※オチなし。劣等感と恋の話。




柔らかくて指通りの良い髪。整った眉、ぱっちりと大きな目。長いまつ毛に肌触りのよさそうな頬。

小さい鼻に、キスしたくなるような色付いた唇。
細い首に華奢な手首。くびれた体とつながる細い足。

パタパタと走るときもゆっくり歩くときもその足はさらけ出されている。

教室の窓から見えたらつい、目で追ってしまう。

誰からも好かれるあの子。

笑ったら周りもつられて笑う。

そんなあの子。

俺にはないものを全部持ってるあの子。

ふと目を背けて自分の手元を見た。

あの子とは違う角張った手。

転校生という立場で何でもかっさらっていくあの子。

あの人に簡単に触れて、簡単に触ってもらえる。頭を撫でてもらえる。

そんなあの子を見る度に俺は心が重たくなる。

これはなんだろうって。考えなくても分かる。認めたくないけど、きっと嫉妬と劣等感がいり混ざった大きな大きな負の感情。

はぁと大きなため息を吐いて窓の外から視線を移した。

「なまえくん…、どうしたの?」

「…青葉。」

「何か…イラついてる?」

「…ううん。大丈夫。」

俺の前の席はあの人なのに。

俺の前の席に人は座っていない。いつも空席。

たまにその席が使われる時だけ、俺は嬉しさと緊張で落ち着かなくなる。

俺の心情はいつもそんなことで浮き沈みしてる。
あの子を見て沈み、あの人を見て浮き、あの子とあの人がいるところを見てまた奥深く底に沈む。

いいように弄ばれているようでひどく惨め。
自分がそんな状態から脱せられる人間だったらこんなに苦労してないのに。

まあそんなことができるような大層な人間じゃないからこうしてしんどくなっているだけだ。

することもなく、またゆっくり窓の外に視線を戻した。

あの子とあの人がさっきまでいたところにもう人はいない。

どこに行ったんだろう。二人仲良くまだ一緒にいるんだろうか、転校生は朔間さんに触れているんだろうか。なんてことばかり考えてしまう。

嫌だな、解放されたいな。
でも…。の繰り返し。

はぁ、とまた息をついたところで前の席が動いた。

かたん、と動かされた席に座ったのは紛れもなくさっきまで見ていた朔間さんで。

「あっ、零くん。珍しいですね〜」

「たまには子守唄でも聞いてみようかと思ってのう」

「えっ、いや、授業ですよ?!子守唄じゃなくて!」

「くくっ、子守唄みたいなもんだろ。」

朔間さんはニヤリと笑って青葉にイタズラを思いついたような笑みを見せた。

その表情にドキリとしてすぐにまた机の上を見つめる。

雑談をする朔間さんと青葉を時々チラリと盗み見ては感嘆する。

ああ、かっこいいな。

全てがかっこいい。声も、顔も、髪も、姿も、全部全部、意識が持っていかれる。

話し終わったのか朔間さんは前を向いた。

教師がやってきて、いつも通りの授業が始まる。

朔間さんの大きな背中を見つめた。
教師の言葉なんて1つも耳に入ってこなかった。

長い髪を見つめた。
一つ一つ、見つめていると慕う気持ちはさらに大きくなる。

転校生は、この髪に触れたんだ。この肩に、この背中に、あの手に、触れることができる。

何気ない日常の中で目につくその場面がフラッシュバックされる。

朔間さんと話すこともなければ触れる機会なんてない俺にはほど遠いやり取り。

俺も朔間さんと笑いながら話したい。
頭を撫でられたい。
一緒にご飯を食べたい。
転けそうになって、手を掴まれたい。

それは叶わないことと分かっていながら、今日も嫉妬と劣等感の中で、浅はかな願望を想像する。

目の前にある朔間さんの背中を見ると、ちくりと心が痛くなる。

叶いようのないその願いは心の奥底に消えていった。

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