「あらぁ、なまえちゃん午後の授業出てなかったみたいね?心配したのよ?…お尻なんて押さえてどうしたの?」
「ははは…ちょ、ちょっとね…」
嵐くんに怪訝そうに見られながら俺は2年生の廊下を歩いていた。
何だかお尻の穴がゆるい気がする…。変な感じ。じんじんするんだ…!
「で、でもこれは愛ある行為…俺は愛されてる…っ」
「なまえちゃん…大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫…」
嵐くんに気にしないで、と言って自分の教室に入った。
愛ゆえの…営み…!展開が早すぎる気がするんだけど…これも少女漫画じゃよくあることっ!
違和感のあるお尻を撫でながら椅子にそっと座った。
よし、さらに朔間先輩との赤い糸を太くするために頑張るぞっ…!!
俺は次なる作戦に向けて愛用のピンクのノートを広げて朔間先輩へのアタック大作成を考えた。
***
軽音部の部室に入って朔間先輩の元に一直線に行く。
大神くんや1年生の葵兄弟くんたちもいるけど、俺は目もくれない!
「みょうじ先輩、今日もだ…」
「もはや尊敬レベル…」
朔間先輩の前に立ってカバンからお弁当箱を取り出した。
「朔間先輩、お弁当どうぞっ」
「……我輩はこの間のでもう話しかけるなと言ったはずじゃが?」
お弁当を差し出した俺に冷たい視線を向ける朔間先輩は今日もかっこいい!王子様って感じ!
「…あれは朔間先輩なりの愛なんですよね…っ、ちょっと強引でびっくりしましたけど…、そういうのもありなのかなって思って…。出来れば…ちゃんと愛の言葉を言って欲しいんですけど…、でもあれで朔間先輩が俺のこと好きだっていうのも分かったし…っ、やっぱり俺の王子様なんだ、って…っ!」
「はぁ、クソめんどくせ〜ことになった…。」
「ちょっ、朔間先輩、割り箸がへし折れそうですよ!」
「このままてめ〜の首もへし折ってやろうか?」
「こ、怖いっ!王子様はそんなこと言いませんっ…いや、でもそんなこと言う王子様もいるのかな…」
顎に手を当てて考えていると朔間先輩はふん、と鼻を鳴らした。
「運命なんて言うけど、んなの勝手な妄想だろ。」
「そ、そんなことありません!これはちゃんとしたお告げがあるんですっ…!!」
急いで自分のカバンから月刊少女漫画を取り出した。いつの間にか葵くんたちや大神くんが集まってきている。
付箋がはってある110ページをバン、と開いて朔間先輩に見せつける。
「見てください…っ!【あなたの運命の相手は落し物を拾って声をかけてくれた人!きっと、ビビビッとくるはず!その人があなたの『運命の王子様』です!】って書いてあるでしょう…?!朔間先輩は…っ運命の王子様なんです!」
これが証拠です、と言わんばかりに見せつけた1ページに葵くんたちはわぉ、なんて驚いていた。
朔間先輩は占いのページを一瞥した後、目を細めて俺を見た。
「…てめ〜は、アホか。」
「アホっ?!」
「こんなの信じるなんてありえね〜だろ。」
「で、でもっ俺は朔間先輩がこのお告げ通り、運命の王子様って、ビビビって! きてっ、」
「運命の王子様なんているわけね〜だろうが。俺様が運命の王子様?んなわけねーだろ。目ぇ覚ませ」
ハン、と笑った朔間先輩を見て漫画を持つ手が震えた。
力が入らなくなって、床にグシャリと重たい月刊少女漫画が落ちた。
「……そんな…」
じわりと涙が浮かび上がって、視界がすぐにぼやけてしまう。
俺は…朔間先輩が運命の相手で、…夢に見てた…憧れてた…王子様だって…、世界に一人だけの俺だけの王子様だって…思っていたのに…、
真っ向から否定されて悲しいとかそんな気持ちが生まれる前に涙がぽとりと落ちた。
「あちゃー…みょうじ先輩泣いてる…」
「お、王子様が…っ…」
王子様が俺のところへ…、来てくれたって…思ったのに…
「うっ…うぅっ」
「うるせー。泣くなら外で泣け。」
「っ…!!ぅうっ…」
朔間先輩の言葉に、どんどん涙が溢れ出てきた。拭っても拭っても止まらない涙に俺はカバンを引っ掴んで部屋を飛び出た。
いつも大事に抱えて暇さえあれば読み直していたあの110ページが載っている月刊少女漫画も、お弁当も全部置いて飛び出した。
廊下を走りながら、張り裂けそうな胸が痛くて痛くて仕方なかった。
王子様なんて…いないんだ。
いるのは漫画の世界だけ…。
守って、笑顔をくれて、抱きしめてくれるそんな王子様なんて…いないんだ…。
涙は止まらなかった。
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