02

 と、まあ悲観した始まりだったけれど、ポケモン第一で生きているダンデの元での生活は、それはそれは快適な日々を送っている。
 リザードン先輩は何かと世話を焼いてくれるし、ダンデも私の新しい住処として色んなティーカップを提供してくれる。

 私はヤバチャというポケモンで、ルミナスメイズの森で暮らしていた、らしい。産まれたてで周りのポケモンたちと馴染めずに住処であったティーカップを壊され奪われ、ダンデが見つけた時には虫の息だった、らしい。
 この家に連れてこられて改めて話された内容だったが、正直「へぇ〜」以外の感想が思い付かなかった。リザードン先輩は大丈夫かコイツという様な目で見てきたが、仕方がないだろう。そんな悲劇の記憶は一切無く、ごくごく一般的な人間の生活を営んでいた記憶しかないのだから。

 産まれた頃から一緒のカップが無くなったからか、私はあまり一つの住処に固執する事もなく、ただぷかぷか浮いているだけの時もある。無重力空間の様に自由に動けるのは疲れるけど楽しい。
 時々リザードン先輩に突撃するが難なくかわされて、逆に鋭い爪で私の渦巻きをグルグル掻き回してくる。さすがあのダンデのパートナーだ。適応能力が余りにも高い。

 そんな日々を楽しく過ごしている私にも嫌なものがある。バトルだ。
 弱冠十歳にしてガラルの頂点に立ち、未だに公式戦交えても負けなしのポケモントレーナー・ダンデ。彼は常に強さを探求し、ポケモンの育成にかなりの時間を割いている。
 勿論その中には、最近新しく加わった私の育成も組み込まれている訳で。

「ヤバチャ、レコードを使ってみるか?そしたらバトルが楽しくなるかもしれない!」
「ヤ〜バチャ」

 嫌々と首を振る。私はバトルはしたくない。というか絶対向いてない。自分が炎やら水やら雷やらの技を受けるのは嫌だ。絶対痛いし何より怖い。早く私の育成を諦めて欲しいのだが、ダンデは毎回あの手この手でバトルの練習をさせようとしてくる。
 今回は目の前にずらっとレコードが並べられている。それなりの強いワザを繰り出せたらバトルが楽しく感じるとでも思ったのだろう。
 かつて一回切りしか使えないからと、大事に大事に使っていたトレーナーの頃の淡い記憶が蘇る。ゲームの話だけどね。そんな貴重なものをコイツは……。

 やる気ありませーんをアピールする様に、今日の住処である瓶に入ったまま地面をコロコロ転がる。困った顔をしているダンデには悪いが人間に向き不向きがある様に、ポケモンにだって向き不向きがあるのだ。分かってくれ。

 さっきまで特訓していたキバゴがなんだなんだと近付いてきた。キミはあのオノノクスちゃんさんになるのかな。

『またやってるの?』
『うん。バトル嫌いだもん』
『楽しいよ?』

 それに終わったら褒めてくれるしとニコニコしているキバゴ。確かにやり遂げたら盛大に褒めてくれるのはポケモン名理に尽きるというか、最高に嬉しい事だろう。
 だが、そこに至るまでの過程が私には耐えられないのだ。天秤にかけたら無理をした後に褒められるよりサボる方がどうしても重くなってしまう。
 ダンデの飴と鞭の育成方法は、ポケモン達のやる気の上げ方を分かり尽くしている。この一言に限る。ただ、私みたいな人間の記憶があるポケモンには向いてないのだ。そんなレアケースもある。早く分かってくれダンデ。

 今日は諦めてくれたのか別のポケモンの特訓を始めた。その調子だ、一生諦めてくれ。
 よいしょと起き上がると今度はギルガルドさんが近付いてきた。

『お前、いつになったら真面目にバトルするんだ』
『私はバトルが苦手です』
『そうやって決めつけて、マスターを困らせるのもいい加減にしろ』

 紫の宝石の様な目をギラリと光らせながらすーっと離れていくギルガルドさん。こ、こわい。
 マスター、つまりダンデ第一主義のギルガルドさんは、ダンデの言うことを聞かない私の事を大層お嫌いな様でこうして度々ご指導を頂く。一度精一杯のおどろかすを使ってみたが倍以上にして返され瀕死にさせられた。死んだと思った。
 ダンデに怒られているのを見てザマァとか思ってませんよ。

『こわーい。ヤバちゃん気をつけなよ』
『はーい』
『私ご主人にご褒美もらってこよ!』

 楽しそうなキバゴをいってらっしゃいと見送る。

 ポケモンになって、彼らの言葉を理解する様になって分かったことがある。ポケモンたちからのトレーナーに対する呼び方だ。
 大体のポケモンは『ご主人』呼びが基本で、仲のいいトレーナーとポケモンたちなら名前呼びの事も多い。
 ダンデのポケモンも最初のパートナーであるリザードン先輩は『ダンデ』呼びだし、ギルガルドさんはちょっと特殊で『マスター』呼び。他は『ご主人』かな。
 私はリザードン先輩に釣られて、というかダンデと認識した時から『ダンデ』と呼んでいた。その事もギルガルドさんは腹立たしいらしい。こわいこわい。

 今日の特訓は終わりらしくみんなボールに戻されていく。私を除いて。
 実は未だにボールに入れられていない私は、正確に言うとダンデのポケモンでは無い。別に普通に捕まえてもらって構わないのだけれど、こうして言うことを聞かずバトルを嫌がるのでダンデの事を嫌っていると思われているらしい。むしろ逆なんだけどな。

「さ、オボンの実だぜ。今日もお疲れ様だ!」
「ヤバ〜!」

 今日も今日とて何もしてないけどありがたくご褒美きのみを食べる。ポケモンフードも美味しいけどどうしても見た目にちょっとだけ抵抗があるので、きのみを食べる瞬間が本当に幸せだ。
 ダンデのすぐ側を漂いながらむしゃむしゃと食べる。本当バトルが無ければ最高な生活なんだけどな〜。

「キミはいつになったら懐いてくれるんだろうな」
「バチャ?」

 何か小声で呟いたのを聞き返すと、なんでもないぜと笑いながらまた新しいティーカップを出してくれる。今日のはクリーム色の陶磁器に紫色で繊細な模様が描かれた物だ。縁取っているゴールドが高そう。もうそろそろ食器棚の扉一枚分はカップで埋まるんじゃ無いだろうか。
 こんなに要らないというの必死に伝えても何故か全く通じないので諦めてしまった。

 ドラメシヤ達に自慢しに行こうとカップに入り直ぐにその場を離れた私は、その場に残されたダンデがどんな表情をしているのかなんて全く知らなかった。

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