01

 ふと目が覚める。此処は一体何処だろうか。ハッキリしない記憶を必死に手繰り寄せ、最後に見たものを順に思い出して行く。
 いつも通り朝起きて、身支度を整えて、お母さんの作ってくれた朝ごはんを食べて、家を出て。そうだ。いつも通り電車に乗って、暫く経った所でいつもとは違う大きな揺れを感じて。地震かと思った次の瞬間には一瞬青空が見えて。そこから今に至るまでの記憶がない。
 車両から投げ出されたままなのだろうか。それにしては身体は何処も痛くないし、そもそも線路近辺にこんな薄暗い森は無かったはずだ。なら此処は死後の世界なのか。あーあ、まだまだやりたい事があったのに。

 暫く只々空を見上げる。空といってもなんだか薄暗く、淡く霞み、ほわほわとした光る何かが飛んでいる。ファンシーな様で何処となく怖い雰囲気。ダークメルヘンというやつだろうか。
 このままではいけない。何処かへ移動して、誰か他に人が居ないか確認しなければ。そう思い立ちあがろうとするが、思ったように力が入らない。入らないというか入れる場所が無い。
 力を入れれば入れるほど身体全体がモゾモゾと蠢き、少しだけ移動する。もしかして今の私は首だけしか存在していないのかもしれない。唯一自由に動かせそうな目だけを頼りに首から下の身体を確認しようとする。

 あれ、本当に無くない?

 逆になんで私はこんな状態で生きているのか。そっちの疑問が浮かび始めた時、遠くから誰かの足音が近付いて来た。よかった、これで助かったと思うと同時に、このままでは発見者に盛大なトラウマを与えてしまうと焦りが出る。まあ動けないので私にはどうしようも無いのだが。
 哀れな第一発見者、貴方のトラウマ掻っ攫っていきますと覚悟を決めた時、遂にすぐ近くの草を踏む音が鳴る。

「っ!大丈夫か!?」

 おお、叫ばずに此方に走ってくるなんてすごい人だ。そうノー天気な事を考えていると持ち上げられる感覚。……え、持ち上げる?発見してすぐに戸惑いなく人の首を持ち上げるなんて、コイツ本当に人間か?

「大変だ、もう余り意識が……。早くポケモンセンターに!」

 いや、さっき目覚めた所で意識バリバリありますけど。と言いたい所だが思ったように口を開くことは出来ない。
 というかコイツ今からポケモンセンターって何しに行くのだろう。人の首を持ってお買い物は流石に悪趣味すぎないか。

「頼むぜリザードン!」
「ばぎゅ!」

 え、リザードンって、と現状を飲み込め無い間にあれよあれよと空を飛び、いつの間にか私はピンク髪のお姉さんに診られていました。


****


「お待たせしました」
「ありがとう!それで……」

 私の上で言葉を交わす、さっきまで私を診てくれていたピンク髪のお姉さんと私を助けてくれた紫髪の男の子。私はその二人を瓶の中から見ている。ホルマリン漬けにされた、という訳では無い。

 察するに私はどうやらポケモンに生まれ変わったらしい。信じられないが。

 さっきまでお姉さんと一緒に私を処置をしてくれたのはハピナス。つまりお姉さんはジョーイさんなのだろう。ガチのポケモンセンターだ。
 ハピナス様にたまごを分けて頂いたお陰で大分気分を落ち着けることができました。ありがとうございます。大変ハッピーです。

 鏡を見た訳ではないので私が何のポケモンになっているのかイマイチ分からないが、形状的にメタモンとかヌメラっぽい。少しだけとろみのついた液体に近いスライムみたいな感じ。ジョーイさん曰く何やら本体?住処?が無いらしい。
 それで一旦の仮住まいとして提供されたのがこの瓶という訳だ。どうやって住処を探したら良いんだろうか。

「此方としてはこれが精一杯でして……」
「成る程。……分かった!キミはオレが引き取ろう!」

 ジョーイさんと話していた男の子がニュッと瓶を覗き込んでくる。笑顔なのに爛々とした黄色い目がなんだか怖い。あ、でも引き取ってくれるって事は私のトレーナーになってくれるのか。ポケモンとして野生で生きていける自信が無かったのでありがたい。
 愛想良くしとこうと精一杯ニコッと笑っておく。……笑えてるよね?

「この子も喜んでるみたいですね。流石はガラルチャンピオン」
「はは、そうだろうか!そうだと嬉しいぜ」

 よろしくな、と瓶を指で撫でてくるので顔を寄せる。男の子も満足気に健康そうな歯を見せて笑ってくれた。なんだか既視感がある。
 それはそうとジョーイさんは今、この男の子に向かってガラルチャンピオンって言わなかっただろうか。ガラルチャンピオンってもしかしなくてもガラル地方のチャンピオンって事だろうか。

「ではダンデさま、また何かお困りごとがありましたらいつでもおいでください」
「ああ!よろしく頼む!」

 行こう!と私の入った瓶を抱えて足早に建物を出る男の子。ジョーイさん、ダンデさまって言ってた。
 ガラルチャンピオン、ダンデ。ここから連想されるのはやっぱり、あのダンデしかない。主人公のライバルの一人であるホップくんの兄にして、無敵のチャンピオン。ゆくゆくはリーグ委員長とバトルタワー運営を兼任する、あのダンデ。
 ああ、さっきの笑顔で既視感を覚えたのはホップくんを思い出したのか。

「リザードン!」
「ばぎゅあ」

 外で待っていたリザードンにダンデが駆け寄る。リザードンは心配してくれていた様で瓶を覗き込んで来た。大きくて怖いけど、少年心を擽るカッコよさだ。

『間に合ってよかった』
「!」

 今のは、と驚いて瓶から頭を出す。そんな私にリザードンもダンデも驚いた様子だ。いやだって、今話したのって。

「どうかしたのか?」
『大丈夫か?』

 や、やっぱり。私の頭をたぷたぷとつつくダンデとは違う声。間違いなく目の前のリザードンから聞こえた言葉。
 なんでもないと首を振り、大人しく瓶の中に引きこもる。瓶は透明なので外からは丸見えだけど。
 そうか、本当に。本当に私は。

『私はポケモンなんだ』
『何当たり前のこと言ってるんだ?』
「とりあえず今日は家に戻ろうか」
『了解!』

 羽を広げて大きく鳴くリザードン。ただそれだけなのに、その『言葉』が分かるのは、会話が出来るのは、ポケモン同士だから。
 これからの不安に少しだけ、一人瓶の中で涙が溢れた。

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