(宮侑)
なまえの連絡が途絶えて早2日。
イライラは最高潮に達していた。
「ツム、お前、顔で人避けすんのやめえ」
練習も終わり日が暮れた頃、コンビニ前のガードパイプに腰掛けていると、片割れが目の前に立った。必然的に睨み上げる形になる。
治の手には大きな保冷バッグ。その中身は母親の手料理だ。
「おかんの作ったおかず持ってきてやったんに、なんやその機嫌の悪さ」
「はぁ?どこがや」
「あ、ちょお待ち。さっきからな、腹減ってしゃーないねん」
空腹すぎて、このままでは俺に渡すはずの手料理を食べてしまいかねないという理由を上げ、両手いっぱいのバッグを押し付けてきた。
そのままコンビニに入っていった治は数分後、唐揚げ棒を片手にホクホクとした顔で出てきた。
「家出る前にな、おかんが作ったおにぎり持たせてくれたんやけど、もうないなった」
「ないなった、て可愛い言い方すんな。お前が食べたんやろが」
どうせ一口で食ったんやろ豚サムが、と横で呟くと蹴りが入ってきたので仕返しに蹴り返しておいた。
2人で暗くなっていく通りを歩きながら俺の家へと向かう。治から荷物を持たされ、二人で均等に半分ずつ分けて持つ。
荷物を手にして歩く俺の横顔を見て、治が口を開く。
「まだなまえと喧嘩しとんか?ほんま喧嘩すんの好きやな」
「好きちゃうわ!アイツが悪いねん!」
「出た、ツムの責任転嫁」
自分が悪いとか一言も言うたことないやろ、と呆れ顔で言う治を睨む。
「今回はほんまにアイツが悪い」
「今回は、ってなんやねん。毎回自分が悪いの自覚あるんかい」
「アイツが悪いのに全っ然連絡してこおへんし、腹立つやん?」
「…ほんまに連絡して来てないんか?」
ツムの言うこと100%は信じられへんからな、と疑いの目で見る兄弟に目を細めた。
「サム、お前俺を疑うんか?!」
「当たり前やん。なまえの方が信じれるわ」
「おま、家族やぞ!」
「その家族が一番信用でけへんのや」
「うぐっ….。…れ、連絡してきてないこともないけどもぉ…」
「ほれ、見てみ。してきとるやんか」
「っ、誠意がないねんっっ!!全然悪いと思ってへんし、軽い感じが腹立つ!許さん!」
一度なまえから〘ごめんって。許して?〙とメッセージが来ていたが、目をウルウルとさせた狙ってるようなスタンプ付きだったし、誠意を感じられなくてそのまま既読スルーしている。
それほどに俺の怒りは燃えているのだ。
落ち着いてる、話しやすい、優しい。それだけならまだ良かった。
それなのに、アイツと来たら……
最後に「黒髪眼鏡」とか言いよった!!
黒髪!!眼鏡!!
黒髪眼鏡で俺はもう完全に切れた。
こちとら金髪ですけど?眼鏡かけてませんけど??そう言えば、お前の好きなタイプは黒髪眼鏡やったよなぁ???なぁ???
黒髪眼鏡で知的な感じが好き、て前に言いよったよなぁ??
はあぁぁ????ってなるやん。
ほんまコイツふざけてんのか、ってなるやん。
目の前におったら絶対に潰しとった自信ある。いや、自信しかない。
「あかん…思い出しただけで腹立ってきた」
「…お前な、折れるっちゅうことを知らんのか」
「は?俺は折れる気ないで、許さん」
真顔を治に向けると呆れたように見てきた。
「折れへんでも歩み寄りや、歩み寄り」
「…………」
ムスッとした俺の顔に治がため息を吐く。
「…はぁ、拗らせる前にちゃんと仲直りしとけよ」
「…それはなまえ次第や」
「…めんどっ!」
「…うっさい。今日は何持ってきたん」
「肉じゃがと炊き込みご飯と、あ、あと俺とおかんで作ったやつも」
「練習終わって腹減っとんねん。はよ帰って食いたいっ」
街灯が照らす帰り道、治の隣を歩きながら携帯の画面を見る。
待ち受けはいつものメンバーで撮った写真。ふざける俺と治に爆笑するなまえと銀。もちろん角名がカメラマン。
なまえの笑い声が聞こえてきそうな笑顔に唇を噛み締めた。
こっちは連絡を待っているのに。
何も来んし…、…あのアホ。
今日も鳴らない携帯を握りしめた。
▽▽▽
(みょうじなまえ)
昼休憩、学習棟の2階から陽が射す中庭を見下ろす。
「はぁ…」
携帯の画面をチラリと見た後、ため息を吐いた。侑の既読スルーが始まって3日が経っている。
謝りのメッセージも入れたのにスルーされ、俺もどうしたらいいのか分からなくなってきている状態。
ていうか、今週大阪に行く予定なのに、こんな状態で大丈夫なのか…?!
しがない学生にとって節約できるところはしっかり抑えるために移動手段は夜間の高速バス。
バスも席の予約してるし、侑の部屋に泊まる予定なのに…このままでは、まさかの宿無しになる…??
はぁ…誰か泊めてくれないかな…茶川とか三分に声かけるか…最悪、ネカフェか…。
そんな先の心配事も出てくる。
侑と話していた日常が当たり前だったのに、この3日はそれもなく静かな日々だった。
携帯を見ては侑からの連絡が来ていないか確認してしまうし、日常的になっていたことが途絶えるだけでぽっかりと穴が空いたように感じる。
曇る気持ちにどうしようと悩んでいると、男女の笑い声が耳に入ってきた。
聞こえてきた中庭のベンチへ目を向ける。仲良さそうに談笑している様子に、確か早々に付き合い始めたと聞いた2人だった。
近い距離で目を合わせて笑い合う男女に他所でやってくれと思ってしまう。
完全に妬みであることは否定できない。
上手くいっていない人間からすると、楽しそうに過ごしている様子は目に毒なのだ。
「はぁぁ…」
うわー、めちゃくちゃ笑ってる…
楽しそうだな…
う、羨ましいとか思ってないし。
横から体重をかける彼氏に傾いた彼女が「ちょっとぉ!」なんて言いながら押し返している。
ははは、楽しそうで何より…
今なら菩薩になれそうな気がする。
いちゃつく他人を眺めて、うちの侑くんはそんな可愛いもんじゃねえな…潰す勢いでのしかかってくるもんな…と心の中で呟いた。
「………」
こんな時に限って、チロルがしっぽを降って飛びついてくる時みたいに、笑顔でぶつかってくる侑を思い出してしまう。
天邪鬼で、人でなしなジャイアン。
怒ったら既読スルーしてくるし、謝っても既読スルーだし、あんなヤツ…。
携帯をもう一度見た。楽しそうに笑いながら俺に手をかける侑の写真が待ち受けに表示される。侑の腕の中で必死な顔をする自分を見た。
別に……嫌じゃないんだ。
手加減なくぶつかってくるから衝撃ダメージは確実に食らうし、
我が物顔で肩に腕を回してきて、重たいって文句言えば脇腹掴んで攻撃してくるし…
そんなジャイアンなのに…嫌じゃない。
…何で?
それは……アイツのことが、好きだから…
肩を組まれ、心のどこかでキュンとするのも、間近で見る顔がかっこよく思えるから。
「………」
俺、侑のこと大好きじゃん…どんだけ惚れてんだよ…
「恥ずかし…」
思わず手で顔を覆う。考え込んだ結果、自分の気持ちを再認識してしまい、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「みょうじ?そろそろ次、始まる」
「ん、すぐ行くよ」
声をかけられ、手をひらりと上げて返す。
程よい距離感で周りと交流するのは得意だが、距離を詰められるのは慣れてはいない。
侑ほど距離を詰めてくる奴は初めてで、潰されまいと耐えていたのに。
今では、あの重みが少し恋しく感じて無意識のうちに自分の肩に触れていた。
▽
天気予報通り、夕方から雨が降り始めた。
夜には止む予想だったが、雨を見越して今日は歩き。
傘を差し、バイト先まで向かう。
街中を歩いていると自然と目につくカップル達。
普段、あまり意識することはないのに今日はやけに目で追いかけてしまう。
肩を寄せて歩く2人組や腕を組んでいる男女。
その姿を見ては、誰もいない隣が寂しく感じる。一人なんて慣れているはずなのに。
傘の上で弾く雨音を聞きながら、薄暗い道を進む。
(……声、聞きたいな…)
唐突にそんなことを思ってしまい、息を飲んだ。相変わらず侑から連絡もないし、このまま、この状態がずっと続くんだろうかと天気だけでなく、心境も暗くなってくる。
既読スルーってことはさ、侑、もう俺と話したくないんだろうか。
「…はぁ」
どんどん悪い方へ考え始めてしまい、ぷるぷると首を振った。
これ以上考えると自滅しそうだ。
考える事を止め、バイト先へ急いで濡れる地面を蹴った。
雨から逃げるように店内に入り込み、スタッフルームへ向かう。
ロッカーの前で着替えていると先輩アルバイトのミネさんが入ってきた。
「ミネさん、お疲れ様です」
「おー、お疲れ。何だいつにも増して覇気がないな」
「ひ、ひどい…っ」
確かに今1番精神的にきているけど!言葉がダイレクト過ぎませんかっ。
「最近ため息多いし、テストか?」
「いや、テストは別に…」
「なんだよ。聞いてやる」
「………」
「おい、俺に相談してもなぁみたいな顔するのやめろ。人生の先輩に言ってみろ」
そんなに歳は変わらないと思うんですけど…
言ってみろと胸を張るミネさんに「友達から相談受けていて何てアドバイスするか迷ってます」と前振りする。
「遠距離の彼氏と喧嘩したらしく、怒らせちゃったみたいなんですよね。で、そのまま既読スルーが続いてるらしく…」
「へぇ」
「どうアドバイスするべきかなー、と…」
「……うーん。そうだなぁ…」
腕組みをして首を傾げるミネさんに良い回答が出るかな、と期待して見る。
「うん、適当に甘えとけばいいんじゃね」
「……はぁ??……あ、すみません、本音が」
ミネさんの回答に思わず俺も首を傾げてしまった。
「おい、今のベスト回答だろうが。男なんて好きな奴から甘えられたら許しちゃうだろ」
「……すみませんミネさんに相談した俺が悪かったです」
「はぁ?先輩の言葉、有難く受け取れ、」
わしゃわしゃと頭を撫でられ、肩を竦める。
「わ、分かりましたから!友達にそうやって言っておきますっ」
甘えとけ、ですね!
絶対解決しないから!!と心の中で否定しつつミネさんを見上げると満足そうに頷いていた。
▽
「お疲れ様でしたー」
「お疲れー」
「また明日よろしくね」
「はいっ」
バイトを上がる頃には雨は止んでいた。
時間は21時を過ぎている。
雨上がりは人も少なく、ひっそりとした夜道を歩いていると前方に人影が見えた。
2人組の後ろ姿。
街灯と建物の照明だけでは暗く、シルエットだけが動いている。近づくにつれて男女2人組であることがわかった。
互いに時間を惜しんでいるのかゆっくりと歩く後ろ姿に段々近づいていく。
時折聞こえる笑い声と共に、互いの肩が触れた。後ろから見ると離れていたシルエットが一つになり、隙間がなくなっている。
次に肩が離れた時には、手が繋がっていた。
ただ、前を向いて歩いていただけなのに、目の前で起きたことに何故か足が止まってしまった。
繋がったまま歩いていくシルエットを見て瞬きをした。
足を止めたまま、思わず自分の手を見下ろす。
「………」
握るものもない空の手のひらを見つめ、今自分が感じている、この感情は何なのか必死にその名前を見つけようとした。
何だろう、この気持ちは。
さりげなく触れ合った手が繋がる瞬間を見てしまった。
あの繋がったシルエットを見ると少し切なくて、少し…羨ましいと思ってしまった。
今日は変だ。
重たくない肩が寂しいだとか、声が聞きたいだとか、そんな変なことばかり考えてしまっている。
挙句の果てにはミネさんに相談までして甘えとけなんて全然説得力のないアドバイスをもらった。
こんな状況で甘えるなんて無理だろ。
それでも、段々と離れていくシルエットを眺めて、感じるこの切なさ。
手を繋いだ時ってどんな感触だったっけ…
長い指、大きな手の平、綺麗に整えられた爪先、一つ一つ思い出す。
自分の手の平を見下ろした。
ギュッと胸が痛む、これは何。切ないとも違うこの感情は…沈黙の後、その正体が分かり息を吐いた。
…ああ、わかった。手が、寂しいんだ。
…手、繋ぎたいんだ。
誰と。
頭に浮かぶたった一人の顔。
「………」
携帯を取り出し、衝動のままに文字を打ち込んだ。ミネさんの訳分からないアドバイスに従ってみようという気持ちも少しはあったかもしれない。
〘手、繋ぎたい〙
そんな意味不明なメッセージを送った。
何言ってるんだ、と思われるだろうか。
メッセージはすぐに既読になった。
眩しい携帯の画面が顔を照らす。
〘は?〙
短い返答を見下ろし、数秒見つめた。もう一度、指で率直な思いを綴る。
〘手、繋ぎたいから、行ってもいい?〙
これでダメなら、もうお手上げだ。
もういいや、どうにでもなれと吹っ切れ、本心を送信した。すぐに既読がついたと同時に新しいメッセージが表示された。
〘はよ来いやアホ〙
「……、ははっ」
声が聞こえてきそうなメッセージに、息を吐き出して笑った。侑らしい返事にさっきまで感じていた寂しさが急速に埋められていく。
ポツンと街灯に照らされた夜道で携帯を手に空を見上げた。
早く、会いたい。