11. 種明かし


「無事に会計に所属できたと聞いた」

「うん。おかげさまで」

「良かったな。団蔵に報告はしたのか?喜びそうだ」

「いや、まだ……それよりもとにかく、その、助けてもらいたいな〜と思うんですが……」

 争奪戦が起きた日の夕方。無事学園長に所属の許可をもらいひと段落ついたあと自室に戻ってきた私は、扉を開けた瞬間にどこから出てきたのか縄でぐるぐる巻きになってしまった。どうやら昼間に兵太夫くんが仕掛けたからくりがそのままになっていたらしい。私はそのまま部屋の中に倒れこんだ。

 ミノムシのようになってしまって手も足も出ず、助けてもらうためにずりずりと廊下まで移動しているところに、タイミングよく長屋へと帰ってきた三郎くんが現れたのだ。雷蔵くんなら血相を変えてすぐに助けてくれそうなものだから、おもしろいものでも見るようにしゃがみこんだ彼は聞くまでもなく三郎くんだろう。

「見事なからくりの出来だなと思うと惜しくて」

「……」

「すまない、今外す」

 恨めし気な視線に耐えられなくなったらしい彼はしゃがみこんで、縄の状態を確認し始めた。少ししてから地道に結び目を苦無でくっとひっかけてちぎっていく。変に動いて怪我をしても怖いので、私は深い色に変わっていく空の色をじっと観察することにした。

「七松先輩に変装が見破られたのか?」

 しばらくして彼はぼそりとそう言った。彼本人ではないとはいえ、自身が施した変装が見破られたというのは変装名人の彼にとって一大事なのだろう。私は見破ったのは立花くんであること、私の動きで見破られてしまったことを彼に説明した。

「あの人に見つかったのは運が悪かったな……いや、先輩方なら誰に見つかっていても危うかっただろう。最終的にたどり着けたとはいえ、申し訳ない。助けると言ったのに」

「そんな!一年生とたくさんすれ違ったけど気づかれずに突破できたし、私がせっかくの変装を活かしきれなかっただけ。それに、小平太くんから助けようとしてくれたよね?いろいろとありがとう」

 三郎くんはバツの悪そうな顔をして、「騙してた罪滅ぼしだ」と肩をすくめた。いろいろなことが一気に起こったために忘れていたけれども、昼間に三郎くんが八左ヱ門くんの変装をしていたことが判明したことを今やっと私は思い出した。

「ああ……色々聞きたいことはあるけど。質問攻めはしない約束だったっけ」

「いや、聞いてくれていい。雷蔵にもきちんと話してこいと言われてしまったしな」

「雷蔵くんは知ってたんだ。いつ変装してたの?全然わからない」

「最初は……そうだな、筆記テストを受けた日があっただろう?あの日に八左ヱ門に土井先生からの伝言を受けて昼飯を食ったはずだ。あの八左ヱ門は私だ」

 あれは確か数週間前の出来事だ。なんてことのない出来事だと思っていたせいで細かいことまでは覚えていないが、たしかにそんなこともあった。そういえば、生物委員会が駆り出されていたにもかかわらず八左ヱ門くんが食堂にいることを変だなと思ったんだった。

 彼はその先何も言わないまま作業を続けた。しばらくして「解けた。立てるか」とこちらに伸ばしてくれた彼の手をとって立つと、ぱらぱらと縄が床に落ちた。

「うん。ありがとう……これ捨てに行かないと」

「手伝う」

 彼はさっさと縄を集めると、私の部屋の戸を動かしてからくりが解除されているかどうかを確認した。私も余った縄をすくいあげて彼の後に続いた。

「さっきの続きだけど。今日あの教室にいる私を見つけられたってことは、私があの場所で会ってた八左ヱ門くんは全部……」

「私だ。八左ヱ門が放課後に図書室周辺に寄り付くことなんてめったにない」

 そもそも、あの教室は三郎くんがよく使っていた場所だったらしい。図書室の近くにあって人もあまり来ない部屋。たしかに、委員会中の雷蔵くんを待つのにはちょうどいい場所だ。いつものようにそこに来たら私がいたという。空き教室以外で話を持ち出すなと言ったのは、本物の八左ヱ門くんに話してしまうのを防ぐためだったのか。

「そして種明かしする時期を逃し続けて今に至るわけだ」

「そもそも最初から普通に話しかけてよ」

「悪かった」

「別に責めてるわけじゃなくて……私は三郎くんともちゃんと仲良くしたいと思ってるっていうかさ。三郎くん的にはそうじゃないかもしれないけど_」

「違う、私もそう思っていた。だから八左ヱ門の姿のほうがいいかなと思ったんだ」

 三郎くんは少し焦ったようにそう言ったけれど、分からなくて怪訝な顔をするしかなかった。なんで最初からずっと八左ヱ門くんに変装し続けたのか。仲良くしたいから八左ヱ門くんの姿に変装するとはどういう意味なのか。ごまかすように「長屋へ戻ろう」と歩き出した三郎くんの横顔は、もうすっかり暗くなってしまってあまり見えなかった。


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「そんな逢引が行われてたなんて知らなかったな」

「悪意のある言い方だな。勉強しかしていない」

「へえ?」

 勘右衛門はからかうように三郎に問いかけたあと、本日二本目の団子に手を伸ばした。三郎はその横で課題を進めている。

「しかし、わざわざ八左ヱ門に変装してまで夢子ちゃんと話したがっていたなんて意外だった」

「別に……」

「いつまでも種明かしをしなかったのも、意外とその勉強会が楽しかったからだろう?種明かしすると終わると思って言えなかったんだ」

「……なんだ、やけに楽しそうだな」

「お、否定はしないんだな?」

 三郎は課題をしていた手を止め勘右衛門に恨めし気な視線を送った。勘右衛門はもぐもぐと団子をほおばりながら満足げな顔をしている。ため息をついた三郎に、勘右衛門は「悪い悪い」と言って団子を差し出した。三郎は黙って受け取って、ばくりとかぶりつく。

「まあ結果として、種明かしをしたあとも勉強会は続いてるんだからよかったわけだ」

 夢子は勉強会を終わりにする気はさらさらなかった。八左ヱ門の皮を被った三郎も、三郎本人も(雷蔵の皮を被っているわけだが)夢子には一緒だった。分からないところを気軽に聞ける先生役を手放す気は無いと三郎自身にそう言ったのだ。

「俺も鉢屋先生に忍術について御教授賜りたいものだなあ」

「勘右衛門、ちょっと怒ってないか?」

「俺にも一言くらい言ってくれてもよかったのに、とは思ってる。俺たちの仲なのに……けど、一番可哀想なのは八左ヱ門だろう。勉強会のこともそうだが、夢子ちゃんの委員会所属騒動であいつが知っているのは“気づいたら夢子ちゃんは会計に所属していた”ってことだけなんだからな」

「五年が担当する委員会に情報が回っていなかったんだろう?」

「いいや?兵助は知っていた。火薬への所属は現実的じゃないと早々に諦めたらしいが……七松先輩は八左ヱ門にだけ伝えてなかったんだろ」

「わざとか?」

「さあ。神のみぞ知る」

 かあ、とからすのなく声に反応した勘右衛門は、「少し食べすぎた」と言って腹を空かせに委員会の教室をあとにした。三郎はふんと鼻をならしたあと、中途半端なままの課題に向き直った。



ぬるま湯