※流血、切りつけ注意
目の前の男はクスクスと楽しそうに笑いながら、俺の頬を撫でている。
放課後の誰もいない空き教室で俺と2人だけ。
いつもは眠たそうに開かれている瞳も今はするどい光を持って俺を刺すようにみていた。
「ねえ、なまえ。何が悪いかちゃんと分かってる?」
『っ…だって!今日は真緒たちと一緒に帰るって約束…してたから…』
「それが俺と何の関係があるわけ?」
『だ、から…今日は凛月とは帰れないって、』
「言ったよねえ?俺の言うこと聞かないとお仕置きするよって。」
ビクついて恐る恐る凛月を見ると、片手に持っているカッターナイフの刃をキチキチと繰り出して俺の頬にそっと当てた。
『や、やめようよ…』
「言うこと聞かない悪い子はお仕置きしなきゃ。」
ペチペチとカッターの刃で俺の頬を叩く凛月の目はどこか焦点があっていなくて追い打ちをかけるように俺の恐怖心を大きくした。
『い、痛いのはやだ…っ』
俺の言うことなど無視をして凛月は俺の手を取り、傷がない手の甲に刃を添えた。
凛月は俺の顔を見ながらゆっくりと手を引いた。
見たくないのに、目が逸らせない。怖いのに見てしまう。襲い来る痛みを想像して体中が緊張して強ばる。
俺は自分の手から目を逸らすことができなくて、凛月の手が動くと同時にプツリと真っ赤な血の玉が浮き出たのが見えた。
『っ…!い、いたっ、』
視覚的な痛みと手の甲に広がる熱い痛みに心臓の奥がズクズクとして、腰に変な感覚が走った。
「ふふっ、痛いのに何でそんな顔してるの?もっとして欲しいの?変態だねぇなまえは。」
そんなわけない。もっと、なんてそんなこと望んでない。それなのに、腰からゾワゾワとした感覚が湧き上がってきて鼓動が早くなる。
「知ってる?切った痛みって心臓の鼓動みたいに痛むんだって。ほら、なまえのこの心臓と同じように痛い?」
凛月は俺の左胸にぺたりと手を当てた。
ドクンドクンと心臓から血液を送り出すたびに、俺の手の甲もドクンドクンと痛みが鼓動してるかのように反応している。
痛みを感じて今にも泣きだしそうな俺に凛月は嬉しそうに「ドクドクしてる…。」と呟いた。
『痛いの…は、やだって…』
「その痛みより俺の方がもっと痛かったんだよ。なまえに約束破られて俺の方が痛いんだよ?」
のぞき込むように見てくる凛月に、俺が悪かったのだと錯覚しそうになる。
凛月は持っていたカッターを机の上に置いて、俺の手を持ち自分の顔に近づけた。
何をするのかと思っていると、凛月は血が流れる俺の手の甲を舐めた。
『ぃ、り、つ…やめ…』
生暖かいそれが這うように切りつけられた傷口を舐める。
「んん、美味しい、はぁ、美味しいよ。なまえの血。」
ごくりと音を鳴らして飲み込んだ凛月は唇がほんのり赤くなっていて、まるで口紅をつけたようだ。
整った顔、兄とは違うどちらかと言えば可愛らしい部類に入るその端正な顔は色づいた唇でさらに煽情的だった。
『っ、やめて、凛月、』
綺麗に血を舐め取り、指を甘噛みしている。やめて欲しいと懇願しているのに聞く耳を持たない凛月は、俺の左胸に置いていた手を動かし、脇腹を這わせて腰を抱いた。
「なんでなまえの血はこんなに美味しいんだろうねぇ。なまえの肉なら甘くて美味しいのかなぁ」
美味しいわけない。腰を抱かれ、切られた手は舐められたあとぎゅっと握られた。痛いのに凛月は気にする素振りもなく俺の耳元に口を寄せて耳朶を甘噛みしてきた。
『んっ、凛月っ、ゃ、めろっ、て』
耳を噛まれて平気なわけがない。びくつきながら抵抗の言葉を上げると、途端に凛月は顔を離した。
その顔を見た瞬間、俺はなんと馬鹿なことをしたんだろうと後悔した。
無表情で俺を見る凛月の顔に先程の感情はない。何を写しているのかわからないその目が怖くて逸らそうとしたら、髪を掴まれた。
「やめろ?そう言った?」
『ゃ、ちが…』
「そうだよねぇ。なまえは変態だから嬉しいよねぇ。俺に切られて、舐められて、嬉しいよねぇ?」
『…。』
「嬉しいよねぇ?」
凛月が怖くて黙っていると無理やり顔を合わせられて問われた。自分の身を守るためには、自分を殺すしかなかった。
『…う、れし…い…。』
「そうだよねぇ♪俺がいないと駄目だもんねぇ。なまえは俺とずっとずぅっと一緒だよねぇ?」
嬉しいと口にした瞬間、凛月は綻ぶように綺麗に微笑んだ。
目を細めながら、俺に突きつけるその言葉は残酷だった。逃れられない、彼の手。逃げれば血が流れ彼はもっと赤く染まる。
覆ることのない答えを聞いてくる凛月に俺は己を殺した。
『う、ん…。ずっと…一緒…』
掠れた声は何かを諦めたように虚無に包まれていた。
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