トリュフチョコレートの仕上げがちょうど終わり、梱包しようとしたその時だった。
「完成したのか」
「うわあ!!」
私の後ろの方から覗き込むように身を乗り出してきたのは、私のサーヴァントである稗田阿礼だった。私の調理工程をずっと見守っていた、なんてことはなく、今この瞬間に突然現れた。霊体化していたとしてもマスターである私には気配を察知できるはずなのに、全く分からなかった。
バクバクと心臓が激しく脈打っている。反射的に左胸の辺りを押さえながら、阿礼の顔を見る。いつもと変わらないように見えるが、どことなく機嫌が良さそうに目を細めていた。
「随分と没頭していたようだな」
「え、ま、まあ…」
トリュフを眺めていた彼の金色の瞳がぐるりと動き、私の目を捉える。誰にあげるのか、と言いつつも、私が誰に贈りたいのかは既に把握しているようだ。
「バレンタインデー。元はローマ帝国の女神、神々の女王にして家庭と結婚の神であるユーノーの祝日。大まかに言えば男と女が婚姻する日…だったが、現代では意中の相手にチョコレートを贈る日なのだったな」
「よく知ってるね」
「当然だ。僕を誰だと思っている」
召喚したばかりの時は横文字に不慣れでいつも舌っ足らずだったのに、今となっては流暢に話せるようになっていた。聖杯からインストールされた知識、そして彼が元々持っているとても強い知識欲によって見違えるようになってしまった。サーヴァントは成長しないはずだが、彼を見ているとよく分からなくなってくる。
「それで?そのチョコレートは誰に向けたものなんだ」
「え?分かってるんじゃないの?」
「誰に向けたものなんだ」
「…阿礼ちゃんにです…」
他にもチョコを用意してはいるが、このチョコを贈りたいと思った相手は稗田阿礼ただ一人だけだ。正直に答えると、彼は満足そうにした。
「でもまだ完成じゃなくて…まあ、あとは梱包するだけなんだけど」
「ならば一つくらい食しても問題はないな?」
「阿礼ちゃんがいいなら」
「おまえが口まで運べ」
阿礼は顔の下半分を覆っている布に人差し指を引っ掛けて下にずらした。薄く端正な唇が姿を表している。
作ったチョコの中から一つだけつまんで、阿礼の口まで持っていく。開かれた口の中に放り込むと、阿礼はそれを味わうように咀嚼して嚥下した。
「甘いな」
「食べたことなかったの?」
「ああ。僕が初めて口にするチョコレートは、おまえから貰うものにしたかったというだけだ。返礼品は用意してある、受け取れ」
そう言いながら阿礼が懐から取り出したのは、一冊の本だった。現代でよく見る本ではなく、江戸時代辺りにありそうな作りをしている厚めの本だった。受け取って表紙を見てみたが、何も書いていない。
「これ何の本?…なっ!!」
「僕がカルデアに召喚されてからに限るが、おまえがこれまでに取った全ての行動を記録してまとめておいた。くれてやる」
「な、な、何で知って」
軽く何ページか読んでみたが、本当に私の全てが記してあった。その日何を食べたのか、何時に寝たのか、何時に起きたのか、誰と会って何を話したのか、といった全ての事象がここにある。私でさえ覚えていないようなことも完璧に網羅してあった。
「…一つ聞いていい…?」
「何だ」
「これ、私以外に見せた?」
「見せた、と言うのは正しい表現ではないな」
「なにそれ?…はっ、ま、まさか!売ったな!売ったんだな!?」
「安心しろ、僕が厳選した人物にのみ複製品を引き渡してある」
「どこが安心できるって言うんだ!てか誰が買ったんだよそれ!」
「顧客名は秘匿する契約もしてあるから明かすことはできないな」
「顧客リストがあるんじゃないの!?出しなさいよ!」
「あるぞ。僕の記憶の中にだがな。いいのか、こんなことに令呪を使用して」
行動を当然のように先読みしている阿礼は諭すようにそう言った。まるでわがままな子供を優しくあやそうとする親のようだった。それがさらに私の神経を逆撫でしてくる。
というかそもそも私の記録を限定的にとはいえばら撒いていることを言わなければいい話なのに、彼はわざわざこうやってバラしてくる。たんまりあるデータで私の言動を予測して、私が『誰かに見せたのか』と尋ねる前に話を切り上げて逃げ去ればいいのに、彼は絶対にそうしない。理由はシンプルで、私の反応が面白くて仕方がないからだろう。だが彼の言う通り、こんなことで令呪を使用してしまうのはあまり良くない。今際の際にこの騒ぎを思い出しながら力尽きるのは、あまりにも悔いが残りすぎる。私は何度か深呼吸をして、赤く光りかけている令呪の宿った右手を下げた。
「販売停止を要求します。今すぐに」
「僕は構わないが…骨が折れるな」
「そんなに…?」