たぶん恋

※初の姿

 今日は珍しく、戦闘も遠征も内番も無い日だった。何かと頼られることが多かったせいか、浦島は暇を持て余していた。兄たちに遊んでもらおうと思っても、二振りとも出払っている。こういう時に思い浮かぶ相手といえば、審神者しかいなかった。
 長めの廊下を少し歩くと、審神者の部屋の前にたどり着く。主さん、と呼びかけると、返事があった。続けて入ってもいいか尋ねると、『仕事中でもよければ』と返ってきた。遊べないのは退屈だったが、無性に審神者と過ごしたい気分だったので、できるだけ静かに部屋の中に入る。
「どうしたの?何か用事?」
「ううん、ちょっと暇だっただけ。俺、静かにしてるからさ、ここにいてもいい?」
「浦島がいいならいいよ」
「やった!」
 積まれた座布団の中からすっかり自分専用となったものを持ってくると、浦島はその上に座った。何をするわけでもなく、ただ机に向かっている審神者の姿をじっと眺める。下を向いているせいか、はらはらと横髪が流れ落ちていく。それを耳にかけ直す審神者の仕草を見て、浦島はなぜか息を呑んでしまった。
 どうしてそわそわしてしまうのかが理解できずに、浦島はその場へ座り直す。かと思えば視線をしきりに泳がせたりと、見ていて忙しい有様だった。
「どうしたの?」
「えっ!い、いや、なんでもないよ、ほんとに」
「そう?ならいいんだけど」
 そう言うと、審神者は手元の書類へ視線を戻した。審神者の注意が自分から逸らされたことが嬉しいような、惜しいような気持ちになった。
 そわつきを落ち着かせるため、今度は座布団を折り畳んで枕にして寝転んだ。いつもより低い位置で審神者を見上げる。特に目立った動きをしている訳ではないのに、一挙手一投足から目が離せない。感じていたそわつきは鳴りを潜め、代わりに安心感のような暖かいものが浦島の胸に広がった。
 どうして主さんを見ていたくなるんだろう、と浦島は考える。人間は元々好きだった。生き方は忙しなく、見ていて飽きない。だから審神者のことも好きだった。好きなのだが、他のものに対する『好き』とは何かが違うことに気がつき始めた。
 兄たちは好きだ。優しくて頼り甲斐があって、いつかああいう刀になりたいと思わせてくれる、自慢の兄たち。
 同じ『好き』なはずなのに、審神者といる時に感じる気持ちは、兄たちといる時に感じるものとはなんだか違う。胸の奥がざわざわして、何気ない仕草でも覚えていたくてたまらなくなる。審神者が他の刀と話していると、何を話しているのか妙に気になってしまう。そして、何を話していたの、と聞くことが増えた。審神者に内容を教えてもらっても、あまり頭に入ってこない。話の内容というよりは、包み隠さず話してくれる審神者の様子に満足してしまう。
 そんなことを考えているうちに、審神者の動きが変わった。これはもしかして、と思わず期待していると、審神者が浦島の方を向いた。反射的に浦島はかばっと起き上がる。
「終わったよ。待たせてごめんね」
「全然平気!主さんのためならいくらでも待てちゃうって!」
「あはは、ありがとう。浦島は何かしたいことはある?これから時間があるから、一緒にいられるよ」
「いいの!?」
 途端に目を輝かせる浦島を見て、審神者はくすりと笑う。
「うーん、でも…俺は主さんと一緒にいられるだけで嬉しいな」
「そう?じゃあ、ちょっとおしゃべりしようか」
「分かった!何話す?俺、なんでも話しちゃうぜ!」
「じゃあ浦島が話したいことでいいよ」
「えっ!じゃあ…」
 まず浦島の脳裏をよぎったのは、今日は珍しく休みを与えられていることだった。ずっと働き詰めというわけではなかったが、本当に何もない日は珍しい。もしかして頼りにならないと思われてしまったのだろうか、と考えてしまい、嬉しそうにしていたはずの浦島はみるみるうちにしょんぼりとしてしまった。その様子が審神者にも分かってしまったのか、心配そうに『どうしたの』と声をかけられる。
「…主さん、どうして今日は俺に仕事をくれなかったの?俺、やっぱり頼りにならない?」
「そ、そんなことないよ。むしろ浦島は頼り甲斐のある、自慢の脇差だって」
「じゃあどうして?」
「浦島は最近よく頑張ってるから、息抜きしてほしいなって思ったんだよ。先に言っておくべきだったね、ごめん」
 頼りにならないから、使えないから仕事を与えられなかったわけではない。むしろ逆だった。大事にされているからこそ、休みを与えられた。それを理解した途端、浦島の口角がじわじわと上がっていき、嬉しい気持ちがどうにも抑えられなくなる。
「え、えへへ、だったら俺、いっぱい休んじゃおっかな…」
「もちろん。私にできることがあったら言って」
「…じゃあ、膝枕して?」
 審神者はそれを聞いて、『いいよ』と言いながら姿勢を直し、膝の上をぽんぽんと手のひらで軽く叩いた。浦島は勢いよくその膝に飛び込み、ぐりぐりと額を押しつける。今一番近くにいるのは自分なのだという確信が得られて、浦島はもっと嬉しくなった。
「主さんの匂い大好き。俺、ずっとこうしていたい」
「それはちょっと困っちゃうかも」
「そ、そうだよね、何言ってんだろ…」
 まるで火でも着いたかのように、浦島の顔に熱が集まっていく。それを見られたくなかったので、浦島は縮こまるように横を向く。真っ赤になった耳が髪の間から覗いていることには気づけなかった。微笑ましそうな笑い声を小さく上げながら、審神者は浦島の橙色の髪に手を伸ばし、優しく撫でた。その手の温もりが心地よくて、浦島は目を閉じる。眠気はすぐにやってきた。