06

(宮侑)

バレーの練習が終わり帰宅ラッシュの最中、なまえと落ち合うため、待ち合わせの駅へ向かっていた。

次の練習までにもうちょい感覚を整えときたいなぁ、犬鳴(ワン)さんの動きえかったなぁと練習を振り返りながら歩く。

プロチームでは高校の時とは違い、技術も体力も結果も相応のものが求められる。チームのメンバーも年上のベテラン達ばかりで、練習もラクでは無いがそれよりも楽しいが上回っていた。

追いかける背中がたくさんある、セットアップしたい強い選手がたくさんいることにウズウズして毎回練習に向かうのは楽しみだった。

まずは体づくりからと監督からも言われているし、ひたすらトレーニングの積み重ねだ。

駅に着き、今居る場所をトークアプリでなまえに送信した。

バレーも恋愛も順調で行く手を阻むものは何も無い状況に日々充足感で満たされている。
欲を言えば、もっとなまえと会いたい。これから遠距離になることが唯一の不満要素だ。

お互いに進む道が違うため仕方ないことだが、物理的に会えないのは寂しさを感じる。

あと、なまえが寂しそうにしていないところも少し不満。いや、大分不満。
もっと寂しがれと思うのに、東京に行ったら柴サンと近くなれるから嬉しいとかそんな事ばかりほざいていたから、そこは不満だ。

冬に柴サンと走る〜、て会うとったやんけ。

自分と離れることにイマイチ寂しそうではないところは如何なものかと思っている。

小さな頃から転校続きのなまえにとっては、馴染んだ土地を離れることに抵抗はなく、自分の周りの人間と離れることにも慣れているから寂しさなんて感じないのか…。

自分にはその感覚はよく分からない。
寂しいもんは寂しいし。会いたいもんは会いたいし。

(はよ会いたいなぁ、まだやろか。何時の電車に乗る言うとったっけ…あー腹減ったぁー、…はよ来いやアホぉ)

今日はなまえに渡すものもある。
これはサプライズで、今後離れて暮らすためお揃いのものを贈ろうと計画した。

斜めがけにしているスポーツバッグの中には俺の独断と好みで買った色違いのマグカップが2つ入っている。

色だけは好きな方を選ばせてやろうと思うけど、使い心地、大きさは完全に俺好み。なまえの反応を想像して選ぶのは楽しかった。

距離は離れてもお揃いのものを使ってお互いに寂しくないように、と丁寧にラッピングしてもらった包みを大事に持ってきている。

はよ来んかなぁ。

お待たせ〜と手を上げながら現れるいつものなまえの姿を想像すると口元が緩みそうになり、唇に力を入れた。

なまえって何もしてなくても、見とるだけでおもろいんよな。
手を上げてひょっこりと姿を表しただけで笑えるくらいには俺の中でツボなのだ。

さらに隙をついて、つついたり、のしかかったりすると「ぎゃっ」とか「うぅっ」「ひぇっ」とか変な声出すし、ほんまおもろい。

アホ面で頬膨らませて拗ねたりするのに、本気の時の顔は恐ろしいほど怖い顔するし、ほんま表情管理なんとかせえっちゅう話や。

今まで見てきたなまえの反応はやっぱり面白くて、思い出し笑いをしてしまいそうになり、堪えて携帯を覗き込む。

アホ面も泣き面も怒った顔も、恐ろしい顔も、全部好きだし、この間もまた新たな顔を見てしまった。攻めたてて顔を赤くさせ蕩けそうになった顔は最高に美味かった。

あれはほんまに最高やっt「侑っ」

自分の名前を呼ぶ声が耳に入り、やっと来たかと顔を上げた瞬間。
目の前に立つなまえを見て言葉が詰まった。

「お、お待たせ」

いつもと雰囲気が違う。いつもはふっつーの男子って感じなのに、今日は髪も整えて決め込んでいる。

なまえは気恥ずかしそうにそわそわしながら視線を合わせてきた。

その姿に少しモヤッとした。何でなのかは分からないが、 確実に俺の感情は急降下中。

「……何や、その頭」

期待するような目で見上げてきた。

「…変…??」
「…変ではない、けど…」

胸がザワつく。
え、そないにオシャレして何かあるん?

何で今日はそんなにめかしこんでいるのか聞くと特に何かあるわけではないと返ってきた。

え、何もないのに、色気付く必要ある?他の奴に見せる必要ある?

口に出すと慌てて色気づいてないと否定してくるから、イラッとした。

「普通に、出かけるなら身なり整えたいだろっ、三分達だって整えたら4割増って言ってくれたもん」

は??4割増は言い過ぎやろ、3割増しやろが。
3割増でも似合っとるし、かっこかわいいし、何なん。他の奴がお前見て、あ、ええなってなったらどないすんねん。

なまえの頭に手を伸ばすと、焦ったようにガードしてきた。抵抗するなまえにさらにイラッとする。

「やめろよっ!絶対に崩すな」

…やっぱり色気づいとるやろコイツ。誰やねん、なまえにセットの仕方教えたん。

……俺やんけ!!

内心頭を抱えながら、過去の記憶を思い出した。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
それは高3クリスマス前の休日、男子寮で騒いだ記憶。

買い出しに行く時になまえが『俺も侑みたいに髪とか整えたらマシになるかなぁ』なんて鏡の前で言うものだから。

俺もなまえの髪をええ感じにセットしたらどうなるんやろと少し興味が湧いたため、抜群のセンスの持ち主侑クンの腕を見せたろうと思ってなまえの髪をセットしてやった。

そしたら思いのほか、いい感じに出来すぎてしまった。俺の腕が良すぎるせいもあるかもしれない。

セットする前より5割増くらいよくなってしまったなまえは鏡に映る自分を見て『すげー!侑、天才!』なんてはしゃぐし。

いい感じになってはしゃぐなまえを見ていると、段々胸の内がモヤモヤしてきて、外に出したくなくなった。

他の奴にこのなまえを見せる必要あるか?ないよな?ちゅうか、見せたくないし。

『え、俺、結構イケるんじゃね?どうしよ、これは…イケる気がしてきた…女子から声かけられないにしても、俺から声かけたらイケる…?!』

鏡の前で自分を見ながら腕を組むなまえに角名もへぇ、変わるもんだねと言いながら写真を撮っていた。

は?調子乗んなや。
女子に声かける度胸もないヘタレなくせに何言うとん?ちゅうか、声かけるとか何??
喧嘩売っとんかコイツ。お前の相手はここにおるやろが。他の奴が声かけるわけないし、夢見んなアホ。お前には俺だけなん、分かれや!

他の奴には見せたくないという独占欲と他のやつを見んなという仄暗い感情が入り交じり、我ながら酷い奴だなとは思った。

それでも見せたくないもんは見せたくないし、しゃーないよな。

嬉々として外に出ようとするなまえの頭をぐしゃぐしゃに撫でてやるとなまえは「何するんだ、せっかくセットしたのに」と泣きそうな顔で嘆いていた。

泣きそうな顔をするなまえに感じてはいけない悦びを感じてしまうし、ぐしゃぐしゃにすればこれでもう他の奴は見なくて済むと独占欲が溢れる。

治の言う人でなしという言葉を否定出来ないほどに、なまえの前では歪な感情を持ってしまう自分がそこにはいた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

思い返した記憶の中で自分で髪をセットしたと言うなまえを見下ろす。

おもろくない。何かヤダ。
その感情が膨れ上がり、場所を移動してカフェで話している間もモヤモヤが収まらない。

先日茶川達とロングライドに行った時のことを楽しそうに話すなまえ。
いつもよりもカッコ可愛いなまえなのに気分が良くない。

だってわざわざ整えんでも良くない?俺以外に別に見せんでも良くない?

そんなことを思っていると口から出る言葉は皮肉な言いぶりにもなる。

「何か機嫌悪い」
「悪うないし」

「そないにきめこんで誰に見せるつもりなんやろ、て思てるだけやわ」
「誰に見せるとか…」
「ほな別にいらんくない?」
「…侑だっていつもバチバチに決めてんじゃん」
「俺となまえはちゃうし」
「…何が違うんだよ」
「俺はええけど、なまえは別にいらんやろ」

俺は今まで変わらず身なりにはちゃんと気をつかってきた。
せやけどなまえはちゃうやん。急に何?何でそんな変わろうとしてんのや。
新しい環境になるから、てデビューするつもりか?身なり整えて出会いでも狙っとん?

ああ、モヤモヤじゃない。イライラしてきた。

「色気付く必要あらへんやろ」
「だからぁ、色気付いてねえって」
「セットしたところで、やで?誰も見向きもせぇへんし」

腹立たしくて少し強いことを言えばなまえはアイスカフェオレのストローから口を離して唇を尖らせた。

「…ええそうですよ、誰も見向きもしないのは分かってますぅ。侑みたいに声かけられたりしないんでっ」

治に同じくらいの言葉をかけると売り言葉に買い言葉でブチ切れて喧嘩になるところだがなまえはそれを受け止めて、自分で飲み込んで済ませようとすることが多い。
それも癪だ。モヤモヤしていても口に出さない、顔に出さない、表に出さないから、無視されたように感じる。

言いたいことがあるんなら言えやと思うのに言わない。今の言い方だって不服そうなのに飲み込んで済ませようとするから余計腹が立つ。
思わず更に炎上しそうなことを口にしてしまう。

「声かけられたらノコノコ付いていくんか?なまえのことやし、ヘラヘラしながら付いていくんが想像できるわ」

なまえが目を細め、ムッとした顔で俺を見てきた。

「何でそうなるんだよ、侑だって可愛い子から声かけられたら、連絡先交換すんのか?」

は?するわけないやん。お前と違ってよそ見激しくないし、お前の方がこの間駅で出会った同中の女子と交換しとるやんけ。
どの口が言うんやアホちゃうか。

クソ腹立つわ。俺の気持ち分かれや、連絡先交換したって聞いて『なんやそれ』てモヤモヤと嫌になる俺の気持ち。

頭の中に言い返す言葉が浮かぶ。この言葉を言ったら、なまえはどんな顔をするだろうか。怒るか、傷つくか、何事もなかったようにすました顔をするか。

そう考えた時、思ってしまった。

……傷つけたい。歪ませたい。

俺の言葉一つで傷ついて歪むなまえの顔が見たい。傷つけるほど、俺の存在が大きくあってほしい。

最低や、分かっとる。でも…腹立つこと言うてきたし、俺の気持ち分かってないのも悪いやんな?

『言うな、ソレを言ったら終わりや。なまえのことやし、そのまま離れていくかもしれん』と言う自分と
『いや、言うてええやろ。だって分かってないし俺と同じ気持ちになればええやん。こっちの気も知らんで色気付くし、痛み分けやんな?それに傷つくなまえの顔も見たいし』と言う相反する自分が心の中で話しかけてくる。

最低な自分と善良な自分を天秤にかけた。感情に揺さぶられて重くなったのは…


「……するかもな」

可愛い子に声をかけられたら、連絡先を交換するか。YESに近い答えを口に出した。

俺の口から出た言葉になまえの目は揺れた。途端に堅くなった表情。目を伏せたなまえの顔にじわりと悲痛な感情が見え隠れした。

あーあ…やってもうた。

その顔。何度か見た歪む表情。
やってしまった、傷つけてしまったという罪悪感と顔を上げさせてもっと見たいという加虐心が入り交じる。

傷ついて歪む顔に何とも言えない悦を感じる。なまえを泣かせたいと思う自分がどこかにいて、そんななまえを愛でたいと思ってしまう。

酷い、最低だと言い返してくれば良い。
俺だって同じような気持ちになっとんやと言うたる。

分かってくれたら良い。お互いに分かち合えたら俺はその傷口を誰にも負けん愛情で塗りつぶしてやるから。

何て返してくるだろうか。
なまえは目を合わせず、グラスの中に浮かぶ氷を見つめながら口を小さく開いた。

「ま、まぁ可愛い子なら仕方ないよな…」

…あ?言い返せや。
何でそこで飲み込んで可愛ええ子なら仕方ない、とかそんな言葉が出てくるん?

納得すんな。何でそこで納得すんねや。
意味が分からん、となまえの返答に眉を寄せた。

目を合わせようとしないなまえに苛立ちは募る。

「…なんそれ。それでええん」
「…俺よりも良い人なんていっぱいいるし…そういう人から声かけられたら…いいなって思うの分かるし…」

は?分かるって何?何が分かるん?
嫌だ、て言えや。俺ら付き合っとんやろ?
俺だけ見てって言えや。
何でそこで引き下がるん。

まるでお前はそこまでして引き止めたい人間じゃないと言われているように感じる。

そんなもんなん?なまえの好きって俺がよそ見してもええ、と思えるくらいのもんなん??

なんそれ。

胸が痛い。つきつきと刺さるような痛み。
自分はこんなになまえを好きだと思っているのに、なまえはそうじゃない。

なまえの悲痛な顔に、俺の方が痛いんやと言いたくなる。

「…もう出る」

ズルズルとストローで残りのドリンクを飲み干してトレーを持つ。なまえを置いたまま席を立ち、返却口にトレーを返して店を出た。

手に持つバッグにはマグカップの重みを感じる。
用意したプレゼントも全部俺の独りよがりっちゅうこと?

「侑っ、待てって」

慌てて後ろを付いてくるなまえが声をかけてきた。足を止めたくなかったがなまえの手に腕を掴まれた。

何か言いたそうななまえを見下ろした時、「みょうじくん?」と聞き覚えのある声が耳に入った。

「宮くんも、」
「佐倉サン…」
「久しぶりやね!って言うても数週間?ぶりやけど」

声をかけてきたのは私服姿の佐倉サンだった。なまえが俺の腕から手を離し、驚いたように佐倉サンを見る。

「佐倉さん、久しぶり!家ここらへんだったっけ?」
「ううん大学がなぁ、近くで一人暮らしするのに色々準備してて!」
「そうなんだっ」
「宮くんとみょうじくんは?」
「あ、俺たちはさっき会って軽く話してただけ、な?」

なまえがさっきまでの会話なんてなかったかのようにへらりと笑って俺に目を向けてきた。
そうやってすぐに感情を隠して人付き合いが上手なところも今は納得いかない。

「……」
話す気になれず、辛うじて無言で頷く。

「ふうん…あれ、何かみょうじくん、いつもと雰囲気ちゃうなぁ」
佐倉さんがなまえを見上げて首を傾げた。なまえが照れくさそうに髪を触った。

「あ、髪!」
「へ、変だよね」
「ううん、ええやん!かっこいいよ!なぁ宮くん!」

佐倉さんの言葉に嬉しそうに笑うなまえ。
2人を見て黒いドロドロとした感情が湧き上がってきた。これ以上、この2人のやり取りを見たくない。

「…帰る」
「えっ、侑?!ちょ、」
「宮くんっ?」

焦るなまえの声を背に俺は大きく足を前に動かした。

「喧嘩?」
「いや、気にしないで…」

後ろの会話も聞こえなくなり、改札の入口まで足早に向かう。人混みの中、追いかけてくるかと思いきや、なまえの姿はどこにもない。

もうええ、ほんまに帰ったる。

真っ黒な感情はまだ拭えない。
改札を抜けて次に来るダイヤを確認する。すぐにホームに入ってきた電車に乗り込んだ。

電車内ではなぜか周りに人が寄ってこなかった。割と混んでいた方なのに、俺の周りには十分なスペースが出来ていた。
背が高いからからか普段から威圧感はあると言われているし、そのせいなのかもしれないが。

さっきから収まらないどす黒い感情のままに舌打ちをしそうになり、必死に耐えた。

結局追いかけて来んかったし。佐倉サンにかっこいいと言われて照れるなまえを思い出し、拳を握った。

何なん…何これ…何この痛み…

電車の中でなまえからメッセージが来た。

〘どこ?ほんとに帰った?〙

探しているかのような内容。

〘もう電車乗った〙

短く返すとすぐに既読になった。何か返してくるかと思いきや、何も返ってこない。
結局、駅に着くまでなまえからの返信はなかった。

何か言えや。何で既読のままなん。

▽

モヤモヤしながら家に帰り、玄関の扉を開ける。

「……」

靴を脱いでいると物音に反応したのか、母親がリビングから顔を出し廊下を覗いた。

「おかえり。黙ってどないしたん?帰って来たんならただいまくらい言いなさい」
「….…」

返事する気分でもなく無視したら、ピシャリと名前を呼ばれた。

「侑!」
「…っ、た、だ、い、ま!!」

負けじと大声で返して、ただいま言うとるやんけとぼそりと呟いたが最後、鬼を呼んでしまった。

「…何?あんた機嫌悪いん?機嫌悪いのを母ちゃんに当たらんといてくれる?!あんたのせいでこっちまで機嫌悪くなるやろ?! 」とマシンガンで叱られた。

くっそ面倒なことになった、と気分のままに返した自分を恨む。

「人に八つ当たりすんの、やめてくれる?私が今ドラマ見てどんだけ泣いて笑って楽しんどったか分かる?それを侑が八つ当たりしたせいでどん底やで?なぁ?」
「ハイハイ、すんません!」
「ハイは1回でええのん!」

投げやりな謝罪の言葉を投げるとさらに鬼のツノが見えた。逃げるように廊下を走って階段に向かう。

途中で母親の前を横切る瞬間、バシッと叩かれて「手を洗っときなさいよ!」と強く言われた。

もう放っといてくれと階段を駆け上がり、部屋に入り込む。
勢いのまま、バッグを床に投げた。ゴトリと鈍い音が聞こえたがどうでもよかった。

ラグマットの上で寝転ぶ治が、携帯から顔を上げ俺を見る。

「なんやねん、おかん怒らすなや。今日の晩御飯、豆腐と梅干し一つだけになったらどないすんねん」
「うっさいボケ」
「は?俺にまで八つ当たりすな、シバくぞ。なまえと会うてきたんやろ」

なまえ、の言葉にモヤモヤした感情がぶり返して眉を寄せる。

「…ツムお前その顔で帰ってきたんか」
「どの顔や」
「半径1m以内に入った奴全員潰す、ていう顔」

そのまま治を無視して二段ベッドの上に上がった。手荒に枕を掴んでベッドの上に座る。携帯の画面を見てみたものの、なまえからのメッセージはやっぱり来ていない。

何なんアイツ…

舌打ちをすると下から「痴話喧嘩か?めんど」と気遣いも何もない言葉が投げられてきた。

「俺、なまえとは友達でおりたいし、ツムと別れても俺となまえの友達関係は切れへんからな。お前とは関係ない」
「……は??」

わ、か、れ、る?

聞き捨てならない言葉に身を乗り出して治を見下ろす、というよりは睨みつけた。

誰と誰が別れる、やと?

「何やと?」
「どうせツムがなまえに何か言うたんやろ」
「言うてへんし」
「ほんまか?」
「………」
「言うとるやん」

「アイツが悪いんや。俺がよそ見しても『仕方ない』て言うんやもん」
「おい、そこに行き着くまでに絶対何かあったやろ、前段は話せ前段を」

「……ない」
「ないことないやろがっ自分に非があるところだけ隠すんバレバレや。言え」

呆れた目で見てくる治に少し考えて携帯を見る。通知は何も来ていない。

「……今日髪セットして来とった」
「なまえが?」
「うん、腹立つやん」「いや立たんし。どこに
腹立つ要素があんねん」

「何かカッコよくなろうとしとって腹立つ」
「ええやん、どこがあかんの」
「腹立つ」
「さっきからそれしか言うてへんし」

俺の気持ちが分かってたまるか。なまえがよくなればなるほど、周りから視線を向けられたらどないすんねん。

「髪セットするとか、モテようとしとるやん」
「ちゃうやろ」

「癪やし、俺もよそ見するかもな〜みたいなこと言うたら、それは『仕方ないな』て言うてきてん。『可愛い子から声かけられたらいいなって思うの分かる』とか腹立つこと言いよるし、帰ってきた」

腹立つよりもそれを仕方ないと一言で済まされる痛みの方が強かった。俺がよそ見したところで仕方ないと済まされる程度なんだ、と。

「はぁ?そのまま帰ってきたん?」

そのままっちゅうわけじゃないけど…佐倉サンとかそこらへんも割愛すると、そのまま帰ってきたに等しい。

「あんなぁ、よう分からんけど、もう男子寮とちゃうで。今までは喧嘩しても会えとったけど、これからは物理的に会えへんのやで?」

分かっとるし、そんなん。

「このまま仲直り出来んで、喧嘩別れみたいなんなってみ」
「……っ、」

「なまえだって人や。周り見て動く優しい奴やし、ツムと違って色々考えるやろ。なまえに距離取られて見限られたら終わりやで」
「………」

喧嘩別れ…、終わり…
頭の中でグルグルと回る言葉。
…別れたらどうなるん?なまえは他の奴と付き合うん?

顔も名前も知らない奴と楽しそうに笑うなまえを想像して嫌な気持ちになった。

嫌や。絶対に…嫌。
え、そんなことないよな?なまえが俺を見限るとか、ないよな…?

不安な気持ちに携帯を握りしめる。

「あっ!飯の匂いする♪」

料理の匂いに敏感に反応し、ドタドタと部屋を出ていく治。もう一度見てみるもやっぱり携帯の通知は何もない。

仕方なく治の後を追いかけ、部屋を出てリビングに向かった。ダイニングテーブルについて座ると俺の目の前には豆腐一丁。

「はっ?!おかん、何で俺だけ豆腐なん!」
「あんたちゃんと謝ってないやろ」
「謝ったやん!」
「目ぇ見んと適当に謝ったのは謝ったに入らんのよ」
「……」

頬を膨らませても母親は知らんぷりで父親の皿におかずを盛り付けている。
美味しそうな肉じゃがとささみの梅しそ巻き、俺も食いたい。

「…八つ当たりしてすんませんでしたぁ」

母親の目を見て謝ると、今度したら梅干し一つにするで、と脅された。脅迫だ。

「ツムなぁ、今日なまえと喧嘩してん」
「なまえくんと?何で?」
「ツムが子供っぽいからや」
「ちゃうし黙っとれサム」
「何を言うたんか知らんけど、悪い、て思うとこあんならちゃんと謝りなさいよ。母ちゃん謝らん子に育てた覚えはあらへんから」

私の子はちゃんと謝れる子です、と言い切られると強く言えない。
なまえと何を話そうかと考えあぐねていると父親が仕事から帰ってきた。

「ただいま〜、おー美味しそうやなぁ」
「お帰りなさい、2人に食べ尽くされんように確保しとるから」

はっは、と笑う父親の声を聞きながら治と手を合わせる。

「「いただきまぁす」」

肉じゃが美味ぁと味わいながらもなまえとのことが頭の中を占めていた。

▽▽▽

晩御飯を食べ終わり部屋に戻ってもなまえからのメッセージはない。

俺を引き止めてきたなまえに一方的に別れを告げて帰ったのは俺だ。

佐倉サンと偶然出会ってしまい、佐倉サンの言葉一つで嬉しそうに笑うなまえを見たら、その場に居たくなかった。

俺だってなまえを褒めることくらいできる。
ええやん、て俺の言葉で笑わせたかった。俺の言葉で喜んでほしかった。

あの時、同時に思ってしまったのだ。

ほら、こうやって他人にチヤホヤされるからなまえを誰にも見せたくないんや。自分の手の届く範囲にずっと置いておきたい。閉じ込めておきたい、俺がチヤホヤするから他の奴からはいらん。俺だけのでええんや、と。

こんな真っ黒な感情を持っているなんて知ったら、なまえは俺から離れてしまうだろうか。

なまえは自由にどこにでも行く奴だ。好奇心のままに自転車に乗って遠くまで走りに行ってしまう。そんななまえを縛り付ける術なんてない。

変わらないなまえとのトーク画面を眺める。

何で…何も言って来んのや。
サムが言うように、もう俺に愛想尽きたんやろか…

このまま、この関係が終わってしまうなんて絶対に嫌だ。先のことを想像して不安になり、文字を打ち込む。送信マークを押すのを躊躇したがこのままではいられない。

〘明日、○○駅 15時〙

ぽふん、と一つのメッセージがトーク画面に浮き上がる。

画面を眺めていると既読表示になった。なまえがメッセージを読んだと分かり少し緊張した。
分かったと返ってくると思っていたのに、返ってきた言葉に殴られたような衝撃を受けた。

〘予定ある〙

…ほんまに?
…会いたくないだけちゃう?
寮やったら…無理やりにでも部屋に入り込んだのに。

今はこの距離がもどかしい。もう一度同じ内容で時間をずらして送ってみた。

〘明日、○○駅 17時〙
〘予定あるから行けない〙

すぐに返ってきた返事。文面もいつもより素っ気ない気もする。
嘘や、会いたくないとかそんなん、嘘や。
ここで会わんかったら、この関係が壊れそうで不安になる。

〘待っとる〙

送ったメッセージが既読になった後、なまえから返信は来なかった。

「…はぁぁ…」
何しとんやろ。

言わなければよかったと思ったけど、あそこで飲み込めるほど大人じゃなかった。
自分の欲に勝てずに分かっていながらなまえを傷つけるようなことを言ったのは悪かったと思うけど、俺の言い分もある。

なまえは何も言わずに飲み込むし、アイツの言いたいこと、本当はあるはずなのに。
本音を吐かせないと話が出来ない。

会って、目を見て話すしかないのだ。




▽▽▽

翌日、結局なまえから返信はなかった。

一日中、沈んでいる俺に治が面倒臭そうな目を向けてきた。
母親からは「侑、ダラダラせんと、はよ引越しの準備しいや」と怒られるし、「ダラダラしてへん、サムの方がだらけ過ぎてとろけとるやん」と言い返すと治が喧嘩を売ってきて散々だった。

4月から社会人として一人暮らしを始める俺は近々引越しをするが、治は家から調理師関係の専門学校に通うため、余裕そうに悠々自適に過ごしている。

言い合いにはなったが母親の一喝で治に引越し準備を手伝ってもらうことになった。

「これは?持っていくん?」
「……」
「おい、聞いとんのかツム」
「んぁ?」
「さっきから携帯ばっか見てサボんなや」
「うっさい」
「あ?手伝うてやっとんのに何や。このゲーム持って行かさんぞ」
「それは俺が持っていくて勝負して決めたやんけっ、箱から出すな!」

治と小言を言い合い荷物を詰める傍ら、頭の中は今日の待ち合わせのことばかり考えていた。

▽

家を出る前に鏡の前で髪を整える。

うん、今日もバッチリきまっとるわ。
俺、かっこええ。

鏡の中の自分を見て、ふと考える。
何でかっこよくありたいか。周りにかっこいいと思われたいから。なまえにもかっこいいと思われたいから。

なまえは、何を思って鏡の前でセットしたんやろう…

携帯を見て家を出る時間が迫っていることを知る。

部屋に戻り、渡す予定だったマグカップの包みを手に取る。

「…割れてへん。…いける」

昨日手荒く扱ってしまったため、割れていないことを一応確認してトートバッグに入れる。


「ちょお出てくるわ」
「…なまえによろしくぅ」
「……」

家を出る前に治に声をかけると見透かされたように手を上げてきた。

「俺も行こかな。暇やし」
「来んなアホ」

邪魔や、と呟いて玄関を出た。

そもそもなまえが来るかどうかさえ、分からない。予定があると言われたし、俺だってダメ元で行くのだ。

来てくれなかったら…

悪い方へ考えるのをやめた。来ると信じて行くしかない。


17時前に待ち合わせの駅に着いた。
改札前が見えるところで離れて立つ。

電車が入ってくる度に人を吐き出す改札口を眺めてもなまえの姿は見えない。

17時を過ぎてもそれは同じだった。

来んなぁ…

30分を過ぎてもやっぱりなまえの姿は見えず、人を見送っていく時間が続いていた。

「おのぉ、さっきからずっと立ってますよね?」
「一人?」

隣から声をかけてきた2人組の女子を見下ろす。見る感じ大学生っぽい。
ちょっと話さない?と高い猫なで声に一瞥して目を逸らす。

「ツレ待っとるんで、無理っス」
「え〜彼女?」
「彼女」

即答してやると残念、と言って立ち去っていった。
彼女じゃないけど変わらんやろ。恋人であることに間違いはない。


その後もひたすら待つも、時間は18時を過ぎようとしていた。

「……はぁ」

来んのやろか…

壁際で座り込んだ。ヤンキー座りで頬杖をついて改札を見つめる。

もう…嫌われたんやろか?
俺より他の奴が良くなった?もう愛想尽きた?

なぁ、俺らこのまま別れるん?
…嫌や。絶対、嫌。

18時を過ぎた。改札から人がわらわらと出てくる。

それでも、待ち人、来ず。

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