朝、教室に入って席に行くと後ろの席の侑はすでに座っていた。
「はよ」
「おはようさん」
「もう食べてんのか」
「朝練後の栄養補給や」
「食べっぷりがすげえ…」
「食べんと身長伸びひんでなまえくん」
「……」
「ぎゃっ!俺のコロッケパン食べんなや!」
少しイラついたので侑のコロッケパンを一口齧ってみたらすごい剣幕で怒られた。
「吐き出せや!俺の!」
咀嚼して飲み込むと侑が睨んできた。
「朝からうっさいねんツム」
教科書を借りにきたのか治が横に立っていた。
「なまえが俺のコロッケパン食べよった」
「お前が人でなしやからやろ」
「そうだぞ。人の身長をいじるな」
「ええやん。小柄でも。人は身長やないで」
「…治いつかお前のパンも食ってやるからな」
こいつらのDNAはどうなってんだ。
いじってくる双子を背に前に向き直り、課題を開く。問題を解いていると後ろから名前を呼ばれた。
「なあ、なまえラインしとるか」
振り向いて侑を見る。治は帰ったようだ。
侑は何を企んでいるのやら、ニヤニヤしている。
「してるけど?」
「交換せん?」
携帯を片手に笑っている顔が解せない。
「…コード出すわ」
コードを開いて見せると侑が読み取る。
「んー、おっしゃ出来た。何か送るわ」
友達追加された後に、何かスタンプでも送ってくれれば会話の履歴に出てくるためこちらも友達追加しやすい。
通知画面に「宮侑が写真を送信しました」と出た。
タップして開く。
「……〜〜おい、これ!!」
トーク画面に俺のヨダレ寝顔写真が載っている。
「ふっふ、ええ写真やろ?あげたろ、と思て。あの後俺がどんだけ北さんに言われたか…お返しや」
「絶対いつか侑の白目顔、撮ってやるからな…てか、写真フォルダから削除しろよ」
「いやや」
「肖像権侵害」
「あ、この画像アイコンにするのもええかも」
「やめろ、この人でなし!」
ニヒヒと笑う侑にそっぽ向いて前を向く。
最近こいつがどういう奴が分かってきた気がする。
仕返ししないと気が済まない、面白いことが好き、何か企んでは遊んでいる、ほんと少年みたいな奴だ。
振り回される分、面白おかしくて楽しい時があるのも事実。転校ばかりの過去にはなかった感覚で2年になってから毎日学校が面白いと思ったのは初めてかもしれない。
仲の良い友達ってこんな感じなんだろうか。自分の過去を振り返り「友達」について考えてみる。
あ、ヤバい、今は目の前の課題を終わらせないとな。
カチカチとシャー芯を繰り出してノートに目を落とした。
***
今日も一日の授業が終わり、部活の時間になった。
皆が挨拶や声をかけてそれぞれ教室を出ていく。
侑も飛んでいくように銀と教室を出ていった。
バレー、好きなんだな。
俺はというと日直で当番の日誌を書いたあと職員室まで提出しに行く。
今日の部活は顧問の都合でオフだ。
久しぶりに早く帰って自由に過ごすかな、それか部室に寄って誰かいたら軽く自主練してから帰るか…、と考えて外に出る。
自転車部の部室は体育館の横を通って行く。
体育館横のドアは全開で運動部の声やシューズが床を擦る音が聞こえてくる。
キュッキュ、と擦る音と、ドンッと体育館の床を蹴る音、バシッとボールを叩く音、ボールが床に当たる音。
外から体育館の中に目をやると、バレー部の練習風景が見えた。
(お、侑だ)
ビブスを着た生徒がコート内にいてボールを追いかけている。
「サム!」
「寄越せツム!」
「まかせぇ!」
侑がボールを滑らかにタッチすると綺麗に上に上がった、と思ったらすぐに治がそのボールを叩き潰した。
「「ナイスキー!」」
ボールはかなりの勢いで相手コートの床に打ち落とされる。
バレーのルールもよく分からない俺は何が正解で何が反則なのかもよく知らないがボールを落としてはいけないということだけは把握している。
「ひえ…すげえ痛そ…」
あんなボールが当たったら絶対痛くね?それなのに、バシバシ打たれるボールを相手コートの人は取ったりしている。
腕、もげるんじゃね?
尾白先輩の打ちこんだボールに俺は身震いをした。そのボールを取る北さん。
北さんすげえ…。
角名も銀もかなり飛んでボールを打ち込んでいる。
「バレー、すげーなぁ…」
ルールは全く分かっていないが、とにかく威力が半端ないことだけは分かった。
「今のAパスできたやろ!甘えんな、持ってこいや!」
侑が叫んだ。すごい剣幕に言われた部員だけでなく俺もビクリとした。
こっわ…。あいつ、バレーになるとあんな怖いのかよ…
全国レベルの強さを求められ、厳しい練習をしてきたから言い方とかもキツくなるもんなんだろうか。
うちの秋田部長の喝に比べたら…どっこいどっこいか。部長の喝を思い出してまた身震いした。
うちの部長、喝入れる時ホント楽しそうなんだよなあ。
そうしていると体育館の中から笛の音が聞こえてきた。
「休憩ーっ」
コート内にいた人たちが散らばる。
治が侑に話しかけていた。
体育館外から足を止めて双子達を見ている俺は、肩に掛けた通学用のリュックを持ち直した。
治に何か言われてそっぽ向いた侑の視線がこっちを見た。
「…っ、」
侑のギラついた目が俺の視線と交差する。
侑のあんな目、見た事ない。
体育館外にいる俺に気づいたかは分からないが、俺は目を逸らして足を動かした。あまりの迫力に心臓がドクドクと脈打つ。
(強豪稲荷崎のバレー部か…すげ…)
バレー部の練習を見て負けてられんな、と部室に入ると3年の柴さんがローラー練をしていた。
えぇ柴さんが自主練するなら俺もするしかないだろ。と隣の3本ローラーを使って軽く流した。
***
寮に帰った後は、誰もいない時間を狙い風呂に入った。寮生活をしていれば大体どの時間が混むか、把握できるようになる。
かつ、今日は自主練も早く上がったため早めに風呂を済ませた。
廊下を歩いている時、聞こえてきた会話に足が止まる。
「今日の侑、言い方うざくね」
「甘えんなって甘えてねえし。あいつの求めるレベルがおかしいだろ」
「ほんま腹立つよなあ」
うわ、侑のことを言ってる。バレー部も色々あんだな…。
踵を返して去ろうとすると先に金髪頭の奴がいた。
うおお、こっちに来んな!今来たら鉢合わせになるぞ!
「おー…侑じゃん」
「なまえか」
「ちょ、今はこっち来んな」
「なんでやねん。風呂入るんや」
「いや、今は行かない方が」
俺の体で左右に動いても遮ることはできなかった。
「なんや邪魔やねん」
ぐい、と押されて侑が進んでしまった。
ああ、今行くとあいつらが…。
「まじでセッターに返すのやりにくいわ」
「ジコチューすぎるやろ」
「うお、やば」
風呂から出てきた部員たちと鉢合わせた侑。と侑の姿を見て固まる奴ら。
「…なんや言いたいことあんならはっきり言えや。俺が納得いくことなら聞いたるで」
侑の低い声に部員達は ゴニョゴニョ言いながら去っていった。
「い、言い方〜もっと優しくなれよ」
後ろからさりげなく突っ込むと「実力が伴ってない奴に何を優しくしたらええんや?俺はちゃんとしてんねん。相手の求めるものを100、120で返しとんねん。それに応えられん奴はいらん」と真顔で返された。
え、ええー。
め、目がガチなんですけど。その図体とその冷めきった顔で言われて俺は南極並の寒さを感じた。
なあ、お前はバレーとなると人でなしがさらにパワーアップすんのか?
風呂場に入っていった侑を見送り、俺は一人廊下で立ち尽くした。
***
「珍し。希少種レベルのなまえ発見や」
食堂の隅っこで晩御飯のカレーをつついていると治がやってきた。大盛りのカレーを手にしている。
目の前に座った治に手を軽く上げ、湯気が立つお茶を口に含んだ。
「熱いカレーに熱いお茶て。寒いんか」
「湯冷めした。主に侑の寒風でな」
「寒風ぅ??」
風呂場前での出来事を話すと治は納得いったように頷いた。
「ああ、よくあることや」
「あれが…よくあることか…?!」
「あいつ、人でなしやし」
「まあ…」
転校常連で人に嫌われないよう当たり障りのないコミュニケーションを取ってきた俺には考えられないことだった。
「ツムも全く気にしてへんしな。俺はちゃうで。俺は人に優しく生きとるんや」
「お、おう…」
治も侑もバレーに対する愛が強いからこそ、本気でやってるんだろう。本気だからこそ、取り繕うことをしない本音が出るんだろう。
「…俺はバレーのバの字も知らないんだけど、バレーって団体競技だろ?」
「せやね」
「コートで、えっと何人でやるんだっけ」
「6人や」
「俺からしてみればバレーっていう1人じゃできないスポーツをしてること自体がすごいんだよな。自転車は基本誰が先着か、だから個人競技なんだよ。チーム間の戦いもあるけど、基本は個人の実力で勝負なんだよ。だから他人がどうなろうと関係ない。自分がゴールすればいい」
「ふうん」
「でもバレーって皆が繋げて初めて勝てるんだろ?一人でも欠けてたら成立しない競技をしてるってだけですごいというか…。尊敬してるというか」
「……」
「俺、団体競技苦手でさ。協調性とか連帯感とか苦しくて…。輪に入りにくいっていうか…。自己責任の個人競技の方が好きなんだよな。だから6人で勝つっていうチームスポーツをやってる時点でメンバーを信頼して戦ってるわけだろ。そんな互いを思いやる競技してる奴が人でなしなわけないよなあって…。いや、まあ人でなしだけど」
「…誰が人でなしや」
治と話しているはずなのに、なぜ後ろから声が聞こえるのか。
はて?後ろを向くと、濡れ髪の金髪頭をした侑がいた。
「!!!おまっ、いつから!!」
「バレーが6人のところからや」
「気配消すなよ!治も言えよ!恥ずかし!」
「おもろかってん、つい」
「つい、じゃねえ!」
俺は何を語っていたんだ。気恥しくてカレーを口に頬張る。すでに冷めていて福神漬けが甘く染みた。
「なまえにチームスポーツは無理やろな。人のコロッケパン無理やり食べるような奴やからな。すぐ嫌われるで」
「おい、どの口が言う」
「この口ぃ〜」
侑はニヤニヤと笑いながらカレーの配膳をするために俺達がいる机とは反対方向の食堂のキッチン側へ歩いていった。
「やっぱあいつが人でなしなのは間違いなかったわ」
「あいつ照れとんねん。すごいとか尊敬とか言われて」
「ふうん」
侑が大盛りのカレーをトレーにのせて戻ってきた。俺の横に座り、大きな一口でカレーを頬張る。
「なまえ、バレーのルール知らんの?」
「おう。お前らだってロードレースのこと知らないだろ」
「せやね」
「今日体育館の前通る時見えたけど、あのボールぶち込むやつ、触ったら腕もげるだろ。やばいぞ。死人でるんじゃないか」
「あんなん取ってなんぼやで」
「あれを取る…!あ、北さんとかあと色が違うビブス来てた人が取ってたのは見た、すごかった」
「それ赤さんやなあ」
「治のボール叩くのすごかったぞ」
「スパイク言うんや」
「スパイク、ほお」
「ボール取るのはレシーブな」
「レシーブ、ほお」
「で、最初はサーブや」
「サーブ、ほお。え、何点マッチ?何セット?」
「そっからかいな」
治に変わって侑が話す。
「俺はセッターや」
「セッターってなに?」
「セッターはスパイカーのためにボールをセットする役や」
「…ふうん」
「おい今地味って思うたやろ!そらスパイカーのほうが華々しく見えるかもしれへんけどな、セッターがおらんとスパイク決められんのやで。しかもセッターは全部を把握してセットアップするんや。コート上の司令塔で、要。俺のセットで点を獲る。これほど気持ちええもんがあるか?」
目をキラキラさせて熱く語る侑にこいつは本当にバレーが好きなんだなとバレー愛を感じる。
バレーが人一倍好きで、大切なものなんだろう。
その後も食堂でバレーのルールについて教えてもらった俺は少しだけ分かるようになった。
***
「今度俺らの部屋に来てん。バレーの試合見せたる」
「え。遠慮しとくわ」
「遠慮しな。俺が持ってったるわ何号室やねん」
「…内緒。侑に言ったら所構わず押しかけられそう」
「あ?なんやて?!」
「侑、静かにしいや」
「ぴぇっ、は、はいっ…」
「あ、北さん〜、レシーブかっこよかったっす」
「?みょうじくんありがとう。ほな、3人ともおやすみ」