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(佐久早聖臣)
小学校の帰り道、体操服が入った袋を振り回しながらフラフラと動くなまえの隣で、俺は車に注意しながら歩いていた。
よそ見わき見し放題のなまえに、こいつ絶対どこかで転けるな、と予想する。
「あっ、トンボ!!」
なまえが指差す方を見るとトンボが飛んでいた。面白いものを見つけたように目で追うなまえを見て嫌な予感がした。
「きよおみっ!トンボ!」
案の定、にししと笑いながらトンボを追いかけていくなまえ。早く家に帰りたいのに、と苛立った俺は、不規則に動くトンボに踊らされながら一緒に動き回るなまえを放置して歩き始めた。
「きよぉ、み、まって、トンボが!」
キャッキャとはしゃぐなまえを尻目にどんどん距離が開いていく。振り向いて、俺に付いてこようともしないなまえに向かって口を開いた。
「……置いてかえるから」
「うわ〜トンボもういっぴき、いる!」
人の話なんて全然聞いていないなまえは草むらをかき分けて入っていこうとする。
「…ほんとうにっ、おいてかえるから」
強く言うも、なまえは振り返って笑う。
「きよおみっ!きて!!」
「……いかない」
「きよおみぃっはやくっ!!」
全然人の話を聞いてない。断っているのに。
「……はぁ」
自分では絶対に近づかないような場所も、なまえがいると強制的に足を踏み入れないといけなくなる。
幼馴染を放置して何かあったら怒られるのは自分だし、結局なまえの自由奔放な所に振り回される羽目になるのだ。
嫌々ながらついて行くと、草むらを抜けた先の空き地でなまえがトンボを追いかけ、駆け回っていた。
「おれ、帰りたいんだけど」
俺の言葉を無視するなまえはトンボに夢中。前ではなく上を見上げながら走るものだから、地面の窪みに足を取られ目の前でベシャリと転けた。
「……」
地面に突っ伏しているなまえは無言だ。
「……おい、生きてんのか」
話しかけるとガバッと顔を上げた。なまえは唇を噛み締めている。ゆっくりと起き上がり自分の膝小僧を見下ろした。赤く滲んでいる擦り傷を見て眉を寄せた。痛そうな擦り傷に自分も眉を寄せる。
「……」
泣くか?と思ってなまえをじっと見たが、耐えているのか涙目で俺を睨んできた。
「…泣いてないぞ!」
俺は泣かないっ、と言って立ち上がった。
「帰るぞ…消毒しないと…」
「……うぅ」
歩き始めると、今度は大人しく、静かに俺の後ろを付いてきた。が、歩幅は小さくゆっくりだ。痛むのか途中で立ち止まるなまえを見て、少し考えた。
止まったままのなまえに歩み寄り、自分の肩からランドセルを降ろす。
「…背中、乗れ」
なまえを見下ろして背中を見せるも、反応がない。振り向いてなまえを見ると「…無理だよ。おれ、おんぶしたらきよおみ、潰れる」と言った。
「は?」
「きよおみが潰れる…」
俺が力不足だと言うような言葉にムカッとした。勝手に転けやがって、人が助けてやろうとしてるのに。
「…なまえくらい余裕だ」
「……」
「おれははやく帰りたいんだよ。の、れ、」
有無を言わさず目で訴えるとなまえは俺の肩に手をかけた。
背中に乗ってきたなまえを落とさないようにしっかりと腕を後ろに回した。なまえ1人なら余裕だがランドセル2つは正直キツかった。
ランドセルを背負ったなまえをおんぶして、自分のランドセルを体の前に持ってきて歩く姿は周りにどう見えたかは分からない。
じわりと体から滲む汗は額からこめかみへ伝う。
「きよぉみぃ…重たい?」
「重たくない」
「きよおみ、つぶれる?」
「うるさい」
耳元で話すなまえを黙らせて自分の家にたどり着いた時には汗ビッショリで体も疲れていた。疲労感は強いが、まだやることは残っている。
なまえを浴室まで連れて行って膝小僧を出せ、と視線で示す。学校で転けて怪我した時を思い出し、保健室の先生の真似をしようとシャワーの水を出した。
勢いよくシャワーヘッドから噴出する水を見て、なまえの顔が強ばる。
「足、出せ」
一瞬怯んだ後、覚悟したように片足を伸ばしたなまえに容赦なくシャワーの水圧を当てた。
「ぅぅぅううっ!」
しみるのか変な表情で耐えるなまえに思わず笑ってしまいそうになる。手を強く握って眉を下げるなまえに密かに面白がる自分がいた。
水で洗った後、消毒をしてなまえの膝小僧にバンドエイドを貼った。膝をつきなまえの怪我を手当を終えた後、大きく息を吐き出してやっとやることを全部終えた、と安心できた。
「きよおみっ、ありがと!!」
自分の膝小僧を見てにこにこと笑うなまえを上目遣いで恨めしく見上げた。
「不注意すぎる」
「だってトンボがいたんだもん」
「もっと周りをよく見て歩けよ。また怪我するぞ」
「きよおみがいるから大丈夫だろっ!」
カラカラと笑うなまえに、どこが大丈夫なんだと呆れる。それでも不思議と俺がいる前提の言葉に悪い気はしなかった。
「次から俺が帰る、って言ったらすぐに帰るからな」
「うん!」
「……」
返事は良いが、絶対に次も同じように「きよおみ、まって!」って言うだろ、絶対。
と近い未来のことまで想像できてゲンナリとした。
「きよおみ!ゲームしよっ」
怪我のことなんて忘れたように立ち上がりリビングへ駆けていくなまえを見送る。
「犬かよ…」
ボールを投げたらすぐに取りに行く飼い犬のように見えてしまう。残された俺は脱ぎ捨てられたなまえの靴下を手に取って洗濯カゴに入れた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「……おみ、きよおみっ」
名前を呼ぶ声に目を開けた。俺を覗き込むなまえと自分の部屋の壁が視界に入る。少しだけ、と目を閉じたら気づかないうちにうたた寝してしまっていたようだった。
「今日の練習キツかったんだなー」
「…別に」
「一瞬で落ちてたぞ」
休日の一日練習がハードだったのは確かだ。終わる頃には限界を超えていたように思う。それでもなまえが部屋に行く、と入れてきた連絡は断らなかった。
断る理由もなかったし、この幼馴染に友達以上の気持ちを持っているため、正直部屋に来るのは少し嬉しかった。本人には絶対に言わないが。
寄りかかっていたベッドから体を起こして近くに置いていた月バリを手に取る。
「なぁ、見て。今の爆睡聖臣、激写」
なまえが見せてきた携帯の画面には、目を閉じてベッドに体を預ける自分が表示されていた。
「消せ」
「うはははっ、ウケるだろ、スヤスヤ聖臣くん。元也に送ってやろ」
「おい」
睨んでもなまえはケロりと笑いながら携帯を操作している。
「何の夢見てたんだよ聖臣くん」
「…なまえが不注意すぎて転ける夢」
正しくは夢というよりは古い記憶、だ。
「俺は不注意ではないけどな?」
「は?不注意の塊が何言ってんだよ」
「いや、年に何回かやらかすだけで、あって別に普通だけどな」
「お前は毎回やらかしてんだよ」
頬を膨らませて「俺は普通に普通だし、」と呟くなまえをの横顔を見る。
自分でも不注意で不用意な人間が嫌いなくせに、何でコイツが好きなんだろうと不思議に思う。
自分なりに最善を尽くして取り組む俺からすると、不注意な奴とは肌が合わない。それでもなまえには嫌いを超える想いがあるのは否定できない。
「聖臣、人間ってのは完璧じゃないし、失敗するからこそ人間味があるってもんだろ」
自分を正当化するようなことを言い出して無言でスルーした。
「不注意じゃない人間なんているかっ?どこか抜けてた方が可愛げがあるってもんなんだよ!」
「自分に可愛げがあると思ってんのか」
「……ない?」
「あるわけねえだろ」
即答したが、なまえの可愛さについて考えてみた。元也と一緒になって笑い転げている時や、好きなものを食べて顔を綻ばせている時が可愛くないか、と言えばまぁ可愛くないことはない、かもしれない。傍から見るとどこにでも居る普通の男子高校生だけど、聖臣、と笑いながら名前を呼んでくる時は、まぁまぁ可愛いかもしれない。
完全になまえに毒されている自分が怖くなり、少し憂鬱になった。
「お前は不注意な奴は嫌いって言うけどなぁ、恋したら分かるぞ。嫌いなところがあっても好きが上回るのが恋だからな!」
まだ何か言っている。呆れながら月バリのページをめくった。
恋をしたら?だと?
だから、お前のことが好きだって伝わるように、この間も雑巾の匂いをさせながら抱きついてくるなまえに耐え抜いたんだろうが。ふざけんなよ、と内心毒づく。
「聖臣は不器用オブ不器用だからなー。そもそも恋とか無理だよな。いくらイケメンで背が高くても性格がなぁ。ネガってるしなぁ。コミュ力でいったら俺の方が圧勝だし、何で俺には恋人ができないんだろう…」
……何こいつ。
全否定してくるうえに、恋人ができないと嘆き始めたなまえを睨む。
こいつ、全然分かってねえ。
何でこんな奴のことが好きなんだ、と自分で自分を疑う。気持ちを自覚したのは最近だが、結構前から幼馴染に対する普通とは違う意識は持っていた。
多感な時期に男女の話で騒ぐなまえが、彼女出来るかなと言い始めた頃。中学に入って部活仲間の男子達と仲良くなって自分といる時間が減った頃。パズルが一つ一つ完成に向けて組み合わさっていくようにタイミングごとに モヤモヤとした気持ちが大きくなっていった。
いつも聖臣、と笑って呼んでくるなまえが、俺ではなくて、他の奴の名前を呼ぶようになったら。他の奴に笑顔を振りまいて呼ぶところを想像したら不快な気持ちになった。
それはペットを飼う、飼い主の気持ちに近いかもしれない。自分の可愛がってきた愛犬が他人に簡単にしっぽを振った時のような感覚。
幼い頃から世話してやったなまえが簡単に俺に見向きもせず、他人にしっぽを振るのが気に食わないと感じた。
癪だな、と思うだけだったのに、段々我慢ならなくて、高校に入ってますます交流を広げていくなまえを見ていると癪にさわるどころじゃなくなっていた。
元也から「それは『好き』だな」と一言言われた時には、そんな事あるはずない、と心の中で全否定したし、寝る前も絶対にそれはない、と全否定した。
だって不注意で脳天気で、手が焼ける駄犬のなまえを好きになるはずが…。
そう思って過ごしていたのに、名前を読んで、俺に頼ってくるなまえを見ると、世話をして育ててきた愛犬は可愛く見えてしまうもので、内心お前は俺がいないと駄目だろ、そうだろと頼られる度になまえとの距離は離れていない、自分が一番近いと安堵していた。
不注意でどこか抜けてるこいつの世話をすることが日常化していて、今更変えられるものでもないのだ。
「何で聖臣がモテて、俺がモテないのか…。皆ネガ聖臣を知らないのかなぁ。ま、でも聖臣のめんどくさい性格、俺は好きだぞ!」
「…うるせぇ」
脳天気な奴め。何も考えずに簡単に好き、とか言うな。お前の好きと俺の好きは違うだろうが。
黙れ、月バリ読むのに集中させろ、とじろりと睨むと鼻歌を歌いながら携帯をいじり始めた。
▽
月バリを読み終える頃、なまえが背中合わせにのしかかってきた。
「やめろ、のしかかんな」
なまえの体重なんて重くも何ともないが背中から伝わる体温が、胸をざわつかせる。
「聖臣ぃ〜これ、飽きた」
持ってきた携帯ゲームを床に置いて、伸びをしたなまえが息を吐いた。
「はぁ〜っ、飽きたから帰るわ」
は?帰る?
唐突な言葉に胸がぐさりと刺されたような気になった。帰り支度を始めるなまえにまだ帰ってほしくないと思う自分がいて、目を伏せる。
「クッキー……お前の好きなやつ、あるけど 」
咄嗟に口から出た言葉がまるで餌付けみたいな誘い方で我ながら呆れる。
「え?まじ?食べる〜っ」
帰るのをやめたなまえを見て安堵すると同時に、こんなものでしか釣れない自分が嫌になった。
バレーも、日頃の規則出しいルーティーンも、丁寧に手を抜くことなく熟しているのに、こればっかりはどうすることも出来ないと自信の喪失を感じる。
嬉しそうにお腹が空いたと笑うなまえを横目に、どうしたらこの脳天気な幼なじみを傍に置いておけるか、頭を悩ませた。
▽▽▽
(みょうじ なまえ)
掃除用具入れに閉じ込められ、不器用オブ不器用の聖臣の気持ちを聞いてからというもの。特に何の代わりも映えしない日常を過ごしていた。
聖臣はいつも通り。本当に俺のことを好きなのか?と思うような言動ばかりであの日のことは幻だったのではないか、と思うほどだ。
それとなく、吹っかけても煽ってみても決定的な事は言わない。
こうなれば行動するしかない。行動派の俺は友達に力を借りることにした。
休み時間、2年の廊下を歩いて元也のいる教室に入る。周りと楽しそうに話している元也の前の席が空いていたため、席を拝借して後ろを振り向いた。
「なぁ元也。お願いがある」
「ん?なに?」
元也にはあの日の後、結果報告として『告白は出来なかったけど、告白された』と伝えると『聖臣から?』とさらっと聞かれた。
何故知っているのかびっくりしていると、前から知っていたと言う。
元也の観察能力がレベチ過ぎて、恐れ慄いたことが記憶に新しい。
「聖臣くんの思惑が全然理解できん。どう思ってんのか全然分かんないし、ちょっと聞き出してよ。元也の話術でさぁ」
「聖臣が口を割ると思う?無理っしょ」
「割らぬなら、割らせてみせたいホトトギス!」
ケラケラ笑う元也に俺も歯を見せる。
「多分無理な気もするけどな〜」
まぁ面白そうだしやってみようぜっ、といういつものふざけ半分の軽い返事で俺達は昼休みに企みを実行することにした。
昼飯を食べた後、校庭のベンチ裏の茂みに隠れた。元也が聖臣を連れてくることになっている。
待っていると自販機で買ったであろうパックジュースを持った高身長の2人組が姿を現した。
「ここで休憩〜、っと」
ドカッと座り込んだ元也を見て、数秒、間を置いてベンチに静かに座った聖臣。潔癖ゆえに多分、葛藤したんだろう。電車でも基本、座らない人間だ。
茂みの裏で息を潜め、生い茂る緑の隙間から2人の背中を見つめる。
「聖臣さぁ、なまえに言ったん?」
「何を」
「好きって」
おおっ、元也いきなりの直球!聖臣の肩がピクリと動いた。俺もドキドキと二人の会話に耳をすませる。
「………」
押し黙る聖臣。
「なまえは何も考えてないから、ちゃんと言わないと分からないと思うぞ」
「……あいつの場合言っても分からないだろ」
え?2人とも、俺の事ディスってる?そういう話と違うやろがーい。
「なまえからさぁ、クラスの女子紹介してって言われたんだよなー」
「…は?」
「聖臣が嫌なら蹴ってもいいけど」
元也は作り話を饒舌に話して、にこりと笑顔で横に座る聖臣を見上げる。
「…別に、俺がどうこう決めることじゃないし…」
「ふうん、じゃあ女子の連絡先教えてもいいんだ?」
「……」
「良いってことだな、おっけ「いいとは言ってない」……ほう」
ニヤニヤと面白そうに笑う元也を聖臣が不機嫌そうな顔で見た。
き、聖臣のやつ…俺が女子と連絡先交換するのが嫌なんて…!やっぱり俺のこと好きなのか…。
「好きだなぁ。聖臣、なまえが一緒に井闥山に入るって聞いた時も地味に喜んでたもんな」
「喜んでねぇ」
「じゃあ、他の高校行ってもよかったんだ?」
「………あいつの頭で入れるところなんて数少ないないだろ。入ってからも誰が面倒見るんだよ…」
そんなに前から俺のことを意識していたなんて…初めて聞いた内容に、少し胸がドキドキとした。
「そうだ聖臣、見て見てこれ。この間のなまえが図書室で爆睡してる時の激写」
「あほ面…」
「このしかめっ面おもろくね」
ゲラゲラ笑う元也にいつの間にそんなものを撮ったんだと記憶を遡る。あれか、休み時間、図書室で何か面白そうに笑ってた時かっ。元也め…後で詰め寄ってやる。
「この写真、いる?送信するぞ?」
「あほ面の写真が携帯に保存されることが癪」
あ゙ぁんっ?!なんだよ俺のこと好きじゃないのかよ!
酷い言いように茂みの裏で頬を膨らました。さっきまでドキドキしていた胸の高鳴りも急ストップだ。
好きならそこは欲しいとか言うところだと思うんですけどっ。
…まぁそうは言っても平凡男子の寝顔なんて携帯に保存したくないよな。
俺だって俺の寝顔写真よりは、可愛い女子とか癒しの可愛い子犬とかの写真を眺めていたい。
そう考えると聖臣の拒絶は理解できるな、とウンウンと頷く。
「…おい、まだかよ」
聖臣のボソボソとした声が聞こえた。
「ん?」 え?
「早く送信しろ」
その声に俺も元也も聖臣を見た。
「…いらないとは言ってない」
「こんな寝顔写真なのにぃ?正直、可愛くもなんともないぞ」
「…犬は可愛いだろ。それと同じだ…」
「……ぶっは!!どんだけなまえが好きなんだよっ!」
腹を抱えて笑う元也はこれが可愛いか?!と楽しそうに爆笑している。
俺はというと可愛いなんて言われたことがなくて、聖臣の言葉にどうリアクションして良いか分からなかった。物理的に可愛いはずはないのだけど。
止まっていた胸の高鳴りがまた戻ってきて顔に熱が集中する。だって、聖臣が『可愛い』なんて言葉にするのは有り得ないことなのだ。
か、可愛いなんて、男の俺にそんなこと思っているなんて…。(犬と同じにされているところは疑問だが)
結構愛されてるんじゃないかと、思えてきて思わず両手で頬を包んだ。手に熱が伝わる。
「はぁぁっ、笑ったわぁ。なまえ、よかったなぁ!なまえでも好きになってくれる奴がいて!」
笑う元也がいきなり茂みに向かって俺の名前を呼んだ。いきなりの名指しに肩を揺らす。
「は?」
短く低い声と共に聖臣が後ろを振り向いた。逃げ隠れする暇もなく、茂みの裏で顔を赤くしてしゃがみこむ俺を無表情で見下ろす聖臣と目が合った。
バレちゃった。
「よ、よう」
両手で頬を包んだまま、無表情の顔を見上げる。
「……。最悪」
舌打ちと共に吐き捨てられる。
笑う元也と茂みに隠れる俺を見て嵌められたと全てを理解したのか、凍てつく目で射抜いてきた。元也は笑いながら逃げて行き、姿は見えない。
残された俺は聖臣の静かな怒りを真っ向から受けていた。
「お前…」
完全にキレている。顔を背けて歩き始めた聖臣に、置いてかれないように茂みから立ち上がり追いかけた。
「聖臣ぃっ!」
「うるさい、来るな」
「お前の愛を感じたっ」
「黙れ…蜘蛛の巣つけたまま近寄んじゃねぇ」
「えっ蜘蛛の巣?!」
自分の体を見下ろしてどこに蜘蛛の巣が、と慌てる。
「肩」
「うぇっ、ほんとだ」
茂みの中にいたせいか、肩についた蜘蛛の巣を手で払い除けた。これで良いだろうと聖臣に近づくも触るな、と拒絶される。
歩いていく聖臣の歩幅に追いつくように小走りで駆け寄る。
「なぁ、聖臣俺のこと可愛いとか思ってんの?」
「思ってねぇ」
「でも、可愛いって言ってた」
「言ってねぇ」
覗き込むように聖臣の周りをくるくると回るとイラッとしたのか聖臣の手が伸びてきて首根っこを掴まれた。
「止、ま、れ」
捕まれたまま、見上げて首を傾げる。
「きよおみがちゃんと言ってくれたら、俺だってちゃんと返すんだけどさあ?」
『好き』ってちゃんと言ってくれたら、な。
「…………」
何か考えるように目を伏せた。長いまつ毛が白い肌に影を落とす。聖臣は間を置いた後、薄く口を開いた。
「うるせぇ。頭に葉っぱついてんだよ」
伸びてきた手が頭の上を触れた。指で髪を梳くような感触にピクリと肩を揺らして少し目を細める。
そんな俺を見下ろす顔には注意散漫な奴が、と呆れているような表情が読み取れた。
そのまま聖臣はスタスタと歩いて行ってしまった。
最後の最後ではぐらかされた。
もう少し素直になって、気持ちを見せてくれたら俺だって応えてやるのに。
本当に、うちの聖臣くんは素直じゃないから困るなぁと聖臣と同じように俺も呆れた顔で息を吐いた。
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〈その日の帰り道〉
「聖臣〜、手繋ぎたいなら繋いでもいいけど?」
部活終わりの帰り道、歩み寄ってやろうと手を差し出すとその手をじっと見下ろした後、冷たい視線が返ってきた。
「…誰が繋ぐか」
「はぁっ?!おい、この差し出した手!俺がフラれたみたいな感じなの、何で?!」
何で俺がお断りされたみたいな状況なんだっ、と歩いていく背中を睨んだ。聖臣が俺のこと好きだから良かれと思って申し出たのに…。
「タイムセールだからな!俺の手は18:00から19:00まで!ここを逃したら、もう俺の手はないからなぁっ」と聖臣の背中に言葉を投げかけ、ゆっくりと後ろを辿る。先に歩く聖臣が足を止め、顔を横に向けた。
「………家、帰ったら」
手、洗った後、繋ぐ。
そう言ってボソリと呟いたその声はあっという間に外の喧騒にかき消された。
今、聞き間違いでなければ『家に帰ったら手を繋ぐ』と俺の耳には聞こえたのだが…?
「………はぁぁ〜っ…素直じゃねえなぁ、もう!」
隣に追いついて顔を見上げたら「見んな」と言われた。
やっぱり素直じゃないな、聖臣くん。