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休憩時間、男子トイレで用を足していると、ねっとりとした視線を背中に感じ、後方へ目を向けた。
視界に入ってきた制服姿の高身長男子。すぐに前方に視線を戻す。
誰か、なんて見なくても分かる。角名だ。
男子トイレには俺と角名の二人だけ。
体にまとわりつく視線に嫌だなぁ、早く出ていけばいいのになぁと思いながら、ゴソゴソとパンツにモノをしまい込んでいる時だった。
グイッ、と後ろからズボンを下に強く引っ張られ、太もも中程までベルトごとズボンがずり落ちた。
「?!?!ぎぃやぁぁっ!!!」
最後の方は悲鳴に近かった。
「な、何すんだよっ!!」
「だってパンツの色、聞いても答えないからさ」
「だってじゃねえし!どこにトイレまで付いてきて、ズボンずり下げる奴がいるんだよっ!」
危うくパンツまで下げられそうになったが、咄嗟にパンツだけは死守したのだ。背後に立つ角名の舌打ちが聞こえて恐怖した。
「全部下げるつもりだったのに…」
ボソリと聞こえた言葉に身震いする。
怖いよぉっ!怖いよお母さぁんっ!
俊敏にズボンを上げてチャックを上まで動かした。ベルトはまだ締めきれていないが、とにかく角名から離れたい。カチャカチャと音を立て、ベルトを締めながら角名から距離を取る。
そんな俺を見てニヤニヤと笑う角名が怖くて仕方がない。
「そんなにビビんなくても」
「……っ」
警戒心全開で角名を睨む。面白そうに俺を上から下まで舐め回すように見て笑った。
「もっとイジメたくなるじゃん」
「助けてぇぇっ!」
急いで手を洗い、ハンカチで拭く間もなく2年1組の教室に逃げ込む。
「ちょっと!!宮!」
席で早弁をしている宮治に手をかけた。
「角名をどうにかしてくれっ!」
「おまっ、手ぇ濡れとるやん!汚なっ!!」
男子トイレから帰ってきた俺を汚い物扱いする宮を叩いた。
「ちゃんと手ぇ洗ったわ!」
「うわっ!水滴飛び散った!!」
「拭く暇もないぐらい角名がヤバいんだって!!」
「何やねんほんま、角名がどしたんや」
面倒臭そうな顔をして俺を訝しげに見る宮に必死で訴える。
「角名が変態通り越して恐怖なんだよ!」
「誰が変態って?」
「ヒァァッッ!」
耳元で囁かれた声に振り向くと角名が俺を見下ろすように立っていた。
「俺のパンツが危ない。助けてくれ宮」
切実に宮を見るが、「パンツくらいええやんか」と意味不明なことを言っている。
「何が良いんだ?!」
「角名もな、愛情表現が不器用な奴やねん。みょうじも愛されとる、思うてパンツの一枚や二枚、あげたらどうや?」
「ほおおおっ?宮くん、君、頭沸いたの?!何言うてんの?!バレー部おかしいだろ?!」
「ほら、治もそう言ってるし」
「ほら、じゃない!」
こいつら、まじで話にならねえ!と諦めて自分の席に戻る。席に座ってため息を吐いた。が、視界に入ってきた角名に頭を抱えた。
そうだよ、こいつ俺の前の席だよ!!
振り向いてきて「ねえ俺さ、したいことあるんだけど、聞きたい?」なんて言ってきた。
「聞きたくない 」
「聞きたいよね」
「ううん、絶対に、聞きたくない」
無表情で首を振る俺に角名は口元を手にやり、周りに聞こえないようコソッと囁いてきた。
「ズボンずり下げて、パンツを脱がされようとしてるなまえを携帯で撮りたい。脱がそうとする俺の手も入れて」
鳥肌が立った。
「おお俺は何も聞いてない、聞いてないぞっ!!」
「想像した?」
「してない!」
「エロくない?」
「やめろっやめろっ!」
必死で想像した良からぬものを消すように自分の頭の周りを手で払う。
「なぁ角名くん、頭おかしいぞ?男の尻見て楽しいか?」
「うん、なまえの尻ならね」
「ごめん、今の話なかったことにしてくれ。俺は何も聞いてない」
早く次の席替えしてくれないかな、と誰かが担任に席替えを促す事を心の底から祈る。
「大体これのどこが愛情表現なんだ、どこがっ。俺のこと、全然好きなの伝わってこないんだがっ!」
いつもパンツのことばかり、俺のパンツにしか興味ないだろ、と言うと角名は黙った。
ほら、やっぱり「…誰にでも分け隔てなく接するところとか、女子に優しいところとか、部活の練習本気で頑張って汗水垂らしてるところとか、かっこいいと思ってるけど。」
「えっ…」
な、何だよ、結構俺のこと見てんじゃん…。
いきなり、角名からそんなことを言われてドギマギする。
「…そ、そういうの反則…」
「俺の事、好きになった?」
涼し気な顔でくすりと笑う角名にドキッとした。
「……いや、俺角名のこと全然知らないし…」
「じゃあ帰り一緒に帰ろ?」
「えっ」
俺のこと、もっと知って欲しいし、と話す角名に少し揺らいだ。まぁそこまで言うなら一緒に帰ってもいいかな、って「大丈夫、手は出さないから」
…前言撤回。
「今日は、練習オフだから。帰り待っとくね」
「待つな。角名とは帰らないからな」
「わかった。正門のところで集合ね、待ってる」
人の話を聞いてくれっ!!
▽▽▽
部活が終わり、正門へ向かって部活仲間と一緒に歩いていた。まだ周りは明るくカラスの鳴き声が聞こえる。
「みょうじ〜、汗ふきシート頂戴」
「はい、もうこれ残り少ないし、全部上げるわ」
「ありがとう〜みょうじ優しいなぁ」
「はいはいっ、暑っ苦しい!」
肩を組んでくる友達に笑いながら歩を進めていると正門のところに立っている長身姿を見かけた。
あ、あれは…。目が合ってしまい、ビクリと肩が揺れる。
「みょうじ?」
「お、角名やん」
皆が角名の存在を見つけて手を振る。
「お疲れ〜どしたん、誰か待っとん?」
「なまえ待ってた」
「え?みょうじ?」
「うん、今日一緒に帰る約束してたから」
「し、してなっ「そうなんや!ほなみょうじまた明日な〜お疲れ〜」「じゃあな〜」
「えっ、ちょっ!!」
置いて帰っていく友達に手を伸ばすも皆さっさと歩いて行ってしまった。
残る俺と角名。
「…じゃあ俺も帰るわっ!またな〜」
軽く手を上げて帰ろうとしたが、角名の手がそれを許さなかった。ガシッと掴まれた腕は強くて、振り払えない。
「は、離してくれ…」
「肩組んで歩いてくるとか、煽るの好きだよね」
「煽るって、はいっ?!」
「でも、そういうのもアリだなって今思った」
ニヤニヤと笑う角名を見上げ、身の危険を感じて自分の肩を抱く。
「お、俺は一人で帰るからなっ」
「遊んで帰ろ。で、送ってあげるからさ」
「お、送る?!」
「家の住所知っときたいし」
当たり前のように涼しい顔で言う角名に家の住所なんて知られた日は終わりだ。
それだけは絶対に阻止せねばならない。
「い、いいです。いいです、俺女子じゃないし、一人で帰れるんで」
手を必死で振って大丈夫だと訴える。角名が高い位置から見下ろしてきた。
「…家まで送らせるのと、パンツの写真撮らせるのとどっちが良い?」
何だよ、その究極の選択肢は!!
「…どっちも嫌」
「どっちも良い、ね。分かった」
分かってないだろ!!
「じゃ、行こっか」
切れ長な目を細めて、微笑むように口角を上げた顔は女子も惚れ惚れするだろう。
うわぁ、俺、角名のこんなにっこりした顔初めてみたかも。
良い顔で笑うじゃん…なんて思ってしまったので、俺はじわりじわりと角名の世界に引きずり込まれているかもしれない。
気付かぬうちに角名倫太郎の思うがままに動かされているという感覚にやっぱり怖くなって、そっと角名から距離を取ろうと歩行速度をゆっくりと落とした。
「……」
段々と距離が開いてきたことに気づいたのか俺を振り返り、角名が笑った。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「…あの、逃げたいなぁ、なんて」
「ふふ、今更無理でしょ」
「…パンツ上げるから許して?」
「んー…無理。もうパンツだけじゃ足りないんだよね」
ダメだ…逃げられないようだ。
「ほら、早く行こ」
楽しそうに笑う角名にこんなことになるなら、最初からパンツをあげておけばよかった、と心の底から後悔した。