背徳の味

※極の姿

喉の渇きを感じて、骨喰藤四郎は目を覚ました。同じ部屋で眠っている兄弟たちを起こさないよう、静かに障子を開け、出ていった。当然だが、向かう先は厨である。
 この本丸はとても広いが、元からここまで広かったわけではない。刀剣男士が増えるにつれて、じわじわと増築されていったのだ。こぢんまりとした原型の本丸を知っているのは、骨喰を含む一部の古株だけだった。
 少しの時間をかけて廊下を歩けば、厨に着いた。先客がいるのか、単なる消し忘れなのか、既に明かりがついている。さほど珍しくないことなので、骨喰は特に気にすることなく中へ足を踏み入れた。
「主殿」
「うわっ!ほ、骨喰か」
 冷蔵庫を開けて中を物色していたらしい審神者は、骨喰の存在に気づいていなかったようで、声をかけられて大袈裟なほどに肩を跳ねさせた。まさか審神者がいるとは思っていなかった骨喰は、目をぱちくりとさせた後、無表情ながらもどこか嬉しそうにし始めた。
「どうしたの、こんな時間に」
「喉が渇いたんだ。主殿は眠れないのか」
「ちょっと仕事が片付かなくて。お腹すいちゃった」
審神者の手にはラップに包まれた冷凍白米と卵一つ。まな板の上には既に細ネギと袋麺が準備されていた。審神者が冷蔵庫の扉を閉める前に、冷やしてある麦茶の入ったポットを取って自分用のコップに注いだ後、元の位置に戻した。少しでも審神者と一緒にいたかったので、骨喰はできるだけちびちび飲むことを密かに意識する。
「何故そんなに怯えていたんだ」
「深夜にこんなハイカロリーなもの食べてるってバレたらまずい方たちがいるからね…」
 審神者は電子レンジに冷凍白米を入れ、解凍し始めた。その隙に細ネギを適当な大きさに切っていく。審神者に使ってもらっている包丁がなんだか羨ましく見えた。
 審神者の動きは手慣れていて、もう何度も同じことをしているのがよく分かる。作っている様子をまじまじと見ていると、きゅるる、と骨喰の腹の虫が鳴いた。その音に気づいた審神者が骨喰の方を見る。
「…食べる?」
「いいのか?」
「いいよ。丼と箸、用意してくれる?」
 持っていたコップをテーブルに置き、骨喰は再び食器棚へと向かう。粟田口用のものが置いてある場所から、蓋付きの丼と自分の箸を取り出した。
 審神者がこっそりとっておいたらしい袋麺を一つ分けてもらい、麺を袋から出して丼の中に移す。まず麺の窪みに卵を落とし、そして審神者の分と同じタイミングで、卵の白身に満遍なくかけるように湯を注いだ。
「ネギはいつ入れるんだ」
「今でも後でもいいよ。骨喰の好きな方で」
「では、主殿と同じがいい」
「じゃあ後でだね」
 二人揃ってテーブルに運び、そこから三分待つことになった。審神者と話しているとあっという間で、むしろ麺が伸びてしまいそうになった。熱が伝わって熱くなっている蓋をそっと持つと、裏から大量の水滴が垂れる。丼の外にこぼれないように水を切ってから、テーブルに置いた。
 湯気が立っている中を覗けば、卵の白身が適度に固まっていた。黄身を避けて湯を注いだおかげか、黄身はとろとろのままだった。
「ほら、好きなだけ入れて」
「ああ、ありがとう」
 主である審神者を差し置いて先にネギを入れてもいいのか、と思わなくもなかったが、審神者の好意を無下にしたくなかったのと、空腹感が大きくなっていて我慢ができなかった。好みの量を入れた後審神者に順番を譲ると、余らせるのを嫌ったのか、残りのネギを全部入れていた。
 示し合わせていたかのように、二人で手を合わせる。いただきます、と互いの声が揃って、骨喰の胸が少し暖かくなった。
 箸を取って麺を一口分だけそっと取り上げ、口に運ぶ。濃い味付けのおかげで、空腹に染み渡る美味しさだった。そのまま食べていると、正面から視線を感じる。何かと思って見てみれば、審神者が微笑ましそうに骨喰のことを見ていた。
「食べないのか?麺が伸びてしまわないだろうか」
「いや、骨喰がかわいくて、つい」
 そう言うと、審神者も自分の分に手をつけ始めた。ここに来た時に言っていたように、審神者も空腹だったようなので、とても美味しそうに食べていた。それを見ていると、審神者が麺を食べている自分を眺めてしまった気持ちが分かるような気がした。
 しばらく食べているうちに、骨喰は審神者が冷凍白米を解凍していたことを思い出した。
「主殿、さっきの米はどうするんだ」
「お気づきになられましたか」
 待ってましたと言わんばかりに、審神者は席を立つ。解凍が済んでいた米を電子レンジから取り出すと、大体半分にそれを分けた。
「今からどうするか分かる?」
「何をするんだ?」
「これを、この中に、入れます」
 片割れをそのままスープの中に入れてしまった。麺を食べて終わりという純粋な心を持っていた骨喰にとって、その行為はあまりに衝撃的だった。
「あ、主殿、それは…!」
「これで終わりじゃないからね」
 審神者は再び冷蔵庫へ向かう。何をしているのかと思えば、すぐに帰ってきた。手の内に視線をやれば、そこにはスライスチーズがあった。
「主殿、まさか、そんな…!」
「更に、これを、入れます」
 まだ熱が残っているためか、チーズはすぐに溶け始めた。それが米に絡みつき、ドリアのようになってしまった。いつの間にかあったスプーンで審神者がそれを掬うと、チーズがすごく伸びた。そのままチーズを千切りながら、審神者はそれを口へと運んでしまった。
「あ、あぁ…」
「骨喰さん、どうします?あと一人分ありますが」
「…主殿は意地悪だ。そんなものを見せられたら、俺は耐えることができなくなってしまう」
 骨喰は観念したように、もうほとんど麺が残っていない丼を審神者に差し出した。審神者は満足気に笑うと、同じようにしてくれた。
「これで共犯だね。他のみんなには内緒にしておいてよ?」
「もちろん分かっている。だから早くしてくれ」
 今の骨喰は、『待て』に従ってはいるものの、身体はほとんど動き出している犬のようになっていた。審神者からスプーンを受け取り、チーズに覆い被さられている米の中に差し込んで掬うと、同じようにチーズが伸びる。それをそのまま口に含むと、こってりとして塩気のある濃い味が広がった。少しだけ残っていたネギの食感がアクセントになっている。審神者がしきりに見られるのを気にしていた理由が、骨喰にははっきりと理解できた。
「どう?口に合った?」
「…こんなものが許されていいのだろうか…」
「え?そんなに美味しかった?」
 深刻な表情をして味わっている骨喰を見て、ならよかった、と審神者は笑った。
 今回もぺろりと平らげてしまった。最後の一口を惜しみながら咀嚼し、ごくんと飲み込む。二人で手を合わせて、ごちそうさまでしたと声を揃えて言い、片付けに取り掛かった。珍しいことに、他の刀剣男士が来ることは無かった。
「ごめんね、片付けまで手伝わせちゃって」
「構わない。むしろ俺は食べさせてもらったのだから、これくらいはやらせてくれ」
「そう?ありがとう」
 そうは言ったものの、本当は審神者と少しでも長く一緒にいたいだけだった。審神者はそれを見抜いているのかいないのか、少し低い位置にある骨喰の頭を見て笑った。