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(宮 侑)

なまえからもらった爪ヤスリを手に、自室のドアを勢いよく開けた。

いきなり開いたドアに部屋の中にいた治が視線を寄越す。

「ふっふっふ」

抑えきれない笑いが溢れ出てしまう。

「キッショ、何やその顔」

治が怪訝そうな目で見てきた。普段なら反応するところだがそんな視線を送られても今の俺には痛くも痒くもない。

俺の手にあるものを見て治が「なんそれ」と聞いてきた。

「サムには内緒や♪」

治には言うな、て言われたからな。
ちゃんと約束守んねん。

「……どうせなまえやろ」
「っ?!何で分かんねん?!」
「ツム…お前隠す気ないやろ」

バレてしまっては仕方ない。
ま、別にバレてもええけど。俺だけがもらったんやって見せつけたい気持ちがないわけでもない。

「内緒やもーん」

ふんふんと鼻歌を歌いながら、バレーのケア用品を入れている収納箱に大事に収めた。

数百円のものでもなまえにもらったというだけでとても大切に思える。

俺だけに特別に渡してくるって、要するにそういうことやろ?もはや俺のこと好きっちゅうことやない?特別やんな??

「まじでやめろその顔。キショいし、お前今、完全に頭ん中お花畑やろ」
「サムぅ、羨ましいんやろ?俺だけもろて」
「羨ましくないわ」
「嘘や、何で俺にはないんって顔に出とるで」
「っ、うっさいクソツム」
「あーー、最高やわあ、ええ夢見れそう」

ほくほくとした気持ちで2段ベッドの上に上がる。

「おい、ツム下行け」
「は?」
「お花畑は下で寝ろっ」

自分の枕を2段ベッドに投げてきた治に目を細める。わかった、こいつ俺に嫉妬しとるんや。自分はなまえから誕プレ貰えへんかったからて…!

「しゃーないなあ。今むっちゃ機嫌ええし譲ったるわ」

優越感に浸る俺は優しい侑クンが譲ったるわ、と自分の枕を持って二段ベッドの下の段に移動した。

「ニヤケんなド突くぞアホ」

負け犬の遠吠えや、と聞かなかった事にして布団に入り込む。
何を言われても今は桃色お花畑や。

18歳、最高の誕生日やわ…と幸せな気持ちで目を閉じた。



***



(みょうじ なまえ)

双子の誕生日。侑に誕プレとして爪ヤスリをプレゼントした。

セッターの生命線とも言える爪の手入れは何よりも大事にしているようで、侑はよく爪の状態を見たりハンドクリームも使っていたりしている。

爪保護用のコートも気になっていると聞いた時にはどれだけ手を大事にしているか伝わってきた。

そんな侑に、治には内緒だと言って数百円の爪ヤスリを贈ると、喜びを堪えるかのような表情をするからチロルを思い出して、猛烈に頭を撫でくり回したくなったのを今でも覚えている。

侑はその日からとても機嫌が良くなった。
目に見えるように穏やかでいつもこれぐらい上機嫌でいてほしいものだ、と思う。

角名曰く、今は気持ち悪いくらい練習中は優しいらしい。

後輩に至っては、いつ、その優しさが崩れるか分からず逆に怯えていると聞いた時には、どんだけ普段から周りに喜怒哀楽の急降下激しめなのをぶつけているんだと呆れた。

まあ分からんでもない。さっきまで怒っていたかと思うとすぐにケラケラ笑っていたりする奴なんだから。

まだ引き続き侑の機嫌が良い中、校内では月末に行われる文化祭、稲荷崎祭の準備が本格的に進んでいた。

午後からは文化祭準備に全て当てる時間割ともなると校内は一気に騒がしくなる。

校内各所で集まっているため、もはや自由時間に近い賑やかさだ。

3年5組、俺たちの組は出店でチュロス担当になった。去年はたこ焼きだったから、割と楽かもしれない。

準備資材を取りに向かうために廊下を歩きながら、高校最後の文化祭も程よく楽しく過ごせたら良いなあと考える。

資材置き場が近づいてきた。
一箇所に集められた資材から必要な分だけ取っていく決まりで、ダンボールを何個か取っていると隣に人の気配を感じ、横を見る。

「佐倉さん、」
「みょうじくんも資材調達?」

くすりと笑う佐倉さんに佐倉さんも?と尋ねる。

「うん、私のとこはお化け屋敷なんよ」
「すごっ!佐倉さんが作るならハイクオリティになること間違いなしだなぁ」
「全然…!美術部ってだけでクオリティは…」
「いや、佐倉さん絵めっちゃ上手いじゃん!桜の絵!見せてくれた時、本当に満開で、」

2年の終わりに見せてくれた佐倉さんの満開の桜の絵は見入ってしまうほどに、綺麗だった。

「…ありがとう」

照れがちに小さな声でお礼を言う佐倉さんに、あまりの剣幕で言いすぎたかと俺も少しそわそわとしてしまう。

「…去年、文化祭でたこ焼きやったばっかなんに、もう一年経つんよねぇ。早いわぁ」

佐倉さんが窓の外を見て、物思いに耽るように言う。

「今年はチュロスよね?」
「うん、そうそう、聞いた?」
「…この間宮くんに話しかけて、何するか教えてもらったんよ」

佐倉さんはほんのり嬉しそうに話す。

「侑は当日ほとんど分担ないからなー」
「ステージ?」
「うん。ステージとか他のとこから引っ張りだこで。クラスの皆も侑はステージの方がいいだろ、って逆にステージに専念できるような分担にしてた」
「5組、ええねぇ」
「皆、理解があるっていうか、団結してるっていうか」

笑っていると佐倉さんが静かになった。

「…私な、去年みょうじくんに、宮くんの彼女、いてるか聞いたやん」
「あー…うん…」
「宮くん…あれからずっとおらんのかな…」

騒がしい生徒たちの会話の中で俺にだけ聞こえたその声に少し間を置いて答える。

「…いないと思う」

一年前とは大分状況が変わった。
佐倉さんは侑が好きで、俺はそんな佐倉さんを応援していた。
良かれと思って仲を取り持とうと頑張っていたが、今となっては侑の好きな人は多分…俺だ。

それを知っている以上、佐倉さんの言葉にどう返答すれば良いか悩んでしまう。

「はぁ、無理やって分かってんのになあ…。私別にええとこなんか、どこも無いし」

苦しそうに笑う佐倉さんの横顔に俺はぎゅ、と手を握りしめた。それは今も侑のことが好きだという意味だろう。

「そんなことないよ、佐倉さん優しいし、俺はめちゃくちゃ良い人だと思ってる」

「…ありがとう、みょうじくんこそ優しいと思うわ」

「…俺に出来ることって話聞くことしか出来ないけどいつでも言って!相談乗るくらいは…」

いやでも俺みたいな奴じゃ相談にならないか、と口の中で呟く。
そんな俺を佐倉さんがちらりと見て…俯いた。

「話、聞いてくれる?」
「う、うん。俺で良ければ」
「…ほな、今日一緒に帰らん?」

えっ。

俺を見上げて首を傾げる佐倉さんにドキリとした。思わず声が出そうになって、慌てて「いいよ、放課後どっか行く?」と言うと「うん」と返事が帰ってきた。

じゃ、じゃあまた後で、と内心展開についていけていない自分を無理やり制してその場から離れた。

教室に戻る間に色んな感情が湧き上がる。

じょ、女子と一緒に帰る…?!
いや、佐倉さんは相談したくて誘ってくれたわけだから、別になんの意味もないんだぞ、勘違いするな俺。
でも一緒に帰るって0.0001%は何かが起きる確率が…。
いや、そもそも佐倉さんは侑が好きなわけであって、何を考えているんだ俺は。すぐにそういうことを考えるから非モテなんだよ、ダメだダメだ。

「おーい、なまえ!5組通り越してどこ行くんや」
「はっ!!」

廊下に顔を出している侑から声を掛けられて我に返った。

ダンボールを持ったまま3年5組を通り越していた。Uターンして教室の中に入る。

作業しているグループに頼まれていたダンボールを渡して自分の持ち場に戻った。

当日の設営に使う飾り付けを作っているのだ。
等間隔に切ったり、貼ったりの作業を角名と再開する。

「侑、お前は触るなよ」
「何でや」
「ぶきっちょなお前が触るとガタガタになる」
「ならんしぃ」

不服そうに唇を尖らせる侑を無視して切り貼りしていく。

「なあなあ、今日、21時から恐怖の〇〇ファイルあるやん。飯食った後にレクルームで観よ」

侑の提案に角名が別のチャンネルの番組が見たいと言った。

「ほんなら多数決や!なまえは?」
「俺?あー、今日は晩御飯いつ食べるか分からないし、俺抜きで」
「え、何でや」
「今日はちょっと、帰り用事があるから」
「どこ行くん」
「まだ決まってないけど、ぶらっと」
「ぶらっと、って何や」

うわ、これ正直に答えたら何か面倒臭そうな匂いがする。

「どっか行こうかなーって思ってんだよ」
「誰と?一人?」

侑の質問攻めに、俺は手元の作業を止めずに小さな声で答えた。

「…佐倉さんと」
「…、はぁっ?!」

賑やかな教室内でも目立った侑の声に皆がどうした何があった、と見てきた。角名の手元は切り貼りしているところが大きくズレている。

「ばっか、声大きい!」

しーっと、人差し指で静かにしろと示すと侑が俺の人差し指をへし折るかの勢いで掴んできた。

「いだだっ!!指!指折れるわ!おいっ」
「佐倉サンとぉ??」
「いや、指!掴み方が!折れる折れるっ」

侑の手から指を引っこ抜いて「俺の人差し指、無事だったか?」と大事な人差し指を撫でる。
いきなりのバイオレンスに俺の指が持っていかれるところだった。

「何で佐倉サンと一緒に帰るんや?どういうことなん」

理由を問われると困る。元はと言えば侑が原因で佐倉さんは悩んでいるんだから。

「ちゅうか、そんなん聞いてへんし」

だって言ってないし。ていうか今さっき、決まったことだし。

「さっき佐倉さんと話してて、まぁその成り行きで…」

濁すような俺の言葉にいきなり不機嫌そうな顔になった。

「そやから浮かれてんのか」
「は?浮かれてないし」
「よう言うわ。ダンボール持って呆けてんの、どこのどいつや」

棘のある言い方に少しカチンと来る。

「誰と一緒に帰ったって、侑には関係ないだろ」

ムッとして手作業を進めながら言い返すと侑が黙った。顔を上げられないが、無言ということは多分キレている。無表情か目を細めて不機嫌そうな顔をしているかどちらかだろう。

侑の顔を見ずに無視して、飾り付けをハサミで切っていると「もうええ」と一言発して、侑が立ち上がった。

教室を出ていく侑に、やっと顔を上げて小さくなっていく背中を見送る。

隣の角名が無言で俺を見てきた。その目は俺を責めているようにも感じる。

「…俺悪くないよな?」
「別に悪いとは言ってない」
「じゃあ、何でそんな目で見てくるんですか角名サン」
「今、この時点で昨日までの侑と180度変わったなって思っただけ」
「…大丈夫、どうせ1時間後には笑って治と廊下走ってるよ」
「だと、いいけどね」
「何で不機嫌になるんだよ。意味わかんね」

そう口では言いながらも、侑のあれはヤキモチじゃなかろうかと推測する。自惚れだが多分、俺が佐倉さんと一緒に帰るから。

でも、俺だって人生に一度あるかないかの女子と一緒に帰るなんてシチュエーション、逃すわけにはいかないだろ?

「なまえ、そこ貼り間違えてる」
「あっ」
「やっぱ浮かれてんな」
「浮かれてないって!」

角名まで…、とぶつくさ言いながら作業を進めていった。



***



午後の準備活動が終わりSHRを迎える。
担任の話を聞きながら、目の前に座る侑の背中を見た。

あれから機嫌はどうなったかというと、無事に戻っていた。

侑が教室を出ていってしばらくすると、3組の廊下辺りで笑い声が聞こえてきた。
顔を覗かせると、治と侑が生徒に囲まれていた。
何やらふざけていて周りにウケたみたいだ。

ウケたら機嫌が良くなる侑はすぐに笑顔になっていたし、角名の心配は杞憂に終わった。

SHRが終わり解散を告げられた教室内は賑やかさを取り戻す。

席を立つ生徒や、集まって話始めるグループ。

侑と角名もバレーの練習に行くためにスポーツバッグを肩にかけて立ち上がった。

席を立った侑が俺を見てくる。
大きくて垂れ目がちな目が冷たく俺を見下ろしてきた。

……訂正。まだ機嫌は悪いようだ。俺限定で。

「…なんだよ」
「べつにぃ。角名、行くで」

別にっていう顔じゃないけどな、その顔は!
不貞腐れたように出ていく侑に角名も「浮かれすぎて溝に落ちないようにね。落ちても面白いけど」と鼻で笑って出ていった。

角名、このやろ…っ!
そして侑め…!俺に当たんなよっ。

理不尽だ、と思いながら佐倉さんとの待ち合わせ場所に急いだ。

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