僕らのイーブン

『すまない、少し遅くなりそうだ。今日買っていくものはあるか?』
『わかりました。今日は鶏むね肉をお願いできますか?200gくらいで大丈夫です』
『了解』

――ジェットコースターの様な出会い初日を過ごした私達は、今やすっかり夕飯を共にする仲である。と言っても本当に夕飯を一緒に食べるだけ。たまにシャワーを貸すこともあるが、艶っぽいことは特にない。

あの日の夜の提案は、私の世界からいなくなりたいという気持ちを少し和らげるものであった。久しぶりに人と過ごす安心感を思い出してしまったのだ。ちょっぴり欲が出てしまった私は、赤井さんの"一緒に夕飯を食べる"という突拍子もない提案を受け入れることにした。
赤井さんの提示した条件は四つだ。一つ目、夕飯は基本的には一緒に食べることとするが、諸事情がある場合はキャンセルできる(要事前連絡)。二つ目、私の気分が乗らない時は無理して作らなくても良い。必要であれば外食やデリバリーも可。三つ目、食事に関する諸費用は赤井さんが全て出すこと――当初は光熱費負担もするとの提案だったが流石に受け入れがたいので食事費用に落ち着いたのだ――。四つ目、互いに干渉しすぎないこと。

冒頭に戻るが、食費負担は赤井さんということで、我が家に立ち寄る前に必ず私に連絡をいれ、買い物をしてから来てくれる。流石に当日使うものを頼んでいては夕飯が遅くなってしまうので、基本的には明日使うものをお願いしている。今ではそれに気付いた赤井さんは、頼んだ食材をもとに明日の夕飯を推理することを楽しみにしているようだ。とは言っても明日使うものを全て頼んでいる訳ではないので、現在の的中率は七割くらいとなっている。

遅くなりそうだという赤井さんの到着を待ちつつ、自身は今日の夕飯の準備を進めていく。自分の為に食事を作るのは苦手なのだが、こうして赤井さんが訪れてくれているお陰で料理にも張り合いが出るのでありがたい。最初こそあの人へ罪悪感を覚えていたのだが、最近は少しその気持ちも薄れてきた。というのも、定期的に来る喪失感とやり場のない気持ちを察してか、赤井さんは丁度モヤモヤを抱えている私へ小さな贈り物をしてくれるのだ。それは美味しいと評判のお店のケーキだったり、綺麗な一輪の花だったり、はたまたちょっと良いお酒など負担にならない程度のものを持参して我が家へやってくる。勿論条件通りあれやこれやと詮索してくることはないので、どうして凹んでいるかわかるのかは本当に謎である。少し現金だが、私はそれに救われている。こんな私を気に掛けてくれる人の存在とは本当にありがたいものだと思うばかりだ。この生活が始まって約一か月が経過したが、今では赤井さんがやってくるのが少し待ち遠しく感じる程に私の生活に馴染んできている。

支度も大体終わった頃、インターホンが赤井さんの到着を知らせた。

「遅くなってしまって申し訳ない。待たせてしまったかな」
「いえ、赤井さんこそ遅くまでお疲れ様でした。ご飯できてますよ」
「ありがとう」

玄関先で会話を交わし、我が家に上がって部屋へと向かう赤井さんは傍から見たらこの家の住人のようだ。テーブルの上に並んだ料理をちらりと見て口角を少し上げていたので、どうやら今晩のメニューの推理は当たっていたらしい。その様子を微笑ましく眺めつつ、仏飯器に温かいご飯を盛り、真新しい仏壇に供えて手を合わせる。私の後には決まって赤井さんが続けて手を合わせる。互いのプライベートは詮索しないとの約束だが、朝は一人なのもありご飯を炊かないため、夕飯時に炊いたご飯を自分が食事を始めるタイミングでお供えをしたいことを事前に伝えていたのだ。その際に自分も手を合わせていいだろうかと聞いた赤井さんはとても誠実なのだと思う。断る理由もないので、今では夕食前の恒例行事となっているのである。

「では、いただきます」
「いただきます」

こうして今日も私達の食事は始まるのだ。

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