ぺろぺろ
──ぴちゃぴちゃ。
先程からこの部屋に鳴り響く音。それは大好きな私の恋人の肌に舌を這わす音。
……私のイーブイがね。
私のパートナーであり家族であるイーブイは人懐っこく甘えん坊でやんちゃな性格をしている。初めて会った人物でも害が無いと判断すればすぐに寄って行ってしまう。そしていつの間にか遊んで遊んでと肌が露出している場所をとにかく舐め回しアピールする様になってしまった。
「イーブイ!だめでしょ!」
「イブ?……ぴちゃぴちゃ」
「ちょっと」
呼んだ?とキッチンに居る私に数秒間視線を向け、何もないのかとすぐにダンデくんの肌を舐める作業に戻る。初めは私と一緒にダメだと拒否してくれていたダンデくんもすっかり慣れてしまって(諦めてしまって?)、今も舐め回されながら普通にスマホを触っている。
恋人と自分のポケモンが戯れている。この光景については別に微笑ましいし嬉しくも感じるのだ。問題は。
私が嫉妬してしまうのだ。イーブイに。
私だって大好きなダンデくんを舐めたいし舐め回したいし出来る事なら常に触っていたい。ジョリジョリとしたお髭の生えている顎とか、世の男性が羨むほど筋肉のついた肢体、特に上腕二頭筋や大腿四頭筋とか。あ、血管の浮いた手の甲と節くれだったら太い指も欠かせないよね。
でもそれは出来ないのだ。何故かって、それは。
「ぐっ」
「やめてくれないか」
「うぅ…」
イーブイが舐めているのとは反対側にそろりそろりと近付き、長くない舌を必死に伸ばしあと少しで腕に触れるというところで両頬をむにゅっと掴まれ止められる。
それも悲しいかな、迷惑そうに。
そう。タイミングを計らいイケると判断した時にダンデくん舐め舐めチャレンジを行うのだが、毎回寸前で躱されるか今回のように物理的に止められてしまうのだ。悲しい。
「らってわはしほいーふい」
「言葉を話してくれないか」
「………」
ダンデくんが離してくれないからじゃんと心の中でムッとしつつ、未だに頬を掴んでいる手を離してとトントンと叩く。手が離れた頬が少しジンとする。
「……私だってイーブイみたいにダンデくんを舐めたい」
チラリと私の反対側で我関せずとダンデくんを舐め続けているイーブイに目をやる。うぅ、羨ましい。
ジトっと見続けているとダンデくんから溜息が聞こえる。
「まったく、キミは……。どうして毎回そこまでイーブイと張り合うんだ」
「………ダンデくんが好きだから?」
「なんで疑問系なんだ。それにイーブイはオスだろう」
「っ性別なんか今時関係ないんだよ!」
思わず声を張り上げてしまう。長年ガラルの顔を務めているダンデくんは、女性は言うまでもないが男性にだってモテモテなのだ。勿論ソーユー意味で。
どうしてローズさんはこういうデリケートな話題についてノータッチの教育方針だったのか小一時間問い詰めたくなる。
「そもそもイーブイは人間じゃ無い」
「……」
でも昔はポケモンと人間は結婚だってしてたんだよ。というのは随分前に伝えたし、それは昔の話でオレにとってポケモンは恋愛対象じゃないと冷静に論破され済みです。
「ほら、洗い物してくれてたんだろう。手伝った方がいいか?」
「ううん、大丈夫!」
またリベンジするからねと伝えてキッチンへ戻る。と言っても、全部濯ぎ終わってるしあとは食洗機に入れるだけだったのですぐに終わってしまった。
ダンデくんが朝起きてから朝ごはんまでの覚醒し切っていない時ならイケるかもしれない、と考えながら手持ち無沙汰に冷蔵庫を開ける。ヨーグルトでも食べようと手を伸ばすと後ろから伸びて来た手に取られてしまった。
「あ!最後の一個なのに!」
「ふふ、早い者勝ちだぜ」
「も〜〜〜」
ちぇ、と唇を突き出し冷蔵庫を閉めているとスプーンを取って来たダンデくんが後ろからまた頬をむにゅっと掴んでくる。気分はオクタン。
「は、はによ〜っ」
「なあ」
「ひゅっ」
背中にピッタリとくっついて来たダンデくんが耳元で内緒話をする様に囁いてくる。
「ふふ。……なあ、今夜いいか?」
「ひゃ、ひゃい……」
艶っぽい声が直接耳に入って来て脳が処理する前にバグって言葉を出してしまった。返答がお気に召したのかダンデくんはご機嫌そうにソファに戻っていく。
先程までのやり取りに興奮するポイントがあったのか、はたまた今日は元からそういう気分だったのか。
再び部屋に響き始めたぴちゃぴちゃという音を聞きながら早鐘を打つ鼓動をキッチンで一人押さえ込むのであった。