05

侑が泊まりに来た最終日、帰る時間が迫っていた。

「侑、電車の時間、」

部屋のフローリングに座り、先程からずっと俺をぬいぐるみのように抱きしめている侑に声をかける。

昨晩ついにこの男に喰われてしまい満身創痍の俺は、侑の両足の間で動く気力もない。
諦めて好きなようにさせていたが、時計を見てもう一度伝える。

「………」
「そろそろ出ないと間に合わないぞ」
「………」

黙ったまま、しがみつくように俺に腕を回す侑を見上げた。

「コアラかよっ、俺はユーカリの木か?!」
「うっさい」

電車の時間が来るから早く出ろと催促する俺が不満なのか、腕の力が強まる。

やっぱりコアラだ…俺は今ならユーカリの木の気持ちがわかる気がする…。
クマみたいに重たいし激しいし荒い時もあれば、コアラみたいに離れようとしない時もあるコイツにどうしたものか、と息を吐いた。

「あともう一本ずらすぅ…」
「さっきもそう言ったじゃん。ほら、か、え、る!明日、練習あるんだろ?駅まで送ってやるからさぁ」

送ってやると伝えると不服そうにしつつも、やっと腕の力を弱めた。立ち上がり、侑の帰り支度を手伝ってやる。

「うぁー…だるぅ」

初めての行為に普段使わない筋肉を使ったからか全身が倦怠感に包まれていた。伸びをしてほぐしていると荷物を持った侑が「体、大丈夫なん?」と見下ろしてきた。

こてんと首を傾げる侑にお前のせいだぞ、と言いたくなるが「…レース走り終わった後の疲労感よりはマシ」と答えると「ほな、まだまだイケるか…」と呟いていた。

「侑クン何言ってんの。怖いこと言うな」
「喘ぐなまえ、可愛えかっ「おいっいきなり何?!言うなっ!口を閉じろっ!」

廊下を歩いて玄関へ向かう中、突然恥ずかしいことを言い始める侑に「雰囲気に流されただけだからな、お前に無理やり攻め立てられただけだからっ」と小突いて遮る。

ニヤニヤと意地悪そうに笑うジャイアンを睨むと玄関で壁に寄せられ、侑の顔が近づいてきた。

触れる唇にこれで今日何回目だろう、と回数も分からなくなるほどキスされたことを思い出す。

リップ音と共に離れた唇。余韻が残る感触に、名残惜しさを感じているのはどちらか分からない。室内に2人きりとはいえ、恥ずかしい。一瞬だけ目を合わせて、床を見ると侑の笑い声が降ってきた。

「恥ずかしいん?」
「は、ずかしいだろ…普通にっ」
「昨日アレコレしたのに?」
「言うな言うなっ!」

恥ずかしくないわけがない。だって今までクラスメイトで、友達で、親友になった奴と恋愛関係にまで発展し、ついには一線を超えてしまったのだ。
あられもない姿を見せてしまったという羞恥心は簡単には消えない。侑の顔を見るたびに、昨日のことを思い出して、上手く目を見れないほどには恥ずかしさを感じている。

顔に熱を感じながら靴を履く。
玄関の外へ出たら、今のような触れ合いはできない。侑の腕が後ろから回ってきて、抱きすくめられた。

長い抱擁の中「電車、」と呟けば侑は唸りながら観念したように離れた。

玄関の扉を開け、鍵をかけて侑と一緒に最寄り駅までの道のりを歩く。

「…なまえが引越しするまで、あと何回会えるやろ…」

いきなり隣でぼそりと呟いた侑を見上げる。少し寂しそうな横顔に胸がきゅう、と締め付けられた。
その姿に、帰省時に寮へ帰ろうとすると悲しそうにくぅんと鳴くじいちゃんちのチロルを思い出す。

「…分かんないけど…少ないだろうな」
「……」

駅が見えてきて、もう少しで離れると実感する。寂しさを感じていないかと言うと…嘘にはなるが。

そんなことを考えていた時。

「みょうじ?」

駅前で自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、顔を向けた。二人組の女子が立っていて、見覚えのある顔にあっと声が漏れる。

中学3年の中途半端な時期に引っ越してきたこの地域で、中学最後に同じクラスだった女子だ。陽キャで明るい茶髪の子と…もう一人は黒髪ロングで清楚系な雰囲気だ。整っている顔と綺麗めな身だしなみに目を引かれる。

「西野さん…と、え…寺内さん…?」

確かめるように聞いたのは、中学時代の記憶から明るい茶髪は西野さんだとパッと見てすぐ分かったが、黒髪ロングの女子がすぐには分からなかったからだ。

「久しぶりやね、みょうじくん」
「すごぉいみょうじ、よう気づいたなぁ!高校デビューで皆から気づかれへんのよ、ねぇ?」
「まぁ自分でも中学の時は地味過ぎたし、気づかれたん久しぶりやわぁ。みょうじくんは…変わらんねぇ」

垢抜けた寺内さんにくすりと笑われ、すこし照れくさくなり曖昧に笑えば隣の侑に小突かれた。
陽キャ組の西野さんは俺の隣に立つ侑に興味津々という顔で見ている。というよりは俺に声をかけてきた時からずっとチラチラと侑を見ていた。

「あ、コイツ高校の友達」
侑を軽く紹介する。侑は何を考えているのか面白くなそうな顔をしていた。愛想良くしろ、と小突くと「…ドウモ」と小さく答える。

「え〜!めっちゃかっこいい!背ぇ高い!何部やったん?」
「バレー部、プロになるよ」
「えっ?!プロ選手?!すっご!!ねぇ、プロやって!」
「みょうじくん稲高やったよね?バレー強いとこやんなぁ?すごいなぁ」
「名前、教えて!」
「…宮侑…」
「あつむくんて言うんやぁっ!」

侑の話題で一気にその場の空気を持ってかれる。

「えっ、ちょっと!みょうじ、連絡先交換しいひん?うちら卒業の時交換してへんよね?」
「え、あ…」

もちろん連絡先の交換なんてしていない。中学で周りと浅い付き合いしかしてない俺には女子と連絡先交換なんて、そんなイベント発生はなかった。

携帯を出す西野さんに押され、ポケットから自分の携帯を取り出そうとした瞬間、侑から腕を掴まれた。

「電車。遅れるし、もう行くで」

握られた腕が少し痛い。無理やり駅の中へ引っ張られて西野さん達から遠ざかる。

「ご、ごめん…、コイツ見送りに来てるから…また!」
「あっ、男子やったら誰と交換しとるっ?」
「えっと、高橋とならっ」
「ほな、高橋から聞いとくわぁ〜っ!」

ニコニコと笑いながら手を振る西野さんに侑が眉を寄せて振り向こうとしたため慌てて阻止をする。女子でも構うことなくガンを飛ばそうとする侑を制御したら、逆に俺が睨まれた。

「おい、何携帯出そうとしとんねん」
「いや、だって交換しよって」
「は?あんなん、はなからなまえ目当てやないやろ」

侑の指摘にそんなの俺でも分かってるわ!と心の中で言い返す。高校で何度、侑と連絡先を交換したいという女子に声をかけられたと思っているんだ。

俺目当てじゃないことくらい分かっているけど目の前であんな風に言われたら断れなくないか?

「はぁマジで弱すぎやろ…断れやっ」

プリプリと怒っている侑に別に俺が女子と連絡先を交換したところで何かが起きる訳でもないのにな、と思う。

電車の時間が近づいていて、改札前で名残惜しそうに手を繋いでいる男女カップルの姿が視界に入った。

俺と侑は付き合っていても外で手を繋ぐこともできない。改札前で侑に見下ろされ、視線を合わせる。まだ少し怒ったような目をしていた。

「……お前、その目やめろよ…」
「なんや、どの目や」
「その…『俺のもんやろ』って主張する目…」

視線が支配欲に満ちているソレなのだ。お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの。そんでお前も俺のものという意志をヒシヒシと感じる目。そんな目で見られるだけで疼くような感覚に陥る。

眉を寄せ目を細めた侑が首を傾げた。

「は?文句あるか?文句あんのは俺の方や」

先程の断らなかった俺に文句があるらしい。話し始めるとキリがないので侑の背中を押して、無理やり歩かせる。

「ああ、もう電車来るからっ!早く行けっ!」

渋々と侑が動く。改札前の男女カップルはまだ名残惜しそうにイチャコラしている。それを目にしたのか、改札を通る前に侑が振り向いて頬を膨らませた。

「…触りたぃ」

何だよ、その率直な感想は。思わず噴き出してしまった。さっきまでプリプリ怒っていたのに、相変わらず喜怒哀楽がジェットコースターだ。

腕を伸ばして背の高い侑の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。人前で触れられない俺達の唯一の触れ合い。

「や、めっ」
乱れた髪を直す侑にケラケラと笑う。

「練習、頑張れよっ」
「…ん、」

また連絡する、と伝えて改札を通る侑を見送る。ホームへ向かう侑に手を振った。

見えなくなった広い背中に、ジャイアンなところは憎いけど、可愛い奴だなと少しだけ思う。怒ったり拗ねたり感情豊かな侑の顔を思い返す。
一人で笑いそうになるのを堪えて駅を後にした。

▽▽▽

家に帰り、一人の時間を過ごしていると携帯に通知が来た。

侑かと思い画面を見れば、メッセージの送信者は中学時代の同級生男子、高橋からだった。

〘久しぶりー、西野からみょうじの連絡先教えてくれ、て言われたんやけど何か聞いとる?〙
〘久しぶり!今日駅で出会ってさ〙

まさか本当に高橋を通じて聞いてくるとは…陽キャ女子の行動力はすごい、いや、侑と連絡先を交換したいという執念なのか…。

〘教えてええ?〙

そう聞かれると断れるわけがない。承諾の返事を送った後、程なくして西野さんから連絡が来た。

〘今日は久しぶりやったなぁ!ねぇ!あつむくんと連絡先交換したいんやけど!あ、あつむくんって彼女おるんかな?〙

す、すごく肉食女子だ…
自分には無い押しの強さに圧倒される。侑に「西野さんが侑と連絡先交換したいんだって」なんて言うと一悶着起こることは分かりきっているので、ここは頑張ってガードしようと姿勢を正して携帯を握りしめた。

頑張れ、俺。断る勇気も必要だっ。

〘彼女はいないけどアイツ、俺からの経由で連絡先交換するの嫌がるから…ごめんっ!〙
〘え〜!そうなん!ほな一緒に遊んだりは?みょうじ、セッティングしてや!(笑)〙

う、うおお…す、すげえ肉食女子ですね?!

画面を見て俺は恐れ慄いていた。
セ、セッティングとか、俺にそんな陽キャスキル求められても困るんですけど!と戸惑う。

ここからどうガードするんだ…?!

『無理』『出来ない』を強く言えない。嫌われたくない、相手を傷つけないように周りの望むように答えを返さないと、という周りに合わせようとする自分が前面に出てくる。
基本的に周りの気分を損ねないように、周りに馴染むように生きてきた俺に突っぱねるという荒業は難しく感じる。
やんわりと断ったりはできるのだが、それ以上に強く来る人にはあまり言えない。

〘とりあえずちょっと聞いてみるね!〙

結局、俺は相手に最大限寄り添った上でお断りするという選択を選んだ。侑に聞いて『駄目』と言われたって言えば、何とか諦めてくれるかなという思いで侑へメッセージを送ろうと試みる。

侑とのトーク画面で波風立てないように言葉を選んで伝えてみようと考え、打ち込む。

みょうじなまえ〘駅で会った西野さんから連絡来てさー、〙
「あっ、」

指が当たり、全部打ち終わる前に送ってしまった。侑の連絡先知りたいって言われたけど、断っていいよな?と断る前提の意思を伝えながら打とうとしたのに。次の操作をする前にすぐに既読表示になってしまった。

宮侑〘は????〙

うっわ…この反応……何だかやばそう…

みょうじなまえ〘侑の連絡先知りたいって言われたから…断っといていいよな?一応確認しただけ。すまんな!じゃ、おやすみ!〙
宮侑〘おい待てや。自己完結すな、まだ終わっとらんて〙
宮侑〘え、何連絡先交換しとん?〙
宮侑〘シバくぞ?〙

侑の連投に携帯の向こうが想像できる。

みょうじなまえ〘いや、流れで〙

すぐに既読になる。返答がないかと思いきや、携帯から着信音が鳴った。侑からだ。

「…どした…?」
『どした?やないわ。どゆこと?説明してくれん?』
「あ、無事に家まで帰れた?」
『おい、話逸らすなや。帰ったわっ』
「後ろで治の声が聞こえるー」
『うっさい、』

場所を移動したのか侑の後ろは静かになった。

『なあ、俺が言いたいこと、分かっとるよな?』
「…ウン、ワカッテマス」
『何で交換すんの?』
「断れなかったから…」『断れや』

侑の即答に、説教されている気分で携帯を片手を頷く。

「だって…めちゃくちゃグイグイくるんだもん…」
『はぁーー、弱すぎや!お前絶対セールスとか断れへんやろ!』

あかん、将来謎の壺を家に置き始めたらどないしよ、と呟く侑の声に俺は頬を膨らませた。

「そういうのはちゃんと断りますぅ、俺だって確固たる意思をもって、ノーと言うときは言える男なんですぅ」
『嘘つけ!』
「言えるし。西野さんにもちゃんと断るし!見とけよ!俺のお断りスキル!」
『ええからはよ断れアホッ、お前は誰のもので誰が好きなんや??』

侑の言葉に口を噤む。

「そ、れは…」
『言うて』

分かるまで何回でも言わせたるど、と電話の向こうで意気込んでいる。

「俺は俺のもので…好きなのは『ちゃう不正解、最初が合うてない。やり直し』」

くそぅ…コイツ…

「……」
『言、え』
「…侑クンのものでぇす…」
『で?好きなんは??』
「…ロードバイ『は??』…侑クンでぇす」

よろしい、と満足そうな声が聞こえて、今絶対に偉そうに頷いているなと想像する。少し話をした後、ちゃんと断れよ、と念押しされ侑との通話を終えた。


西野さんへ〘侑に聞いたけど今色々と忙しいみたいで、また機会があったら声をかけるね!〙と連絡しておいた。
〘いつでも合わせるから!〙と返ってきたメッセージを見て、強すぎるとまた慄いたのだった。


▽


肉食女子恐るべし、と陽キャの威力を体感した数日後。


茶川、三分と一緒にトレインを組んで200km超えのロングライドの最中、後ろから声をかけられた。

「なんやみょうじ、今日ダンシング多いな?」
「えっ、そ、そうか?」

三分の指摘にギクリとして、思わずサドルに腰を落とした。
侑のお泊まり会を終えた後、まだ後ろの違和感が拭えず、多くなるダンシング。

「あれか?サドル合わんとか?迷い出すと迷宮入りやもんなぁサドルは」

茶川の言葉に三分があぁ、と頷く。

「バイクによっても変わってくるしなぁ」
「サドルは今のところ、これが一番しっくり来てるんだけどな…俺固めのやつが好きだし」
「今度柴さんからフレーム貰うんやろ?またサドル選びが大変やなぁ」
「機材変えるだけでホイールもサドルも組み合わせ次第で変わってくるからなぁ、まぁそれも楽しみだけど!」

3人でわちゃわちゃと話しながら開けた道を速度に乗って走るのは最高に気持ちがよかった。

目当ての昼飯と景色を目指して走る途中でアタックを掛け合い、自然と勝負になってしまう。
部活の時や朝練を思い出し、楽しくてしょうがない。

「うぇーいっ!茶川、ちぎれんなよ〜!」
煽るように後ろで苦しそうに登る茶川を見る。

「ほんまっ!こちとら受験でブランクありまくりやねんっ!」
「おおっ!茶川より俺の方が登れるとか、クライマー行けるかもしれへん!」

三分の言葉に茶川が次走る時はちぎりまくるで、と悔しそうにしていた。

美味しいと有名な定食屋にたどり着き、それぞれ食べたいものを注文する。

「俺、カツ丼〜」
「え、三分のやつ美味そう。後で食わせて!俺は海鮮丼にするから!」
「んんん、天丼か親子丼か…迷うわ!」
「どっちにする?」
「……そばにする!」

丼で迷っていたくせにそばを選ぶ茶川に、丼じゃねえのかよっ、というツッコミを三分と二人で入れる。

「「「いただきまーすっ」」」

長距離を走る中の出来たての昼飯は美味い。

「美味ぇーっ!」
「あかん、美味いし、いい日和やし、眠気絶対くるやん、このまま走りながら寝そうやわ」
「んなこと言って走り始めたらアゲアゲになるから、心配すんなっ」
「アゲアゲとか勘弁してや?昼からはゆっくり走らせて?」
「そういう茶川が一番、どこかで仕掛けてきそうで怖いんだよなぁ」
「仕掛けへんて、俺はゆっくりロングライド楽しみたいだけやねん」

もうヘトヘトやし、と肩を竦める茶川の腹の中なんてお見通しだ。

「敵を騙せても俺たちは騙せないからな」
「せや、茶川を徹底的に牽制したろ」

三分と二人で話し込んでいると携帯の通知が鳴った。手に取り画面を見た瞬間、声が漏れてしまう。

「うわ…」
「どしたん?」
「いや、すごいものが送られてきた…」
「「何?」」

2人が俺の携帯を覗き込む。画面にはスーツ姿の侑と治がピシッとした格好に合わせたヘアスタイルでこなれたようにノリノリでポーズを決めている。

高校の制服でも、ユニフォームでもなくカッチリした服装は男の俺から見ても、カッコイイと思わざるを得ないほどに決まっていた。

「かーーッ、男前やなぁ」
三分の感想に茶川が「イカしとんなぁ…これはモテるな…」と呟く。

双子と倫太郎、銀、俺の5人組のトーク画面に送られた写真は双子の良さを余すことなく写している。
スーツを買いにきたとの双子のメッセージが入り、銀が〘似合っとるやん!〙とメッセージを返した。リアルタイムに試着しているんだろう、楽しそうな双子の動画も送られている。

「おっ、楽しそうやな!俺らも負けてられへんっ、みょうじさっき撮った写真送れ!」

三分の対抗心で先程海を背景にふざけて撮った写真をトーク画面へ載せる。〘ロングライドなう〙とサイクルウェアの俺達がはしゃぐ写真に、皆の爆笑スタンプが返ってくる。

宮侑〘俺のスーツ姿カッコよすぎやない?こんなん誰が見ても惚れてまうよな?〙
銀島結〘惚れる惚れる(^_^;)〙
角名倫太郎〘惚れる惚れる(^_^;)〙
みょうじなまえ〘惚れる惚れる(^_^;)〙

宮侑〘おい、何やそのテキトーな返しは。なまえなんやその顔〙
みょうじなまえ〘かっこいい!惚れる!(^_^;)(^_^;)〙
宮侑〘お前覚えとけよ〙

トーク画面のやり取りに笑いながら、席を立つ。会計を済ませて、停めている自転車に戻る前に侑から個別にメッセージが来ていた。
激おこスタンプと一緒に送られたジャイアニズム満載なメッセージに笑いながら返す。


宮侑〘おい、かっこええやろが〙
みょうじなまえ〘うん、かっこよすぎる〙
宮侑〘許す〙
みょうじなまえ〘ありがと〙


単純な侑に口元が緩む。

ロードバイクに繋げていた盗難防止用のワイヤーロックを外しながら、茶川と三分に少し前の話をする。

「この間もさぁ、侑と一緒に歩いてたら女子に声かけられたわ、連絡先教えてって」

「まぁ高校でもあんだけモテとったし、これからもっと声かけられるんちゃう?高校出たら、出会いの幅、広がるやん。女性が放っとかんやろ」

「全方位からアプローチ、か…結構グイグイくる子で肉食女子すげぇって思ったね俺は…」
「あぁ、中にはおるやろなぁ。気ぃ強い女子は引かんやろうしな」

世の中には押し負ける奴もおるやん?と言う茶川に自分のことを言われたように感じ、言葉を濁らせていると三分が首を傾げた。

「ちゅうか、あんなん横におったらみょうじ、霞むどころか消えてなくならんか?」
「おいぃ、俺の存在っ!」
「だってあないにバチバチに決められたら、俺も霞む自信しかあらへん」

「いや、少しでも霞まないためにはな、見ろ、これを!」

携帯のカメラロールから1枚の写真を2人に見せる。男子寮で撮った写真だ。

「おお?何かええ感じやん、どしたん」
「だろ?これ、寮で侑に髪をセットしてもらった時の写真。倫太郎が撮ってくれた」
「ほぉ〜さすが、整えとるだけあって上手いな宮」

休日、出かける前に俺の髪の毛をスタイリングしてくれた時の写真は自分でも気に入っている。ヘアスタイルを整えるだけでこんなにも違うのか、と少し垢抜けた自分に驚いたものだ。

「結構マシになってない?」
「いや、ええとこ行っとるで!普段より3割増、いや4割増!」
「だよな?!ここまで変わるってすごいよなぁ!」

その時のことを思い出す。
セットしてもらい、あまりの変わりようにルンルンだったが、結局出かける前になり侑がいきなり俺の頭をボサボサにして来たのだ。

「なまえにはボサボサ頭がちょうどええ」「他人に見せられへん」と鳥の巣頭にされた俺は半泣きで治に泣きついた。

「思いのほか、良く出来すぎて外に出したくなくなったんやな、めんど」なんて呟く治に何でもいいから侑を懲らしめてくれと、ド/ラえもんに泣きつくのび太ばりに悔しがったのを覚えている。

まだ完全に自分であの時のヘアスタイルを再現することは出来ないけど、頑張ればいけるかもしれない。

俺だってちゃんと整えれば、こんなにかっこいい侑の隣にいたって、それなりに…。

もう一度侑のスーツ写真を眺めると、茶川の言葉をふっと思い出し、少し胸がザワついた。

『気の強い子もいるし、押し負けることもある…』

俺は、侑に押し負けて結局呑まれてしまったけど、その反対で侑にグイグイ行くような人もいるってことだよな…。

この間みたいに陽キャでグイグイ行く女子が侑にアプローチしたら…可愛くて、魅力的な人が侑に迫ったら…侑は押し負けてしまうんだろうか…。

その先のことを考えるとモヤモヤを感じ、胸の辺りがきゅ、と苦しくなった。

サイクルウェアの背中ポケットに携帯を収納し、ヘルメットを手にする。

「よっし、ほな行くか」
「ん、三分鬼引き頼む〜」

モヤモヤを消し去るように頭を振り、ペダルにピンディングシューズをはめ込む。カチッと金属音を耳にして、三分の背中を追いかけた。


▽▽▽


ロングライドを終えた翌日、練習帰りの侑と少しだけ会う予定で、待ち合わせの駅で待っていた。

構内で携帯をいじりながら壁にもたれている侑を見つけて、早歩きで向かった。

「侑っ」
「おそ、……」

俺を見た瞬間、侑は固まった。侑の反応にドキドキとしながらそろりと見上げた。

「お、お待たせ」
「………」

怖い、真顔で俺を見下ろす侑がどんな言葉を返してくるか気が気でない。

「……何や、その頭」

少し低い声にヒヤリとする。

今日、俺は家を出る前にかなり時間をかけて髪をセットしてみたのだった。
鏡の前でスタイリング剤と格闘しながら自分の髪の毛をいじり、以前侑がしてくれたように雰囲気イケメンに近づけるように頑張ってみたつもりだ。

侑の隣を歩くなら少しでもマシな方がいいかなって、俺がかっこよくなれば侑も他に言い寄られても俺を好きなままでいてくれるかな、って。恥ずかしいから絶対に言わないけど。

そう思って頑張ってみたんだけど、変だろうか?自分的には割とうまく出来た方だと思ったが…

「…変…??」
「…変ではない、けど…」
「けど…?」
「何でセットしてんねん、何かあったんか今日」
「いや、特に何も。…出かけるからちょっとは整えようかなって」
「……何、色気付いとんのや」
「はぁっ?い、色気付くとか、そんな!」

何だか侑の機嫌が悪い。
ええやん、って褒めてくれるかと思ったのに。なんだよ、この温度差。

「普通に、出かけるなら身なり整えたいだろっ、三分達だって整えたら4割増って言ってくれたもん」
「………」

さらに冷めきったような侑が無言で俺の頭に手を伸ばしてきたため、必死でガードする。

「やめろよっ!絶対に崩すな」
「……」

眉を寄せた後、盛大に舌打ちをした侑に俺は目を見開いた。

?!?!舌打ちした?!何コイツ!!
不快感を露わにする侑に俺はなぜなんだと驚きが隠せない。

侑に惹かれる人達が多いからこそ、恋人としてもっとかっこいいと思ってもらいたいから整えてきたのに何なんだこの反応は。

「何でそんな機嫌悪いんだよ」
「別に…」

別に、っていう表情と雰囲気じゃありませんけどね?

「ほら、時間ないし早く行こ」
「………」

ムスッとした顔をする侑にそんなに不評だったのかな、と内心気落ちしながら歩き始めた。



▽▽▽


駅近のカフェでテーブルを挟んで侑と話をするものの、侑の態度はさっきからかなり素っ気ない。

「で、三分が笑わしてきてさぁ」
「…ふうん」
「何だよ、さっきから」
「何が?」
「何か機嫌悪い」
「悪うないし」
「いや、悪いだろ」
「そないにきめこんで誰に見せるつもりなんやろ、て思てるだけやわ」

頬杖をついて皮肉めいた言い方をする侑に眉を寄せる。

「誰に見せるとか…」
「ほな別にいらんくない?」
「…侑だっていつもバチバチに決めてんじゃん」
「俺となまえはちゃうし」
「…何が違うんだよ」

「俺はええけど、なまえは別にいらんやろ」
「はぁ?」
「色気付く必要あらへんやろ」
「だからぁ、色気付いてねえって」

どことなく冷たい言い方の侑に俺も少しムカッとした。

「セットしたところで、やで?誰も見向きもせぇへんし」

その言葉にカチンと来た俺は飲んでいたアイスカフェオレから口を離した。

「…ええそうですよ、誰も見向きもしないのは分かってますぅ。侑みたいに声かけられたりしないんでっ」

「声かけられたらノコノコ付いていくんか?なまえのことやし、ヘラヘラしながら付いていくんが想像できるわ」

「何でそうなるんだよ、侑だって可愛い子から声かけられたら、連絡先交換すんのか?」

侑が口を閉じて、じっと見てきた。

「……するかもな。そん時になってみな、わからへん」
「………、」

返ってきた言葉を聞いた瞬間、目を伏せた。
頭で理解する前に胸を抉られるような痛みが走る。自分がどんな表情をしているのか分からない。

『俺はそんなことせん』 と否定する言葉が返ってくると思っていた。いつもならそう言って睨んでくるはずなのに、涼し気な顔で発せられた言葉は痛みとなってじくじくと拡がっていく。

侑はいつも好意を押し出してくるから…そんなことないと言うはずだ。心のどこかでそう思っていた。

……周りから持て囃される侑の心が、俺から離れる可能性なんて十二分にある。

それを引き止められるほどの力は俺にはない。こうして少し身なりを気にして整えてみたところで、不機嫌にさせるだけなんだから。

侑に言い返す自信も、人を引きつける力もない俺は責めることすらできない。

「…ま、まぁ可愛い子なら仕方ないよな……」

カフェオレの氷を見つめながら、自分で言った言葉にまた胸が締め付けられた。

二人の間に沈黙が続く。

侑の言葉が胸に突き刺さり、俺は痛みを我慢することしか出来なかった。

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