焦がれるリゾルート


※現パロ注意



ホームルームが終わり皆が受験勉強のため塾やらなんやらで帰宅していく中、推薦で既に志望校へ受かっている私は一人図書室へ向かう。特に図書委員とかそういう事ではない。この学校の図書室は時間を潰すのに丁度いい場所なのだ。

本当の目的は音楽室。でもそれはもう少し時間が経ってから、空が赤くなり始めた頃にならないとダメなのだ。それまでは長編の物語を読むに限る。海外特有の壮大な物語の世界に暫く入り込んでいると下の階の音楽室からようやくピアノが聞こえ始めた。今すぐにでも音楽室へ向かいたいところだがもう少しだけ、と本は開いたまま目を閉じ微かに聞こえる音に耳を澄ます。うん、今日もウットリしてしまう。

そろそろ行かないと寂しい思いをさせちゃう。本を棚に戻し鞄を手に取り、ブレザーのポケットに入れていた鏡で軽く身嗜みを整える。前髪オッケー、リップオッケー。よし。

「せーんせ!」

ガラガラ、と大きな音を立てて音楽室のドアを開ける。一瞬ピアノが止まるが私だと分かるとすぐに続きを奏で始める。

「今日は…ドビュッシーですね!」
「ショパンだぜ」

そうだそうだ、この音が多く楽しそうな曲はショパンだ。うーん、最近毎日の様に音楽室に通っているとはいえ、音楽とは無縁な生活を送ってきた私には曲の違いがイマイチ分からない。

今ピアノを弾いているのはダンデ先生で、外国人の方だ。日本人の血は一滴も入ってないと言っていた。お父様が世界でも有名な音楽家の方だそうで、コンサートの際に一緒に来日したお母様が日本を大層気に入りこっちに移住を決めたらしい。ダンデ先生もお父様の血を継ぎ日本で一番と言われる音大を卒業し、いざ留学というタイミングで残念ながら手を怪我してしまい今の教職の道を選んだそうだ。
この話を聞いた時、平凡な人生を順調に歩んでいる私には遠い世界の話すぎて隅々まで理解することは出来なかった。でも余りにも普通に話している先生がなんだか苦しそうに見えて、不思議と涙が溢れてしまって先生に笑われてしまった。

その時からふと考える事がある。もし先生が手を怪我しなかったら。私は先生に会うことは無かったし、ピアノに興味を持つ事も無かった。今でさえ手を怪我しているなんて思わせない演奏をする先生の事だ。きっとお父様と同じく世界を飛び回る音楽家になっていただろう。…そうならなくて良かった、なんて。

楽しそうにピアノを弾く先生の側でこんなドロドロとした感情を抱えているのが申し訳なくなってしまい、壁に飾られている作曲家達の肖像画を眺める。何度も何度も見ているので顔と名前は一致するが、未だにどの曲を作ったかまでは繋げて覚えられない。

先生のピアノを聞きながら端から順番に眺めていると私の時と同じように大きな音を立ててドアが開く。どうやら吹奏楽部の人たちが先生にアドバイスを求めに来た様だ。
ここの学校はあまり規模の大きい学校では無いため音楽の詳しい知識を持っているのはダンデ先生だけで、実は吹奏楽部の顧問兼指揮者を担当しているのだ。先生が赴任し担当する様になってからは賞を獲ることも増えたらしい。勿論市のホールで開催される定期演奏会にはダンデ先生の燕尾服を拝むため毎回参加させて貰っている。

実際指導した方が早いと判断したのかやって来た吹奏楽部の人たちと一緒に先生が音楽室を出て行く。あーあ、私も吹奏楽部に入ってれば良かったなあ、なーんて。

今まで先生が座っていたピアノの椅子に座る。先生の体温が残っていてなんだか少し照れてしまう。小さい頃にお母さんにピアノ教室に通うか聞かれた時になんで私は嫌だって言っちゃったんだろう。そうすれば、もっと先生を楽しませられる会話が出来たのに。目の前に置いてある楽譜も複雑な音符が並び、合唱コンクールの時くらいしか楽譜を見ない私なんかにはチンプンカンプンだ。

ポーンと鍵盤の一つを押してみる。先生が小まめに調律しているので狂いは無いのだろう。クラスにいる吹奏楽部の人が先生は絶対音感を持っていると噂していたっけな。ダンデ先生は一体どんな音を聞きながら生活しているのだろうか。

小学生の時に音楽の授業で吹いたピアニカをふと思い出し、記憶をたぐり寄せ辿々しく指を動かしてみる。

「ね、こ、ふん、じゃ、た、ね、こ、ふん、じゃ、た…えーっと、」
「次はこうだぜ」
「えっ」

いつの間にか後ろに立っていたダンデ先生が後ろから腕を伸ばし続きを弾いていく。予期せず先生の両腕の間に挟まれる事になり心臓がバクバクと激しく脈打ち出す。

「…こんなもんだな。分かったか?」
「は、はい…」

嘘だ。こんなほぼ抱え込まれてると言ってもいい体勢で先生の指の動きなんか覚えられる訳がない。すぐ側に感じる先生の体温と息遣いと、ワイシャツを腕まくりし、私とは違う褐色の男性らしい血管の浮いた腕を見るので精一杯だ。

「じゃあ弾いてみるといい」
「……」

ふふ、と笑いながら肩に手を置かれ促される。せ、先生が私に触ってくれた…。私が緊張のあまり小刻みに震えているのを何か勘違いしたのかポンポンと肩を叩かれ、目の前に広がっていた楽譜を閉じていく。あれ…。

「今日は終わりだ。キミも暗くなる前に帰るといい」
「え…、今日は早いんですね」

壁の時計を慌てて見るもいつもならまだ先生がピアノを弾いている時間だ。

「これから各楽器を指導してくる。放置しすぎだと怒られてしまった」
「……そうですか」

さっき来ていた吹奏楽部の人たちが音楽室を出ていく時にチラリと私を見て行ったのには気付いていた。生徒に人気のある先生の事だ、何も音楽に関係の無い生徒が一緒にいるのが気に食わないんだろう。

「…先生」

楽譜を教室の後ろの棚にしまっていた先生に声をかける。

「なんだ?」
「あの、これ」

床に置いていたスクールバッグから楽譜を取り出し先生に向かって見せる。

「これ、モーツァルトの二台のピアノのためのソナタ」
「……」
「私、これ練習するんで、卒業までに絶対弾ける様になるんで、そしたら、」

一緒に弾いてくれますか、と思ったよりも弱々しい声が部屋に響く。言ってしまった。緊張と後悔と期待で手足が震えまくっている。

「キミが?出来るのか?受験が終わったとはいえもう三ヶ月ないんだぜ?」
「分かってます!」
「さっきのを見る限り、出来るとは思えないな」
「…やってみせます」
「……。オレは吹奏楽部の指導で手一杯だ」
「はい。弾ける様になるまでここには来ません」

重い沈黙が体感で数分続き、長く張り詰めた空気が先生のため息で緩む。

「まったく、キミは本当突拍子もないことを言い出す」
「……」
「分かったぜ。弾ける様になったらここへ来るんだ。オレはこれから放課後、ここでキミを待つ事にする」
「っ!」
「だから」

言葉を止めた先生が私の前までやって来て耳元に顔を寄せてくる。

「オレは待つのが嫌いなんだ。早く来てくれよ?」

キミが来ないとつまらないんだと親指で頬をスルリと撫で離れていく。そしてそのまま施錠はしなくていいと言い残して音楽室を出て行ってしまった。

至近距離で攻撃を喰らってしまった私はヘナヘナとその場に座り込んでしまう。あ、あんなのは反則だ。

いち早くピアノの練習に入りたいが心臓の高まりは治まる事なく、顔も沸騰しそうなくらい熱く真っ赤なのでもう暫くだけ、とその場で三角座りをし頭を腕に埋める。

─待っててね、先生。すぐに弾ける様になって帰ってくるから。





(これから地獄のピアノの猛練習が始まるわけですが実際このピアノソナタって初心者だとどれくらいで弾ける様になるんですかね…。作者が初心者すぎて全く分かりません。この子はこれからピアノを弾ける同級生に頼み込みレッスンして貰うんですがそれがホップくんというオチですね。ホップくんはバイオリン専攻で音大に既に受かってるってことで。ちなみにこの子はダンデ先生とホップくんが兄弟だということは知らないです。ダンデ先生は勿論この子の事が好きなので(幸せなハピエン脳)ホップくんにはオレのものだとよく釘を刺してからレッスンをさせています。(自分に頼らないならホップに頼むだろうと予想していた)(頼んだぜホップ!))

(この子も勿論先生のことが好きなのですが、歳の差もあるしピアノソナタを一緒に弾く事がゴールで思いを告げるつもりは一切ありません。(音楽が出来る人は一緒に演奏する事がえちちよりも気持ちがいいと思ってるタイプ)弾けたとしても満足し身を引く、弾けなかったとしてももう会わずに身を引く。うーんすれ違い美味しい(^。^))

(そっからは全私が大好きなダンデ先生のターンですね。卒業までに弾けた場合は卒業式に、弾けなかった場合は大学まで押しかけて意地でも手に入れるんです。彼は昔から欲しかったもの(海外で父親以上に名を馳せる事)を諦めざるを得なかった事が悔しくて堪らないのでね。自分の努力で手に入るものは全て手に入れます)




Risoluto : リゾルート ─ 決然と。


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