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「失礼。」

聞こえた声に俺は一瞬で肩を落とした。

「……入間さん…」

「なまえくん…あの日ぶりですね。」

スーツ姿の入間さんは紙袋を片手に部屋の中に入ってきた。

「…何の用ですか。」

「そんな怖い目で見ないでください。」

「…っ!あなたは俺を!」

「分かっています。だからこうして来たんですよ。心配で」

「心配?!心配なら今すぐここから出してくれよ!」

入間さんに掴みかかりそうなほど食ってかかるも入間さんは静かだった。

「…それはできません。なまえくんもわかっているでしょう。」

「…おかしいですよ。なんで入間さんは左馬刻の味方をするんですか?!」

「彼は…左馬刻は…仲間ですから…」

腕を組んで視線を落とした入間さんに俺は信じられなかった。

仲間…。
仲間だからって人の人生を潰してまで協力するのか…?

仲間ってなんだよ…。俺だって前までは…左馬刻の…仲間…いや、犬か…?

左馬刻の犬だ、ってどこに行っても言われていた…。
それなら…今の俺はなんだ?犬以下?ペット以下の虫けらか…?

はっ…笑わせる…。

「……もう…いいです。……何が警察だ…。犯罪だろこんなの…。人を監禁してるのを見て何で捕まえないんだよ…っ。警察なんて…っ」

「…なまえくん、…私が思うに左馬刻は愛情表情が下手なだけだと「愛情表情っ?!入間さんは何を言っているんですか…?!愛情?!どこが?!あいつは俺のことを玩具だとしか思ってない!」

入間さんの言葉に弾かれたように叫んだ。体力の使い切った体を張って、大声を出すと喉が痛んだ。

「……特別な感情を持っていないと人はここまで執着しない。左馬刻はなまえくんに…」

「入間さん…そんなこと聞かせないでください…」

少しだけ声が震えてしまう。あれが愛情だなんて聞きたくない…。

拳を握って耐えていると入間さんは小さくすみません、と言った。

「…食事を持ってきましたから食べてください。理鶯…、私たちMTCの一人です。彼が作った栄養ある料理なので。体を壊すと…左馬刻も…私も心配しますから」

紙袋をちらりと見る。食べるものか。理鶯という人がどんな人が知らないけど食べてやるものか。左馬刻の仲間だという人間の作ったものなんかいらない。

入間さんの言葉に無言でいると、入間さんはでは、またと言って部屋を出ていった。

俺はベッドに潜り込んで丸まった。自由になりたい、左馬刻に犯されるこの生活から解放されたい。

…何で俺なんだ。あいつは女ならいくらでもいるはずだ。何でこんな何の特徴もない俺なんかを…。

入間さんが言っていた言葉を思い出した。『特別な感情を持っていないと人はここまで執着しない』…。

特別な感情…?左馬刻が俺に?

俺は金も何もなくて弱っていた時に左馬刻に拾われた。暴力的で言葉遣いも荒いけど人情に厚い人だと思ったからついていったんだ。

最初のうちは良かった。おにぎりを食べさせてくれた。部屋を貸してくれた。仕事も与えてくれた。

左馬刻さん、左馬刻さんって他の奴らと一緒に呼びながら左馬刻の下で動いてたんだ。それなのに…段々俺を犬扱いし始めて…。

機嫌が悪いと手を上げられることも多々あった。
だから逃げ出したいと思っていたら、こんなことになって…。その左馬刻が俺に特別な感情…?

そんなの…あるわけない。

じゃあなんで毎日俺を犯す?俺に食べ物を与えて生活できる環境を与えてまでなんで?捨てればいいのに路上に放り投げてくれればいいのに。

じっとして考えていると腹の虫がなった。

ぐーぐーと鳴く音。食べ物は入間さんが持ってきたものしかここにはない。食べるもんかと決めていた。でも昨日から何も食べてない。

…ここから出るうちに飢え死になんてゴメンだ。
仕方なくベッドから出て入間さんが置いていった紙袋の中を見た。

メモ用紙にはシチュー、サンドイッチ、ハンバーグ、パンナコッタと書いてある。

想像しただけでギュルギュルとお腹が鳴った。ラップに包まれたサンドイッチを取り出して開けてみる。
焼かれたハムの匂いが香って一気に食欲を掻き立てた。

「……くそっ」

左馬刻の仲間が作ったものを食べるなんて癪だったけど死ぬ訳には行かず、手にしたサンドイッチに齧りついた。

トマトやキャベツが新鮮で美味しかった。夢中になって、食べ終わる頃には紙袋に入っていたものは全部なくなっていた。

体に栄養を入れて俺はベッドに戻る。左馬刻はまたすぐに来るんだろうか。また犯されるんだろうか。

何で俺を… 答えなど出ない問いを浮かべながら眠りについた。




部屋のドアが開く音がして意識が浮上する。

「………」

目を開けてドアの方を見ると左馬刻が立っていた。

ああ、嫌だ。今日もか。まるで娼婦みたいだと自嘲しそうになる。

「食べたのか。」

机の上に置きっぱなしの紙袋の中をちらりと見て左馬刻は言った。入間さんが来ることも理鶯という人が作った食べ物を持ってくることも知っていたような口ぶりだ。

俺は左馬刻に返事をするのも嫌で押し黙った。左馬刻がゆっくりとベッドに近寄ってきた。

「返事くらいしろや。」

俺の前に来たと同時にいきなり胸ぐらを掴まれて押し倒された。

「…っ、」

乱暴な扱いに眉を顰めた。今から左馬刻はヤろうとしているんだろうか。

何で、何で俺なんだ…。その時昼間の入間さんの言葉をまた思い出した。特別な感情…左馬刻が俺に…。

「…っ何で俺なんだよ!」

「…あぁ?」

「役に立たないなら捨てればいいだろ!女だっていくらでもいるだろ…っ!何で俺を…っ」

「そんなこと考えてたのか」

押し倒した俺を見下ろす左馬刻の赤い目は俺の喉を震わせた。

「…何で俺なんだ!答えろよ!」

「答えて何になる。」

「……っ、お前は…、俺のことが…好き…なのか…?…」

途切れ途切れに口にした言葉に左馬刻は無言だった。
俺の胸ぐらから手を離して左馬刻は起き上がった。俺は即座に起き上がって左馬刻とは反対方向に後ずさった。

左馬刻俯いた顔はよく見えないが肩がふるふると震えているのに気づいて俺は目を細めた。

……笑ってる…?

「…くくくっ、くっ、はっはははっ!!」

堪えるような笑いからついには大きな声で笑い始めた左馬刻に俺はびくりと肩を動かした。

「くくくっ!こんなにくそ笑ったのは久しぶりだぜ…」

顔を上げた左馬刻の顔は笑っていた。笑っていたけど嫌な笑顔だ。

「俺様がお前を好き?はっ、笑わせる!くくくっ!お前を好きだと?ははっ」

肩を震わせて笑う左馬刻に俺はごくりと唾を飲み込んだ。ベッドの端に逃げた俺に左馬刻は乗り上げて俺の髪の毛を掴んだ。

「いたっ!」

「てめぇ、何勘違いしてんだよ。馬鹿か?俺様がお前のことを好き?」

耳元で左馬刻の嘲笑うような声が囁かれた。耳に入るたびに心臓を握られたように締め付けられて、左馬刻に言ったことを全部取り消したいと心の底から思った。

「てめぇはただの玩具だ。俺の気晴らしのな。それ以外の何者でもない。てめぇに愛情なんざ1ミリも感じてねぇよ」

鼻で笑った左馬刻の言葉に体が震えた。悲しさから震えているのか情けなさから震えているのか。きっと後者だ。

「……っ」

唇を思い切り噛んだ。噛み締めても噛み締めても胸の痛みは取れない。強くなっていく。じくじくじくじく痛くて痛くて仕方ない。

入間さんは嘘つきだ。大嘘つきだ。
左馬刻は俺のことなんか好きじゃない。愛情なんてない。嘘つきだ。

「おーおー、泣いてんのかよ。自分が性欲処理って今はじめて知ったか?くくくっ、ほら早く足開けや。」

左馬刻に言われてはじめて今自分が泣いていると気づいた。生暖かいものが頬を濡らしている。

ぼやけた視界には左馬刻の姿が歪んで見えた。

「……ぅっ、…ひっ、…っ、」

涙はだんだんと嗚咽に変わってひくひくと喉を閉めた。

入間さんは嘘つきだ…。大嘘つきだ…。

歪んだ視界の中で見えた左馬刻は嬉しそうだった。

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