高校の時に親が死んだ。

全てがどうでもよくなった。
そしたら周りには誰もいなくなって一人になった。

どうでもよかった。すべて。

高校を出て数ヶ月は頑張って働いてみたけど、家族を失った1人の生活に、俺は何のために生きてるんだろうと思った。それからやる気をなくして俺は壊れたように金を使った。もちろん仕事は辞めざるを得なくなったし、自分の金は底をついた。

でも借金はしなかった。なんか借金に追われる生活はちょっと怖かったから。

今はアルバイトとか広告配達とかして生活しているけどすべてにおいてやる気が出ないため、クビになる。
そんな繰り返しで金はないから住むところも追い出された。

だから今、俺はもう死にそう。

朝4時の配達の仕事だけど、寒くてもうどうでもよくなってきた。
こんな生活、風呂にもまともに入れないし、3日に1回入れればありがたいぐらいだし、ご飯もないし、もう死ぬんだと思う。

投函するために歩く気力も失って適当にそこらへんの公園のベンチに横たわった。

腹も減ったし、毎日同じ服を着てる俺は自分から見てもみすぼらしい。

まるで俺はどぶ猫だ。

でもそんなことももう今はどうでもいい。とにかく眠たい。

手も足も冷たくて感覚がない。横たわったベンチも冷たすぎて触れた部分が痛む。

「…ふふ、ふふふ…はははは…、はっ、はは…べつに…いいよ…死んだって…」

なんだか笑えてきて肩が震える。
ああ、息するのもどうでもよくなってきたなあ…。ここで死ぬのかなあ…。まあいっか。

俺には死んで悲しむ人も涙を流してくれる人もいないし、帰る家もないし、おかえりと言ってくれる人もいないし、温かいご飯も待ってないし、体の芯から暖めてくれるお風呂もない。
全部全部俺は持ってない。だから死んだっていいんだよ。

ああ…俺の人生、こんなもんか。

少しだけ悲しくなって鼻がツーンとしたと思ったら視界がぼやけてきた。

生暖かい何かが頬を伝ってベンチに落ちていく。
それは涙だった。

悲しいけど、もうどうでもいいしそろそろ落ちよう。死んだ父さんと母さんに会えるかな。


閉じゆく視界で空のはしがじんわりと光っていて今日という日が始まるのがわかった。

さよなら、この世界。


***


多分俺は死んだんだと思う。
感覚がなかった手や指に温かさを感じたし、誰かに頭をマッサージされているような気持ちいい感覚だ。

清潔ないい匂いがするし、天国なのかもしれない。

だとすると俺を気持ちよくしてくれているのは天使かも。

生きてた頃は良いことしてなかったけど、こんな俺でも天国に行けたのかな。
ああ、気持ちいい。


気持ちよさからまた意識が飛んだ。



鼻をくすぐるような匂いがしたと思ったら、視界は真っ白だった。

いや、正確にはそれは天井だった。

「…てんごく。」


かと思ったけどどうも違うらしい。手足の感覚は確実で、思い通りに動く。

起き上がって自分を見た。俺は風呂にも入ってなくて汚くてボロボロの服を着ていたはずなのに、今自分が来ている服は柔らかな素材でいかにも高級そうなものだった。自分自身からいい匂いもする。


なにこれ。

ふかふかなベッドからおりてみた。
床に足をついたが、これまたふかふかなマットが敷かれている。

とりあえず部屋から出てみた。
美味しそうな匂いが強くなるほうに向けてぺたぺた歩く。

「…起きた?」

男がいた。

机に座っていて、目の前には美味しそうな食べ物が綺麗に配置されていた。

「…どこ、ここ。あんた、誰。」

「俺の家だけど。」

「…なんでここに…」

大きくて綺麗な青い眼をした男は片眉を上げて息を吐いた。

「はぁ…、自分のジョギングコースに死にそうな人間がいたらほっとけないでしょ?」

俺は立ったまま、目の前で座っている男から視線をはずし部屋の中を見渡した。

綺麗で汚れているところなんてひとつもない。着ている服もシンプルだけど高そうで実に似合っているというか着こなしている。

この人が俺を綺麗にしてくれたんだろうか。汚くてみすぼらしい俺を助けるなんてとんだお人好しだ。

こんな人間助けたってお荷物や迷惑にしかならないだろうに。

「…金なら持ってないよ…?」

俺にはお礼に、と払える金なんてない。それだけは伝えておきたい。

そんな俺に男はすごく険しい顔で眉間に皺を寄せた。

「はぁ???俺が金目当てで助けたと思ってんのぉ?」

「…そうじゃないならお人好しすぎる。…誰にでもそんなことしてんの…?トラブルになるよ?」

「文句があるなら、そこの玄関から……、っ!…はぁ、ほら早く座ればぁ?」

てっきり追い出されるかと思ったのに、俺の顔を見た男は詰まって最後まで言い切らず俺に座るよう促してきた。

「…いいよ、すぐに出ていくから。…俺の服どこ。」

この服を着たまま出ていったら返せと言われるかもしれない。

俺のボロボロの汚い服を探しても視界には見当たらない。

「あんなの捨てるに決まってるでしょ。」

「俺の服あれだけなんだけど…」

「いいから、取り敢えず食べれば?」

「いい。すぐ出ていく。」

「…出ていけって言おうとしたのは悪いと思ってるから…。ほら座りなよ。」

「…いい。」

「そんな傷ついたような顔されたら出ていけなんて言えないでしょ。」

「してない。」

「はいはい、わかったから。金も取らないしその服もあげるし、何もいらないから食べれば?」

「…何が目的なの。」

「別に何にも。」

早く座れという男に負けて、椅子に座った。
目の前の美味しそうな食べ物にまともなものを食っていなかった俺は急にお腹が空いてきた。

別に何も請求しないと言うから、米1粒残さない勢いで食べる。

食べながら聞いた話だと男は瀬名泉と言うらしい。
歳は俺と変わらないくらいで、同じ世代でもこんなに違うのかと思った。

金には困ってない清潔な瀬名泉と汚くて貧乏な俺。

どうせここに来ることもないし飯も食わせてもらえるということなので瀬名泉の目など気にせず飯にありつく。

瀬名泉曰く、俺はどぶに捨てられた子猫みたいだったらしい。

人から見ればそうだろうな、と思ったから俺は別に怒らなかった。

汚いから俺をお風呂に入れたのも瀬名泉らしい。

天国だと思っていたあの温かさはお風呂だったのかと合点した。

知らない男を裸にしてお風呂に入れるなんて、気持ちが悪いと素直に思ったことを言ったら瀬名泉は汚れて震えた子猫がいたら綺麗にして温めてあげると言った。

俺は子猫じゃなくて人間なのに。

「…ごちそうさま。」

「美味しかった?」

こくりと頷いた。美味しかった。久しぶりに食べた美味しいご飯だった。

困る。こんな美味しい味を知ってしまったら死ねない。ボロボロの方が未練なく死ねるのに。

中途半端に助けられると生きにくい。いっそのこと底辺でいたほうが気軽だ。

「…帰る。」

「帰る場所あるのぉ?」

「……。」

「拾ったものには責任取るからさ。」

瀬名泉はそう言った。

どうやら瀬名泉は汚いどぶ猫を飼うことにしたらしい。

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