日と同じようにハンカチを渡してきた赤井さんは困った顔をしながら長い腕を伸ばし、私の頭を撫でる。手のひらからじわりと伝わる体温がやけに心地よく感じた。徐々に感情の揺れが治まってきた頃、私はようやく写真を撮った場所を伝えることができた。赤井さんはもう一度私の頭を撫で、「ありがとう」とだけ言ったので、この時はその質問の真意を知ることはできなかった。

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