いかりまんじゅう


先日のダンデさんとの邂逅から一週間。あれからお昼休憩にはあの公園のベンチに行くようにしているが残念ながら再会することは出来ていない。
正直、ダンデさんほど名の知れた方と個人的に会うというイベントは緊張で胃が引きちぎれそうなくらい憂鬱な事なのだが、あの日私のエテボースのせいで悪い噂が流れてしまったことについて謝罪しないと困った事に私が心穏やかに生活を営むことが出来ない。

「…!もしかして、会いたくない程お怒りなのかも知れない…。どうする、エテボース」
「エイポー?」
「かわいいね」

何の話とばかりにつぶらな瞳で首を傾げるエテボースに思わず口説いてしまう。いやそうじゃなくて。
もしあちらの意思で来られないということであれば謝罪の差し入れという形でバトルタワーにお邪魔してスタッフの方に渡しとけばいいか、とその時の私はお酒が入った頭で判断してしまったのだ。

****

「申し訳ございません。ファンの方からのプレゼントは禁止となっておりまして」
「あっ、そうですよね。すいませんでした」
「いえいえ。バトルタワーへの挑戦ならいつでもお待ちしておりますので」
「あはは…」

何故バトルタワーに行けばいいやなどと馬鹿な事を考えたのか昨夜の私に問い正したい。普通に考えて差し入れなど防犯上、しかも食べ物は特に受け取って貰えるわけが無いだろう。許可を出した日にはダンデさんがファンからのプレゼントで埋もれ、さらには熱狂的なファンの血肉(言葉そのままの意)を食す事になるぞ。
プレゼントを渡せないからと言って、バトルもロクに出来ない私はタワーに挑戦することも出来ない。幸いお詫びとして渡そうとしていたいかりまんじゅうは賞味期限も長いので今日の所は諦めて、あの公園でいつか再会出来ることを願おう。それまでは元気でいてね、私の胃。

エントランスには大きなテレビが設置されていてそこではどうやら現在のバトルの様子が映し出されているようだ。終盤のようで、丁度ダンデさんがバトルをしている。
ダンデさんのリザードンがキョダイマックスし、挑戦者のミミッキュを倒す。次に繰り出されたカバルドンもダイソウゲンの一撃で倒れてしまった。押されていたダンデさんの逆転勝利だ。ほのおタイプのポケモンってくさタイプの技を覚るのか、すごいな。試合が終わりダンデさんが挑戦者を激励しているのが映し出される。
ガラルでの同僚に聞いた話だが、段位戦でボロ負けしてしまってもこのダンデさんによる激励のおかげで気が付いたら再び挑戦しているというトレーナーが多いらしい。

バトルが終わったことによってテレビの周りに集まっていた見物人も散っていく。さて、私もそろそろここを出てショッピングでもして帰ろうかな。せっかくの休日だしタクシーを使ってターフタウンまで行って自然の中でエテボースと遊ぶのもいいかも。そうと決まればアプリでタクシーを呼んで…。

「あ、キミ!エテボースの!」
「えっ」

スマホから顔を上げるとエレベーターから降りてきたオーナー服姿のダンデさんの姿が。

「ダンデさん、バトルお疲れ様でした。リザードンかっこよかったです」
「見ていてくれたのか?サンキュー!リザードンも喜んでいるぜ。もしかしてバトルしに来たのか?」

目を輝かせて問いかけてくるダンデさん。本当にバトルが好きなんだなあ。

「残念ながらバトルは不得意で…。今日は先日の件でお詫びに来まして」
「お詫び?何かあったか?そうだ、場所を変えよう」
「は、はい」

今しがた出て来たエレベーターに再び乗り込むダンデさんに続いてエレベーターに乗り込む。シュートの高い建物には慣れているつもりだがタワーとなると桁違いの高さをかなりのスピードでグングン登っていくので少し怖くなる。

「オレは方向音痴で縦に移動するだけのタワーは数字を覚えるだけでいいから楽なんだ」
「あ、聞いたことがあります。エンジンシティに向かったはずがキルクスタウンで目撃されたって」
「ははは!恥ずかしい限りだ」

目的のフロアに着いたとアナウンスが入る。ドアが開いた先には大きい両開きの重厚な扉が佇んでいる。慣れた手付きでカードキーを翳しダンデさんが扉を開けてくれる。

「ここはオレの執務室なんだ。ほぼ一日ここで過ごすこともあるんだぜ」
「えっ何故私をここに」
「気心知れた人はここに招くことも多い」
「はぁ…」

気心知れた人…?私はそこまでの関係になった覚えは無いのだがいつの間にそんな認識をして貰えたのだろうか。

「ソファに掛けていてくれ。お茶を淹れてくる」
「いえ、すぐに帰りますので!」
「今日はもう暇なんだ。話し相手になってくれないか?」
「は、はあ。わかりまし、た?」
「はは、何故疑問系なんだ」

意外と手際よくお茶の支度をしてくれるダンデさん。さすがアフタヌーンティーが栄えているガラル地方で生まれ育った男性だ。お茶を前のテーブルに出され、向かい側にダンデさんが座る。

「さて、お詫びとの事だったが何かあっただろうか」
「あ、そ、その。先日エテボースの所為で怪我をさせてしまった事と、その怪我が原因で良くない噂が流れてしまった事についてお詫び致します。申し訳ありませんでした」
「そんな、怪我についてはあの場で済ませたし、噂なんて放っておけば良いんだ。気に病まないでくれ」
「いえ、そういう訳には…。私の心の平穏の為にもどうか。あ、宜しければこちらもお受け取りください」

持参していた紙袋から包装された箱を手渡す。

「ん?開けてもいいだろうか」
「どうぞ…」

ダンデさんがペリペリと包装紙を開けていく。丁寧な手付きでたったこれだけの動作でも品があるように見える。これが長年ガラルのトップに立っていた男なのか…。

「ん?これは色違いのギャラドスか?すまない、なんて書いてあるのだろうか」
「あ、これは私の出身の街のお土産でいかりまんじゅうというお饅頭です。餡子が中に入っている甘味ですね。ジョウトでは結構有名で、ポケモンも食べられるので人気なんです。私のエテボースも」
「おお!これがオマンジュウなのか!聞いたことがある」
「日持ちもしますし是非召し上がってください」
「早速頂こう!」

ワクワクした表情で個包装になっているビニール袋を開け、恐る恐る口にするダンデさん。他の地方の方は中の餡子が苦手な方も多いと聞くがどうだろうか…。

「ん!中のアンコがほんのり甘く、皮もふわふわでうまいな」
「本当ですか?お口にあって良かったです」
「リザードンも食べられるだろうか」
「甘いものが大丈夫な子であれば問題ないかと」
「よし、おいでリザードン。キミもエテボースを出すといい」

ばぎゅあと元気よくボールから出てきたリザードンに早速お饅頭を食べさせるダンデさん。エテボースを出すか迷っているとダンデさんに視線で促される。…なんだかこうしてノーとは言わせない圧を感じる事が多々ある。

「エテボース」
「エイポー!エイッ!エイッポー!」
「あ、こら!」

テーブルの上のいかりまんじゅうを目にした途端箱から一つ掴み壁沿いの棚を二本の尻尾で登っていく。

「ははは!相変わらず元気だな。よっぽどお腹が空いているのか?」
「すいません!あの子、昔からいかりまんじゅうが大好物で。お陰で太り気味なんですよね、特にガラルに来てからはあまり外にも出せないので…」
「構わないぜ。そうだな、ガラルの人たちは良い意味でも悪い意味でも行動的だからな…。そうだ、今度オススメのダイエットフードを紹介しよう」
「わ、ありがとうございます」

今度とは言うものの社交辞令だろうと雰囲気で流す。それにしてもエテボースのメタボ化はなんとか食い止めなければならない。

「そういえば、ダンデさんって」
『緊急の電話ロト〜すぐ出るロト〜!』
「すまない」
「いえいえ」

ロトムに急かされ緊急の電話に対応するダンデさん。謝罪も出来たし渡すものは渡せたので私のここ数日悩まされていた目標は全て達成された。おそらくダンデさんも仕事に戻るだろうしお暇させてもらう準備をする。

「すまない、チャレンジャーとしてユウリくんが来たらしくこれから向かわなければならないんだ。良かったらここで待っているか?」
「あ、いえ、ダンデさんとお話できましたし今日は帰りますね。色々とありがとうございました」
「そうか、わかった。なあよかったら、」
『オーナー!間も無くです!』
「わかった!すぐに行こう!………これを」
「?」
「プライベートのものだ、失くさないでくれよ?」
「えっ」
「じゃあ行ってくる!」
「い、いってらっしゃい、です…」

バタンと大きな音を立てて閉まった扉を呆然と眺める。去り際に渡されたカード二枚を確認する。
一枚はサイン入りのレアリーグカード、もう一枚は…。

「め、名刺だ…」

リーグ委員長兼タワーオーナーという肩書きに見合った質の高い紙にリーグロゴが箔押しされた名刺に走り書きで番号と文字の羅列が書かれている。もしかしなくても電話番号とメールアドレスだろう。プライベートのものだと言っていたし。

「な、なんでこれを私に…」
「エイポー?」

カードを見たまま固まる私を不思議に思ったのか肩に乗って手元を覗き込むエテボース。うっ重い。
エテボースをボールに戻し、荷物を片付け部屋を後にする。オートロックがかかる音を聞きエレベーターに乗り込み、すごいスピードで地上まで降りていく階数表示を見つめる。…重力のせいではない胃の重さを感じる。
頭の中はハテナで埋め尽くされたままダンデさんのプライベート番号という機密事項の入った鞄を今までに無いくらい大事に抱え込みタワーを出る。本当になんで渡されたのかは分からないがひとまず連絡はやめておこう。うん、これ以上ダンデさんと関わると大変な事になる予感がする。
帰宅したらすぐに貴重品を入れている鍵付きの引き出しに仕舞い込むと決め、私の平穏を返してと嘆きながらトボトボと帰路に着くのであった。


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