嫌いな動物は何か、と聞かれたら 猫 とこたえる。
俺は猫が嫌いだ。
小さい頃、学校の帰り道で猫を見かけた。
尻尾を揺らしながら歩く猫が可愛くて、俺は触ってみたくなった。
そっと近づいて、猫と見つめ合う形になったが猫は逃げない。触ってもいいんだろうかと首元へゆっくりと手を伸ばした瞬間、手に痛みが走った。
びっくりして自分の手を見ると、ひっかかれた爪痕が綺麗にできていて、俺は猫に引っかかれたんだと理解した。
それから、猫が怖くなった。あいつらは手を出せば、攻撃をしてくる。猫を見かければ一切近寄らないし、無視をする。俺はあいつら猫が嫌いだ。
***
「ねえ、なまえ。今日のお昼は何?」
自分の机で休み時間を過ごしている俺の背中にのしりと寄りかかってきたのは同じクラスの朔間凛月だ。
2年になってから先輩だった彼が同じクラスになり、何故か話しかけられるようになった。
『さあ…。』
なんとも素っ気ない返答にはなったが仕方ない。俺の猫嫌いのせいでもある。この朔間凛月という男。どうしても猫みたいだと思ってしまうのだ。
猫みたいであるからには、俺の猫嫌いセンサーが反応するわけで。
どうもこの朔間凛月は苦手だ。人のパーソナルスペースに勝手に入ってきて、荒らしては平気な顔をして出ていく。まるで猫そっくりじゃないか。
「さあって、何?意味わかんないからさあ、食堂でも購買でも行こうよ。俺さっきまでぐっすり寝てたから今なら動けるよ」
『…1人で行けばいいんじゃないかな。ていうか、近いし、重いし、離れて。』
本当にいつもいつもやめてくれ。何だって俺にこんなに構ってくるのか分からない。ほらほら、すぐ近くの席にお前の大好きなま〜くんもいるし、今なら衣更に用があって来ている転校生もいるじゃないか。
「やだ。なまえあったかいから離れない。」
『そういうとこが本当…』
そういうとこが嫌なんだよ。自分の都合で好き勝手…。ため息が出てきそうになりながら、無理やり席を立って、引きはがす。
『購買行くから、離して』
「じゃあ俺のやつも買ってきてよ。はい、お金。」
強引にお金を握らされ、朔間凛月は俺は庭園で寝て待ってるからと手を振りながら教室を出ていった。
『なにそれ…』
なぜ毎回俺は振り回されるのか…俺が強く断れない性格だからか?モヤモヤと考えながら購買で俺の昼ごはんと、ついでに朔間凛月のご飯も買う。
庭園っていつものあの場所なんだろうか、あそこって猫がよく出現するって聞くけど俺は1回も見たことがない。
まあ猫がいようと俺には関係ないけど…、と朔間凛月がいつも寝ている場所へ足を運べば、すやすやと芝生の上で気持ちよさそうに寝ている姿を見つけた。
『はあ…幸せなことで…。』
誰がお昼ごはん買ってきてやったと思ってるんだ、とか狭いことを考えてしまうのは俺の悪いところだろう。
とりあえず起こさないように昼ごはんだけ側に置いて、俺は教室に戻ろう。
袋を置こうと朔間凛月の側へ近寄れば、寝ている彼の隣に丸々とした物体があることに気づいた。
なんだこれは?と思ってじっくり見ると、丸まって気持ちよさそうに寝ている猫だった。
猫が…寝ている…。
呼吸に沿って、上下する体と時折気持ちよさそうに動く尻尾に俺は動くことができずに固まってしまった。
気持ちよさそうなその顔がとにかく壊滅的な打撃すぎて頬が緩みそうになる。
『〜〜〜〜〜っ!!』
今までの猫嫌いのこととか全て吹き飛んで、ただただその可愛さ、愛くるしさに悶えそうになった。
可愛い、可愛い、可愛い。
こんな生き物が地上にいたなんて…神様ありがとう。
そんなことまで思うくらいにノックアウト寸前だった。
あまりの可愛さにこのまま見続けていたいという思いが勝って、凝視していると猫の隣に寝ていた朔間凛月が「んん、」と声を漏らした。
猫が起きてしまうだろ!
焦った俺は、彼の隣で丸まっている猫とは反対側から座り込み朔間凛月の口を手で塞いだ。
俺がいきなり口で手を塞ぐものだから、息苦しくなった朔間凛月はパチリと目を開けた。
『しっ。猫が起きちゃうから。』
こそこそと囁く程度に彼に伝えれば、彼は視線を動かして自分の隣に猫が丸まっているのを見つけた。
『もう少し、このままで…』
普段なら自分から朔間凛月に触ることなんて一切しないのに、触れているのは全て猫のせいだ。
もう少し、この猫の寝顔を見ていたい。
しばらく彼には我慢してもらおうと手を退けずにいると、俺の手のひらにザラッとしたものがぬめりと動く感触がした。
『ひぇっ…!』
びっくりして手を退け、朔間凛月を見る。
舌をぺろりとだしてこちらを見て笑っている朔間凛月にただただ驚きを隠せない。
『な、何して…』
それよりも俺の声が大きくて猫が起きてしまったんじゃないかと不安で猫の方を見ると、案の上、起きてしまったようだ。
体を伸びしながら欠伸をする猫が可愛くて、起きたのは残念だがそんな顔も見れてよかった。
『…起きちゃった…。』
お楽しみタイムもここまでだ。起きてしまったなら俺はもうここにいる必要もない。猫よ、またその寝顔を見せてくれよ。と心の中で願って朔間凛月に袋を渡した。
『はい、昼飯。じゃ』
「あれ?猫、触らないの?」
はあ?猫は起きたんだし、猫のことだからさっさとそのままどこか行っちゃうだろ。何言ってんだ。と思っていれば、猫はごろごろと喉を鳴らしながら朔間凛月に擦り寄っている。
優しい手つきで、背中を撫でつけている彼を見て羨ましいと思ってしまった。
『…触れない。』
「なんで?大人しいよ?ほら、俺だって触れるじゃん」
『…俺が触ったら逃げるし。』
お前と違って、触りたくても触れないんだよ。
そんな気持ちが出てしまったのかもしれない。ムスッとしたような言い方になってしまった。
そんな俺の手をいきなり、引っ張ったかと思えば朔間凛月は俺の手に自分の手を重ね、猫の背中へと置いた。
「ほら、触っても逃げない。」
『わ、わ、ちょ…』
俺の手を誘導して、猫の背中を撫で付ける。
ふわふわな毛ざわりとか、猫の体温とか、時折指に当たる尻尾とか、全てが未知の世界で、初めての感覚に感動しすぎて朔間凛月の手が重なってることに気にもとめず手のひらに伝わる感覚を味わっていた。
『わあ、触ってる…。さ、触ってる…。どうしよう…触ってるよ…。』
嬉しすぎて朔間凛月の方を向けば、至近距離すぎて慌てて距離を取ろうとするも、彼のもう片方の手が腰に回っていて離れられない。
「可愛い。」
『う、うん…俺猫嫌いだったけど可愛すぎて好きなったかも…。』
「違う、なまえのこと。」
『え?いや、え?』
「ねえ、猫より俺のこと、もっと構ってよ。」
俺の首元に頭を乗せて呟くように言ったその口から出た言葉と、吐き出された吐息が熱くて、猫の体温を感じるどころではなくなった。
自分を1番に構って、なんてまるで猫みたいだ。
少し震える手で彼の頭を撫でてやればギュッと抱きしめられた。柔らかな髪の手触りと伝わる体温に言葉にできない愛くるしさを感じた。
俺はたった今、猫を好きになった。
▼ back ▼