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俺の仕事はお悩み電話相談センターの電話受付だ。
心に悩みを抱えた人、自殺を考えている人、家族と上手くいかないことを悩んでる人、恋人にふられた人、愛犬が死んで悲しい人、老若男女色んな人の悩みを365日24時間、電話で聞くという仕事をしている。
解決することもあれば、なかなか難しい時もあるけど言葉にして口から発して話すことで少しでも心が軽くなればという目的のうえに皆働いている。
鳴り響くコールは夜になっても変わらない。
基本、俺は夜勤だ。理由はもちろん単価がいいから。忙しさも日中ほどではない。
今日も鳴り響く電話をひたすら取って話し相手になるだけ。
夜の22時すぎ。コール音が鳴り響く。俺はヘッドマイクを整えて応答ボタンをパソコン上でクリックした。
「お電話ありがとうございます。お悩み電話相談センターのみょうじです。」
「…………」
あれ…?無言?
「…、こちらは相談窓口です。どんなお悩みでもお聞きしています。」
「…………」
やっぱり無言だ。
「あの…、今日はどんなお悩みでお電話下さったのでしょうか?良けれは聞かせていただけますか?」
「……、毎日…仕事が…辛くて…。」
ああ、リーマンかな。こういう人は多い。職場での悩みや過労に苦しむ人たちの電話もよく取る。こう言う時はひたすら聞いてあげるのがいい。
「いつも頑張っているんですね。お疲れ様です。もし良ければお名前、お伺いしてもよろしいですか?」
「……観音坂…といいます。」
「観音坂さん、お電話下さってありがとうございます。観音坂さんのお悩み、私に聞かせてくださいますか?」
「……職場で…ミスをすると…上司にすぐに色々言われて…いつも…いつも…、それで段々自分以外のミスもちょっとしたことでも俺のせい俺のせいだ、と考えるようになって…」
「…観音坂さんはすごく責任感がお強いんですね。尊敬します。」
「そんな…ことないんです…。………ずっと友達も…少なくて…人付き合いが苦手で…。だから会社でも…外でも…息がしにくくて…眠れないし…」
うわぁ、すごい。負のオーラが電話越しにも伝わってくる感じだ。この人、今にも消えちゃいそうだけど大丈夫か…。段々暗くなってきている声に気分転換させようと話を振ってみた。
「観音坂さん、今はどこにいらっしゃるんですか?」
「…今は…公園にいます。」
「公園、ですか。」
「…はい。駅で、この相談センターのティッシュをもらって…話…聞いてもらえるのかな…って思って…。公園なら静かに話せるかと…」
「静かな場所だと落ち着けていいですよね。」
「……はい、自分以外誰もいません……。…独りです。」
やばい、独りってワードはやばいんだよなぁ。これもまた世の中生き辛い人が多く口にする単語だ。
「観音坂さんは独りじゃありませんよ。こうしてお電話させていただいている私が、います。電話を通してですが、通じていますから。」
「……っ、そう、ですね…」
「夜遅くまでのお仕事、大変お疲れ様です。頑張り過ぎず、辛い時は辛いと声に出してください。いつでもお電話でお話を聞きますので。」
「………、あの…みょうじさん…。」
「はい。」
「…こうやって電話してると…いつものことを忘れて話せて少し楽になりました…。」
「少しでも観音坂さんの心が軽くなってくれれば私はすごく嬉しいです。」
「……また電話しても…いいですか…。」
「もちろんです。いつでもお待ちしております。」
「…ありがとうございます。…」
「明日もお仕事ですか?」
「はい…」
「明日も観音坂さんが元気で過ごせますように。頑張り過ぎないで、心が重くなることがあったらすぐにお電話ください。」
「…っはい…。じゃあ、これで…ありがとうございました…」
「はい、またお待ちしております。」
ふぅ…終わった。
最初は声が暗すぎてどうなることかと思ったけど、最後は復活したようでよかった。クタクタになって、世間に疲れ切ったリーマンが一人、公園のベンチに座って電話をする…簡単に想像できて苦笑いした。
まあ、楽になったという言葉が聞けただけでも嬉しい。よかったよかったとひと仕事終えた気で伸びをした。
この時はまだあんなことになるなんて思いもしなかった。
****
「みょうじくん、指名で来てるよー」
「え、」
「観音坂さん」
「あー…はい、繋いでください…。……お電話変わりました、みょうじです。」
「あ…、みょうじさん…こんばんは…。」
「…こんばんは。」
そう、俺はあの日の夜、観音坂さんの電話を取ってからというもの、毎日この人から電話が来るようになっていた。指名で!
もう観音坂さんという名前を聞くだけで皆、俺指名の電話だと認識するくらい俺の職場ではプチ有名人だ。
「…観音坂さん、本日はどのようなお悩みで?」
「……いつも聞いて貰えてるので…特にないんですけど…」
ないなら電話してくるなYO!とは言えない。
「お悩み相談なら、お話出来るのですが…このお電話はそれ以外では…」
「……迷惑ですか…?やっぱり俺は…迷惑な人間ですよね…みょうじさんの邪魔をしてますよねすみません…すみません…俺はダメな人間で…」
やばい、やばい。俺が予防線張ろうとしたらすぐこれだ。
「そんなことありませんよ。いつも頑張っていて、我慢強いお人なんだと思っています。ですので、お悩みも最近はあまりないとのことで私はすごく嬉しいです。私の役目も終わったと考えて、」
「い、いやみょうじさんとまだ…話したくて…」
いやいや、もう話すことはないだろう?!悩みがないなら電話する必要ないだろうと思うのに観音坂さんは俺指名でかけてきて、1時間の長電話はざらだ。
「本当に…みょうじさんと話してると、リラックスできるんです…仕事で疲れて…もう嫌だな、ずっと眠っていたい、目が覚めなければいいのに…って思うのに、みょうじさんの声を聞くと心が軽くなって…夜寝る時も思い出すと眠りにつけるんです…」
うう…そう言われると強く言い難いじゃないか…。
「そ、そうですか…。観音坂さんの睡眠不足解消にお役に立てているのであれば光栄です…」
「はい、なので…今ももう眠れる状態で、布団に入って…電話しています…1日の最後に…声が聞けるだけで…疲れが取れます…」
そう、最近観音坂さんはご飯食べて、お風呂入って、歯磨きして、お布団被っていつでもおやすみなさいができる状態でかけてくる。
で、決まって最後はおやすみなさいで終えるのだ。
おやすみなさいって言ってくるから俺もそう返すしかないよね…。最近はあまりにもそれが定着しすぎていてどこのコールサービスだよって思い始めてきた。
おやすみ前の電話ってカレカノじゃないんだから、やめましょうよ観音坂さんと思ってもやっぱり言えないよね。
「あの…みょうじさんは…、いつもどんな服を着てるんですか…」
うぁあ…出たー!そして観音坂さんは最近俺のことについてよく聞いてくる、下の名前は何というのか、何が好きか、どこ住み?何歳?まるで出会い厨!!
まあ、そういうのは軽く流すけどめげないんだな、これが。
最初はあんなに暗いリーマンだったのに、大人しいくせして割としつこいというかねちっこいというか…。粘り強い…。
「そうですね…。いつも黒い服が多いですね…。」
「そうなんですか…。」
ああ、これもう悩み相談でも何でもないじゃん。俺の仕事時間、大幅にこの人に占有されてるからな…。
「みょうじさん、髪は短いですか…?長いですか…?」
「…短いですね…。あの、観音坂さん、お悩みは…ありますか…?このお電話はお悩み相談専用でして…」
「……悩み…あ、あります…。ちゃんと…」
「ではその悩みについて教えてください。解決しましょう。」
そんで早く電話切りましょう!!
「…みょうじさんともっと話したくて…」
んぁぁぁ!!解決しない!!
「それは…ちょっと…お悩みがあれば…」
「…みょうじさんの声を聞かないと…何だか安定しなくて…もう電話しないことが考えられません…。電話しないと不安でそれが悩みです…」
安定しないって何?!怖いんだけど!
あはは…と乾いた笑いしか出なかった。
そんな電話が毎日かかっていたある日。
夜勤を終えて電話センターの建物から出た俺の目の前に立っていたのはスーツを来たリーマンらしき人。目の下がくすんでいて、髪は赤い。
「……みょうじさん…」
……………、まさか………嘘だろ、おい。
声が…声が…毎日電話してくる…あの声だ…。
「…みょうじさん、ですよね…。あの、観音坂独歩です…」
「…………。」
ごくりと唾を飲み込んだ。
ああ…神様、どうやったら俺はこの場から逃げられるのでしょうか。
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