8. ヤマシギ
「永倉たちを探して合流する。お前たちは先に月形へ向かえ」
土方さんに言われた通り、私と牛山さん、そして尾形さんは杉元さん・アシリパちゃんと共に行動することとなった。用心して人の少ない山を歩いていく。山での移動は久しぶりだが、狩りの日々のおかげである程度の心得があったのと、ここ数年で私の持久力と脚力が鍛えられたおかげかなんとかついていくことができた。
どれもこれも睦雄さんのおかげ...いや、睦雄さんのせい、か。
彼のことを頻繁に思い出してしまうのは、前を歩く尾形さんのせいだ。小銃を担いで山を登るその姿はどうしても彼と重なる。
ヤマシギを見つけてすぐ銃を向けた彼だったが、散弾銃でなければ難しいからとアシリパちゃんに止められて不服そうな顔をしていた。そういえば、彼が銃を撃つところは見たことがない。今日の襲撃でも、銃声を聞いただけだ。銃を肌身離さず持ち歩く彼は、どんなふうに銃を撃つんだろう。
野外での雑魚寝に慣れていないせいで早く目が覚めた。見張りをしていたはずの尾形さんの姿が見えないのはトイレか何かのためだろうか。他のみんなはまだ眠っているようなので、起こさないように細心の注意を払って顔を洗いに近くの沢へ向かうことにした。朝はまだうっすら肌寒く、水が冷たい。
「おい」
「うわ、びっくりした」
「どこに行っていた」
「ご覧の通り、沢へ顔を洗いに……」
振り返るまでもなく不機嫌そうな尾形さんの声。声だけ聞けば素敵なのに、朝から聞いても一切爽やかな気分になれないのはなぜだろう。手ぬぐいで顔を拭った後、私は立ち上がって牛山さんたちのもとへ戻ろうとしたところにまた声をかけられた。
「……待て、戻るな。ついて来い」
「どこかへ行くんですか?」
「ヤマシギを撃ちに行く」
これは完全に、アシリパちゃんに撃てないと言われてムキになっている。波風を立てたくないので声には出さなかったが、それは一目瞭然だった。従う他ないので、私は彼の背を追うことにした。
「牛山さんたちから離れて大丈夫でしょうか?」
「お前の物音に杉元が気づいているはずだ。もう目を覚ますだろうから問題ない」
この会話を最後に、沈黙が続いた。気まずい。
しかし今日は珍しく尾形さんの方から口を開いた。
「なぜお前は囚人に引き取られた」
唐突だった。前も言ったじゃないか、と思いつつ“身寄りがないところを偶然拾われた”と同じ説明を繰り返す。しかし、やはりそういうことを聞きたかったわけではないようだ。
「それより前の部分を聞かせろ。何があったんだ」
「面白くもない話なので」
「……お前、何か重要なことを隠しているんじゃないか」
彼は歩みを止めてこちらを見下ろした。尾形さんはなにか私に思うところがあるのだろうか。私の過去に_正しくは“未来”に_気づいてしまったのだろうか。いつもは私のほうが彼を上から見る立場だからか、傾斜のせいとはいえ見下ろされるといつも以上に圧がかかる。内臓が震えるような気がした。
「そういうわけじゃ。……気が付いたら放り出されていただけです。これ以上聞かないでください」
私はそう言ってぎゅっと拳を握った。無計画で嘘をついてしまうと口裏合わせが面倒だ。事実、気が付いていたら放り出されていたのだから、間違ったことは言っていない。放り出されたのは家からではなく、元居た世界からだけれど。それに、暗い過去を匂わせれば追求して来ることもないだろうという思惑もあった。
案の定彼はそれ以上追求して来ることはなく、いつもの薄ら笑いを浮かべたあと先に進み始めたので私は胸をなでおろした。しかし他人の不穏な過去を覗き見て笑みを浮かべるとは、彼の情緒はどうなっているんだ?
少しして、ヤマシギを見つけたらしい彼は双眼鏡を降ろしすぐに銃を構えた。私はとにかく邪魔にならないようにじっとしながら彼を見つめた。正直、銃を構える彼は絵になる。こうやって見れば個性的ではあれど綺麗な顔立ちをしている。嫌味さえなければ結構かっこいいのに。
私がぼうっとしている間にたて続けに発射される銃弾。ばたばたと周りにいたヤマシギは飛んで行ってしまったようだが、確認したところ三羽のヤマシギを撃ち落としていた。なるほど、土方さんが用心棒として拾ってくるわけだ。
「すごい」
思わず声を出した私を、彼はチラリと見た。すると別の方向を指して、「見えるか?」と言った。逃げ損ねたのか、もしくは群れからはぐれたのか、遠くに一羽のヤマシギが見える。肉眼でもそこそこの大きさで見えるので、あまり離れてはいないようだ。
「見えます」
「撃ってみろ」と尾形さんが私に彼の銃を手渡してきた。手入れする時は部屋で一人になって長い間出てこないくらい大事にしているこれを持たせるのか。私は冷や汗が出るのを感じた。下手な扱いはできないし、なんなら手にするだけでも恐ろしい。
「さすがに……銃を触るのも半年ぶりくらいですし、使ってたものとも違う銃ですし」
「当ててみろ」
予備の銃弾を指に挟まないのも変な感じだし、何となく構えた感じが睦雄さんのものとは違うのも違和感がある。しかし作法は同じ、それに距離はそこまで離れていないのだから落ち着けば仕留められるはずだ。構えて撃とうとした瞬間にヤマシギは飛び立とうとして、私は思わず引き金を引いた。
「やった……?」
「いや、急所を外した」
「……!」
早くトドメを刺してやる必要がある。私は手にしていた銃を尾形さんに押し付けるように返して、駆け寄って最後の処理をした。私が未熟なために苦しませてしまったと思うと心苦しいが、息の根を止めることに慣れてしまった自分が恐ろしい。現代にいたころには想像もできない話だ。
「フン……戻るぞ。半分持て」
「わっ」
手渡されたもう1羽を持って、私は彼を追った。半年ぶりで動く鳥を当てただけでも良い方だとか、この距離なんだから急所に当てろとか、評価されないと今のがどうだったのか分からない。そわそわする私をよそに、特に何を言うわけでもなく元来た道を戻っていく。みんなの元へ戻った尾形さんはバサバサと鳥を落とし、牛山さん達に褒められて鼻の下を伸ばしていた。
「杉元は銃が下手くそだから妬ましいな!」
アシリパちゃんの言葉に、杉元さんは別にっと強がりながら羽をむしっている。尾形さんはフンッと鼻を鳴らしてふんぞり返った。
「夢山の方がよっぽどマシだな」
「夢山?」
「一羽は夢山がしとめた」
「そうだったのか!夢山もやるじゃないか」
褒められて「いやあ……」とぽりぽりと頭をかく私に、杉元さんは恨めしげな視線を送っていた。
アシリパちゃんはヤマシギをさばいたあと、脳みそを取り出した。杉元さんは美味しそうに食べているが、差し出された牛山さんは「食って良いものなのかい?」と遠回しに拒んでいる。しかしアシリパちゃんに献上されたものを食べないわけにはいかないと覚悟を決めたのか恐る恐る指で取って口に入れた。その様子を私は完全にひとごととして見ていたのだが、次にアシリパちゃんが照準を定めたのは私だった。
「次は夢山だっ」
アシリパちゃんは匙に脳みそをたっぷりと乗せて抵抗する私の口元に寄せた。じいっとこちらを期待のまなざしで見られては、私も食べないわけにはいかない。腹をくくった私は、ばくりと食いついた。独特の風味が鼻を抜ける。
「うん。良い食いっぷりだ」
アシリパちゃんは自動的に尾形さんをロックオンするわけだが、彼は「俺はいらん」とばっさりと否定してしまった。この男、子どもにも容赦がない。続いて私たちは「チタタプ」と言いながらヤマシギを刻むという料理の工程にうつったのだけれど、また彼はアシリパちゃんの指示に従わず黙って包丁で鳥を刻みアシリパちゃんに詰め寄られていた。
「おいしい……!」
「そうだろうそうだろう!」
チタタプして作ったオハウはとても美味しかった。素直に口に出せば、アシリパちゃんは満足げに笑う。かなり聡明な子だけれど、笑顔はまだまだ可愛らしい。話は「ヤマシギの恋占い」に移行し、牛山さんと杉元さんはきらきらと目を輝かせながら彼女の話を聞いていた。
次の日、お昼ご飯を食べているときふとアシリパちゃんが「夢山は綺麗好きなんだな」と話し出した。
「そう?」
「匂いがしないと思っていたが、昨日お湯をもらいに来て納得がいった。こまめに体を拭いているんだろう」
私は昨日、料理の時にアシリパちゃんが沸かすお湯を分けてもらって、体を拭いたり、蒸しタオルとして頭に巻いて皮脂汚れを落とした。こちらの時代では風呂は毎日入ることのできるものでもないようだし、そもそも移動中なのだから無理があると分かっているのだけれど、やはり少し気持ち悪かったからせめて拭くくらいはしたかったのだ。土方さんの隠れ家には、古いものだがお風呂があって入ることができたからなおさらだ。月形についてからはばたばたするだろうと予想がついていたので、今のうちに綺麗にしておこうという思いもあったが。
「杉元も見習った方が良いぞ」
「なっ..やっぱり匂う?」
杉元さんはすんすんと自分の体を匂った。匂うの?そんなに匂うの?と語りかける杉元さんを無視してアシリパちゃんは私に話しかけた。
「それに、夢山は恥ずかしがり屋だな。隠れてコソコソ体を拭く」
「え...コソコソしてた?」
「してた。すごく遠くまで行って体を拭いてただろう」
それは勿論刺青が入っているからなのだが、今この子に刺青のことを知られていいのか私だけでは判断しかねるし、そもそも私は女だから...とも口には出せず脳内で返事をした。
「杉元さんの体を見慣れてるアシリパちゃんにはとても見せられないから」
「そんなことか。私は気にしないぞ!たしかに、夢山は少し線が細いかもしれないが……」
次はどうかわそうかと考えを巡らせている最中、尾形さんが「見れたもんじゃないぞ。察してやれ」と横槍を入れてきた。私の刺青の件を知っている彼なりの助け舟であると思って良いのだろうが、言い方が気に入らなかった私は少し言い返してしまった。
「な...そんなふうに言われるほどではないですよ!見たことないでしょうが」
「この前風呂用の薪を運びながらフラフラしていた。あんなものも運べない男の体なんぞ目も当てられないに決まっている」
「な……そもそも見てたなら助けてください」
「まあまあお二人さん、喧嘩してないで食えよ」
牛山さんはやれやれといったようにこちらを見ている。私はムキになっては思うつぼだと深呼吸をした。彼はその横でいつものように髪を撫でつけていた。