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これはまだ俺が笑っていた頃の記憶。



***



「左馬刻さん!」

煙草を吸う左馬刻さんに俺は駆け寄った。

「あぁ?」

「何か仕事ありますかっ?!俺にできることがあれば…っ!」

「…お前は黙って雑用でもしとけ。危なすぎて外にまだ外に出せねぇ」

「だ、大丈夫です…!俺も早く皆みたいに外で動いて…!左馬刻さんの役に立ちたいです!」

「そう言ってこの前捕まりかけてただろうが」

「そ、それは…」

「俺がいなかったらてめぇ今頃ブタ箱の中だぞ」

左馬刻さんに言われて俺は返す言葉もなく口を噤んだ。確かに、俺はまだ左馬刻さんから任される仕事を完璧にこなせたことはない。

路地裏にいた金も何も無いボロボロの俺を拾ってくれた左馬刻さんに少しでも恩を返したいと思って頑張ろうとするのに俺はいつも失敗してばっかりだ。


「すみません…」

自分が情けない。失望されてばかりだ、と肩を落とした俺に左馬刻さんは言った。

「…おつかいくらいできるだろ。煙草買ってこい」

「…っ!はいっ!」

やった、左馬刻さんから何か任せてもらえた!

嬉しくて急いで事務所の部屋から飛び出た。

「うぉっ、と。なまえ?どうしたんだよそんなに急いで」

廊下で組の仲間にぶつかりそうになり慌てて足を止める。

「へへ、左馬刻さんからおつかい頼まれた!」

「あー、なるほどな。」

気をつけて行ってこいよ、と言われ俺は笑って返事をした。事務所を出て昔からやっているという煙草屋のおばあちゃんに声をかけると俺を見てしわくちゃの顔を綻ばせた。

2箱買ってお礼を言い、また事務所に走って戻る。

「左馬刻さんっ!買ってきました!」

「…犬みたいにしっぽ振ってんじゃねぇよ」

煙草の箱を握り息を切らす俺を見て左馬刻さんは鼻で笑った。

「??犬?」

「…こっちの話だ。」

左馬刻さんの言うことにはてなを浮かべながら箱を左馬刻さんに手渡した。その時、左馬刻さんの大きな手が俺の頭に乗せられた。俺のぐしゃぐしゃな頭はわしゃわしゃと撫でられて俺は肩を竦めた。

「わっ」

「はっ、褒美だ」

「…あ、ありがとうございますっ」

左馬刻さんの役に立ててよかった。自然と笑顔になってしまうくらい嬉しかった。

俺はまだ小さなことしか出来ないけど、いつか大きな仕事を任せてもらえるくらい左馬刻さんの役に経ちたい。頑張るんだ。俺を拾ってくれた左馬刻さんに恩を返せるように。





それから、いつものように雑用係をしていた時だった。左馬刻さんから運び屋の仕事を頼まれた。大切なモノだから、ちゃんと送り届けるように、って。

中身は何なのかは知らない。でも任せてもらえて嬉しかった。狙われないように気をつけろ、誰にもバレないように届けろ、と言われて俺は俄然やる気が出た。今度こそ成功させて左馬刻さんの役に立つ。

俺は預かったモノを、しっかりと肌身離さず身につけて出発した。

目的地は少し離れた場所。街から少し離れた人気(ひとけ)のないところらしい。
届けるくらい簡単なことだ。意気揚々と歩を進める俺は何にも起こらないと油断していた。


人通り、車通りも少なくなってきて殺風景な景色が見えてきた頃、誰かにつけられているような気がして後ろを振り向いた。
でも、誰もいない。

左馬刻さんは狙われるなと言っていた。大事なモノだから、と。まさか…人が狙うほどのものなのか…?
自分の持っているモノをぎゅっと握りしめてちゃんとあることを確認した。
早く届けてしまおうと急いだ瞬間、後ろから音がして振り返った。

「……なっ」

男が2人、立っていた。

「おい、クソガキ。持ってるもん寄越せ」

「今なら痛い目合わせず帰してやるからよぉ」

まさか、本当に狙われるだなんて…。ニタニタと笑う男達に俺は唾を飲み込み、必死で逃げ道を探す。
俺が持ってるものを取られるわけにはいかない。左馬刻さんが大事なモノで確実に届けろと言っていたから尚更だ。

1歩後ずさる度に砂利を踏む音が聞こえる。男達がジリジリと近づいてくる。手に持っているのは金属バットやナイフ、殴られたり刺されたりしたら…と考えるだけで足が震えそうだった。

相手は2人、俺は1人…。勝算なんてない。

「……くそっ!!」

どうしようもなくなって俺は地面を蹴った。大きな一歩から走る。

「逃がすな!!」

「待てコラ!」

全力疾走で走るけど男達も諦めない。

逃げ切れるか、と考えた時、足元につまづいて転けた。ナイフを持った男が俺の腕を掴んで引っ張りあげた。

「離せっ!」

必死に抵抗して男の足を蹴る。絶対に取られちゃいけない。左馬刻さんから預かった大事なモノだ。全身で抵抗する。ナイフが俺に向けられて咄嗟にその腕を掴んだ。

男の強い力に俺の腕が震える。このままじゃ刺される。渾身の力で男の鳩尾を蹴りあげた。

「…ってぇ!くそ!」

その隙に俺は起き上がった。

「ふざけんな!」

ヒュン、とナイフを振りかざしてきた男に俺は咄嗟に腕で自分の身を守った。裂ける皮膚、ピリとした痛みは瞬間だけで鋭い痛みが腕に走った。生あたたかい血が服に染み込む。

それでも俺は無我夢中で走り出した。逃げろ。逃げ切れ。それだけを頭に走った。

しばらくして、後ろを見たらあいつらは追ってきてなかった。それでも気が抜けず俺は足早に目的地に急いだ。

約束の場所にはスーツを着たひとが立っていた。腕が血で染まっている俺を見ても何も言わない。一言、二言交わして取引先だと確認した俺は左馬刻さんから預かったモノを渡した。


よかった…ちゃんと運べてよかった…。
腕の痛みよりも無事に運べるかが気がかりで俺は安堵した。

帰りは用心して警戒しながら帰った。心の中では左馬刻さんにちゃんと報告できるのが嬉しくて待ち遠しかった。

事務所が見えてきたころには駆け出していて、部屋に入る足は軽い。

「…っ、左馬刻さん!終わりました!」

部屋のドアを開けて入ると左馬刻さんはソファに座っていた。駆け寄った俺を見たあと、真っ赤に汚れている俺の腕に目を移した。

「…おい、その腕どうした」

「あ…これは…ちょっと転んで…」

「どこの組のヤツだった。シメてくる」

「だ、大丈夫です!!それより!ちゃんと届けました!」

「…ああ、報酬もさっき確認できた」

「…っ!今回は…っ失敗せずに出来ました…!」

やっと左馬刻さんにちゃんと仕事終わりました、って報告できた。俺は嬉しくて口元がゆるむ。

「…傷負ってんじゃ意味ねえんだよ。死にてえのか?」

左馬刻さんの赤い瞳が強く俺を見た。耐えられず俺は下を向いた。言われている意味は分かっている。強ければ怪我なんてすることなく終えられている。俺が弱いから怪我したんだ。俺は弱いから下手したら死ぬ可能性だってある。左馬刻さんは注意してくれているんだ。

「…すみません」

反省して頭を垂れた。また左馬刻さんに失望されてしまったと思った俺は唇を噛み締めた。

「でも、よくやった。」

その言葉が聞こえて俺は えっ、と顔を上げると左馬刻さんが口角を少しだけ上げながら俺の頭をぽすりと撫でた。

「…さ、左馬刻さん…」

「生きてりゃ充分だ。」

「〜〜っ、」

左馬刻さんの言葉が心に染みる。俺は思わず目が潤みそうになって目をパシパシと瞬きした。

「早く手当してこい」

「はいっ…」

組の仲間に手当してもらったあと、左馬刻さんは俺の前におにぎりを出してきた。

「食え」

「…いただきますっ!」

狙われてひたすら走って何も食べてない俺は腹がぺこぺこだった。左馬刻さんから受け取ったおにぎりにかぶりつく。

「くくっ、米粒ついてんぞ。よく噛んで食え」

俺の顔を見て笑う左馬刻さんに俺は何でか左馬刻さんが笑顔なのが嬉しかった。

「…っ!はいっ」

左馬刻さんについていこう。俺を拾ってくれたこの人の大きな背中を追ってついていきたい。

つられて俺も笑顔になった。




***




これは俺が笑っていた頃の記憶。

現実は暗くて冷たい闇だ。笑っていた俺はもういない。笑っていたあいつはもういない。

いるのは涙を流す俺と、それを見て笑うあいつだけ。



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