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独歩side
きっかけは駅近くで配られていたポケットティッシュだった。
ビラ配りやティッシュ配りの人を上手く断れなくていつも流れるように受け取ってしまう俺は通勤中にポケットティッシュを受け取ってしまってカバンの中にいれた。
遅い時間に仕事が終わって電車に揺られて帰っている中でふと、こうやって毎日毎日仕事して精神すり潰して俺に生きてる意味あるんだろうか…と思った。
電車の窓ガラスにうつる俺の顔はひどく疲れていて滑稽だった。
家に帰ってご飯を作る気力もなく、下車した駅近くのコンビニで軽く買って店を出た。
夜の遅い時間は人通りが少ない。
「…疲れた……。」
ぼそりと喉の奥から出た言葉は誰にも伝わらない。
今何時だっけ、とふとカバンの中にあるスマホを探った。カサリと、手に当たるビニールの音。カバンから取り出して、手にしたものを見た。
「…あなたのお悩み…お聞きまします……」
あなたのお悩みどんなことでもお聞きします。
あなたは一人ではありません。
お悩み電話相談センターへご連絡を
0120-〇××-×〇〇×
ポケットティッシュの裏面に入っている小さなチラシの紙。
…どんな悩みでも……聞いてくれる…。
仕事が…辛い。生きてる意味が…わからない…。眠りたい…。
こんな悩みでも聞いてくれるんだろうか……。
俺の足は近くの公園のベンチに立ち寄っていた。
ひと一人いない静かな公園は音すらなくて時折ふく風が髪を揺らす。
ベンチに座って携帯のボタンを押した。
俺はティッシュに載っている番号を無意識に押していた。
プルルルル…プルルルル…
『お電話ありがとうございます。お悩み電話相談センターのみょうじです。』
「………」
柔らかい男性の声。本当に繋がってしまった。何と声を出していいかわからなくて口を開いたまま固まってしまう。
『…、こちらは相談窓口です。どんなお悩みでもお聞きしています。』
「…………」
どうしよう、声が出ない。
『あの…、今日はどんなお悩みでお電話下さったのでしょうか?良けれは聞かせていただけますか?』
優しくて、包まれる声…。
俺はそこで初めてやっと唇を動かした。
「……、毎日…仕事が…辛くて…。」
それがみょうじさんと俺の初めの電話だった。
みょうじさんは優しい。こんな俺の悩みをいつも聞いて肯定してくれる。
初めての電話を終えた後、俺は少し気分が軽くなってることに気づいた。みょうじさんが褒めて…優しい声で話を聞いてくれたおかげだと、気づいた。
それから数日して、すごく疲れたことがあって、…もう一度みょうじさんに話を聞いてほしくなった。
夜、以前かけた時と同じ時間に静かな部屋の中で携帯片手に電話をかけた。
『はい、お悩み相談電話センターです。』
「あの……、みょうじさん…いらっしゃいますか…」
すぐにみょうじさんが交代して電話に出てくれた。
その時も、俺の疲れた話を言うとみょうじさんはお疲れ様でした、疲れた時はこうして話してくださいねと優しい声をかけてくれた。
みょうじさんは優しい。2回目の電話で俺は話を聞いてもらえたことが少し嬉しくて、夜寝るときにみょうじさんの優しい声を思い出しながら眠った。
そしたら朝まで1度も起きることなく眠れて俺はびっくりした。
みょうじさんはすごい。
そこから俺はみょうじさんに毎日電話をかけた。
たまにみょうじさんが他の電話に出ているときもある。
『すみません。みょうじは只今他のお電話をいただいておりまして…』
「……待ちます…。一時間でも…待ちます…。」
みょうじさんと話せるなら何十分だって待った。
やっとみょうじさんが俺の電話に出てくれれば、俺は聞きたいことを聞いた。
「みょうじさんは…いつも夜出勤されているんですか…」
『えっ…そうですね…夜から朝までの時間で…』
「みょうじさんの…お名前…知りたいです…」
『えっ、名前ですか?』
「はい…下のお名前は…」
『みょうじ…なまえと申します…。』
「なまえさん…」
『あの観音坂さんお悩みは…』
「あっ…あります…、今日は……」
何かにつけて悩みを作って、みょうじさんに電話した。電話する中でみょうじさんのことを少しでも知りたくて少しずつ少しずつ情報を集めた。
悩みにかこつけて色々聞いた。
みょうじさんは黒い服がいつも多いこと。髪は短い。身長は普通より少しだけ低いくらい。食べ物は好き嫌いは特にない。いつも使っているカバンは緑のリュック。通勤する時の服は特に指定はない。ラフな格好。
…どこに住んでるのかは教えてもらえなかったけど、よく行くお店は教えてもらった。どこの飲食店が美味しいだとかそんな話を聞いては行動範囲を想像してみた。
…みょうじさんについてもっと知りたい。
こんなに優しいみょうじさんってどんな人なんだろう。
俺はお悩み電話相談センターの住所を調べた。幸いなことに近いところにあって、俺はその日から足繁く通った。
仕事を死ぬ気で定時で終わらせてセンターの建物に行っては夜から出勤するだろうみょうじさんらしき人が入るのを見張った。
暗い服、緑のリュック、メガネをかけている時もある。
何日も見張った。
見張り始めてしばらくたった時、ピンとくる人を見かけた。黒いTシャツにジーンズ、緑のリュックを左肩にかけて歩く人。身長も聞いていた通り。
もしかしたらみょうじさんかも……。
すぐに話しかけたい衝動に駆られたけど我慢した。
みょうじさんを見かけてから、俺はみょうじさんを見に行くようになった。
みょうじさんを見てから家に帰って電話をして就寝する。その繰り返し。
だけど遠目で見れば見るほど、話しかけたい思いが募った。毎日の電話だけじゃ足りなくなってきていた。
だから俺は朝、みょうじさんが仕事を終えて建物から出てくるのを見計らって接触しようと試みた。
1日寝ないのは慣れている。
俺は仕事が終わったあと、深夜からずっと張り込んでみょうじさんが出てくるのを待った。
その日だけは電話をしなかった。
建物から出てきたみょうじさんを見かけて、足が動いた。
1歩、1歩、歩いてみょうじさんに近づく。
みょうじさんが足音に気づいてこちらを見た。
「みょうじさん…」
みょうじさんと初めて目が合った。
嬉しい。
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