「ひっく…うぅっ…ぐすっ…」

軽音部から飛び出して俺は脇目も振らず一目散に家に帰った。

鍵っ子の俺は家に入って扉を締めると階段を一気に駆け上がって自分の部屋に入り込んだ。

泣き疲れて深く息を吸い込むと喉が震えて、何だか更に悲しくなる。

本棚から特に好きなお気に入りの単行本を取り出して眺めた。

『キミに届く』『好きっていってよ』『アオハル』表紙を眺めるだけでストーリーを思い出すくらい読み込んだ本だ。

「うぅ…皆ハッピーエンドなのに…っ現実はそう簡単にいかないんだ……」

ぐす、ぐすと鼻をすすりながらパラパラと捲った。主人公と王子様のシーンが出てくる度に胸が痛んだ。

そっと閉じて本棚に返した。

「…王子様なんていないんだ…」

漫画の世界とリアルは違う。

現実という名の非情な世界にお前の理想は夢物語だと言われているようだった。




***




「なまえちゃんおはよぉ」

「……はよ…」

「ちょっと。ここ最近目の下がひどいわよ?」

「…うん…」

「何かあった?話して頂戴?」

「…嵐くん…ありがとう…。何でもないよ…。」

へにゃりと笑って見せたけど嵐くんは更に眉を潜めた。

「ひどい顔…なまえちゃんのいいところは愛嬌くらいなんだから、これ以上ひどい顔になったら見るに堪えないわよぉ!」

嵐くんジョークなのはわかる。
嵐くんなりに元気出せという意味なんだろうけど、今の俺に素直に返せる余裕はなかった。


「…どうせ主人公は結局、皆可愛いんだよ……」

「ちょ、ちょっとぉ…」

戸惑う嵐くんを置いて俺はとぼとぼと歩き出した。

結局、現実はこんなもんなんだ。


泣いてしまったあの日から、ここ暫く朔間先輩や大神くんたちを避けていた。
鉢合わせしないように見かけたら気づかれないうちに離れるし、自ら軽音部に行くこともやめた。

置いてけぼりの月刊少女漫画とお弁当箱の行方は知らない。もう、いいんだ。あの占いページも見ることはないし、お弁当だってやめた。購買でのお昼ご飯に戻した。


最近、体が元気なくてあんまり食べられないしよく眠れない。

昼休みは軽く食べたら、自分の机に突っ伏して寝ている。


昼休みのチャイムがなって今日も購買に行こうかな…と席を立った。

横にかけてあるカバンを持って廊下に出る。購買までゆっくりとした足取りでたどり着いた。

「…ヨーグルトとサラダで…。」

ガッツリしたものを食べる気になれなくて軽いものだけ頼んだ。

袋を受け取って教室に帰ろうと歩いている時だった。

曲がり角で前から人が来てぶつかりそうになった。

視界に入ったのは相手の上半身のみ。

「すみませっ…ぁ…」

顔を見ると今までずっと朔間先輩だった。
俺を見おろしている。

「…っ」

どうしようかと思ったけど、すぐに踵を返して歩こうとした。鉢合わせしたのをなかったことにしたかった。

前も見ず早歩きで二、三歩歩いたところに横から声が飛んできた。

「ダッシュダッシュだぜ〜〜!!」

「…っわ!!」

ドン、と横からの勢いによろけて肩にかけていたカバンが床に落ちた。

チャックを開けていたため、中身が床に散乱した。

「わわっ!!ごめんなさいだぜ!!でもっ、今追いかけられてるから…っ!!後で絶対謝りに来るんだぜ〜っ!!」

一年生のダッシュ大好きな子っていうのは知っている。そのままダッシュで逃げていった。

「………。」

床に散乱しているカバンの中身。

花柄のハンカチとペンケース、ピンク色のノート、水玉模様の可愛い財布、床に落ちたそれらを拾おうとしゃがみ込んで手を伸ばした時。

視界の端に入ってきた緑色の上履き。
俺の手とは違う長くて細い指、誰の手かなんてすぐにわかった。

床に落ちているものを拾おうとする手を見て、口が開いた。


「っ拾わないで、くださいっ…」

花柄のハンカチに触れようとしたその手はぴたりと止まった。

俺は床を見たまま。

拾ってほしくなかった。
あなたは…朔間先輩は…俺の王子様なんかじゃないんだから…。

「…さ、朔間先輩のあれはノーカウントなんです…。拾われたらっ…困ります……」

声が震えた。

未だにあの占いを信じてんのかって馬鹿に思われてるかもしれない。それでもあの占いは昔からずっと見てきてたんだ。

せめてもの抵抗だった。王子様なんかいないと分かっているけど、俺にひどいことを言った意地悪なこの人に反抗したかった。


「ハッ、前のはなかったことにしたってか。」

朔間先輩の低い声にビクリと肩が震えた。

唇を噛み締めて自分1人で拾おうとまずペンケースを手に取りカバンに入れた。

「うわぁっ!光ちんがごめんっ!」

パタパタと走ってきたのは仁兎先輩だった。

すぐに俺と朔間先輩と同じようにしゃがみ込んで躊躇いもなくハンカチやノートを拾い始めた。

「……っ、」

「ほんとーにごめん!今ちょっと追いかけてて…はい、これ!」

仁兎先輩は拾ってくれたものを俺に差し出した。


…あなたの運命の相手は落し物を拾って声をかけてくれた人、きっと、ビビビッとくるはず…。その人があなたの『運命の王子様』です…。

そう書いてあった。


「……大丈夫か?」

「…っ、ぁ…は、はい…ありがとう、ございます…っ」

お礼を言って受け取り、抱き抱えて下を向いたままその場から逃げるように離れた。

朔間先輩の顔を最後まで見ることはなかった。

「…はぁっ、…」

離れたところで疲れた足を休めた。

仁兎先輩が…拾ってくれた。

お告げどおり運命の出会いの条件はクリアしているはずだ。仁兎先輩も頼りがいがあって、可愛らしいけど男らしい一面もあって人気アイドルの一人だ…。漫画で見るような可愛い王子様みたいだ。

朔間先輩よりよっぽど王子様らしい。
それなのに…それなのに…

あの時みたいな、ビビビッとした衝撃は来なかった。

そりゃそうだ、この世界に王子様なんていないんだから…。

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